グループホーム略してグルホ
土曜日の20時更新です…
ウサギがテーブルの上から下りて来ない。
どうやらごろごろしているらしい。周りにはテレビやマッサージチェア。棚にゲーム機やカラオケ、タブレットなんかもある。
私は『おだんご』の一階ロビーで待機していた。暖房が効いているから暖かだ。
「ウサくん。ダメじゃないか勤務中なんだから」
テーブルの下から思わず声をかける。
「我々の仕事は入居者さんをもてなすコトだよ。お客がいないからと言って、気を抜いてちゃダメだ」
私は接客のプロとして。犬カフェから派遣された誇りを持って、この仕事と向き合っている。
するとテーブルの端から白うさぎが、ぴょこんと顔を出した。真下にいる私を覗き込んでいる。
「……何でそんなトコいんのロッキー?」
トイプードルのロッキー。それが私の源氏名だ。テディベア仕様のふわふわカット。
「イヤ。そんなのいいから。それよりこないだ注意したコト覚えてるかい?」
「うん。忘れた」
「おぅふ……。えー、このグループホーム『おだんご』はね、精神障がい者の方の入居施設だから。入居者さんの接客は基本傾聴対応でお願いするよ」
ちょうど一ヶ月前から。
毎週土曜日にアニマルセラピーの業務でここに通っている。ウサくんとは同じ頃に始めた同期なんだが。童話のイメージそのままに職務怠慢を常としているようだ。
「それから。こないだ入居者さんと話してた時、相手の言うコト全否定していたね?」
「うん、した。だって〝空気のサラリーマンがいる〟とか言ってくるから」
「ダメだよ。妄想は必要の産物なんだから否定しちゃ。まずは共感してあげないといけない」
この現場でサービスを提供するにあたり。精神の病気について、私は猛勉強をしてきた。何故ならお客のバックボーンを知るコトが上質なコミュニケーションには欠かせないからだ。
テーブルの上から「けっ」て声。
ウサくんは素人だから……私が導いてあげなければいけない。
その時、ロビー横の玄関自動ドアが開いた。
入居者さんが一人外出からのお帰りだ。さぁ、自慢のテディベアカットでお客を癒してみせよう!
「お帰りなさいませ。ご主人様」
テーブル下から落ち着いたトーンで声かけをする。背の高い眼鏡の中年男性。私を一瞥して
「デカいトイプードル……」
そう言うとエレベーターで部屋に上がって行ってしまった。
短いしっぽを振りながら項垂れる私。ウサくんが黙ってテーブル下を覗き込んで来る。
「何。落ち込んだの」
「…………イヤ。慣れっこだよ」
トイプードルの価値は小ささで決まる。私は体高が普通より十センチは大きい。昔は小さかったんだけれど。色々と努力してもダメだった。
「相手しなくていいんなら楽でいいじゃん」
フォローのつもりかなウサくん。
「君には飼い主がいるから。そんな余裕でいられるんだよ……」
うちの犬カフェはスタッフがみな保護犬だ。お客に気に入られれば里親として譲渡もあるから、皆必死に努力している。
「売れ残るのには訳があるってつまらない話さ」
「だから下から出て来ないの? だからお昼ご飯あんま食べないの? ご飯の量減らしてもチビにはならない。以外とバカだな」
フォローは止めたのかな。最後のは悪口だよね。
「こんなバカに説教されてたと思ったら何か腹立ってきた。ちょっと待ってろバカ」
今、三回バカって言ったね。もう一回バカって口にしたら咬むよ。
彼はテーブルから飛び降りるとエレベーター前でぴょーんとジャンプ。ボタンを押して乗り込んだ。どこに行くんだろう?
五分後。
ウサくんは、ぽんぽこお腹の三十男〝空気のサラリーマン〟こと千頭さんを連れて来てテーブルに座らせた。
「…………テレビ見てたんですけど……」
無表情でボソッと呟く千頭さん。イヤホン着用。呑気なうさぎにテーブル下から小声で伝える私。
「イヤホン! 着けてる! 多分幻聴出てる。大音量で相殺してるんだ……」
「あ、そ。何言ってんのかわかんないバーカ」
私は古代エジプトの犬の神、アヌビスに祈った。このウサギを冥界に誘って欲しいと!
「センズ。ロッキー撫でてみ」
まずは会話。
お客の話を聞いて、ある程度距離が縮まってからのボディタッチ。それが私の接客セオリーなんだ。
気安くテディベアカットには触らせ……あ、頭をぐわしゃー! ぐわしゃー! してくる千頭さん。脳ミソが揺れる揺れる。
「頭ダメだぞセンズ! 咬むよ、ロッキー」
イヤ君に咬み付きたいけどねウサくん。私は今、どういう状況なのかなコレ。
「女の子、女の子触るみたいにやってセンズ」
少しフリーズしてから。
再びぐわしゃー! ぐわしゃー! する千頭さん。ホストとしての狭義に反するのだけれど。この方も咬んでやろうかと思う。
だが、しかし。
ここまで来ると私にも意地がある。このぐわしゃーを全て受けきってみせよう。
売れ残りの生きざま、見せてやろうじゃないか!
✳✳✳
「テレビ見たいから」
千頭さんはそう言うとテーブルを後にした。
ごろんと床に大の字になる私。こんなにクタクタになるのはいつ以来だろうか。隣でうさぎが「ひと仕事終えた」みたいな感じで転がっているのが少し気に障るが。
今日の所は冥界に送るのを止めておいてあげよう。
だってエレベーター待ちしている千頭さんの耳には。イヤホンが外されていたのだから。
そろそろテーブルの下から這い出してみるかな。
それではまた……




