第0話「LOVE SONG」
「63602、14106は、雛罌粟帳が居てくれれば、
それで、この胸の苦しみから、
ほんの少しでも、解放されると思っていたんだ……」
………………
…………
……
この子は、
まだ若く見えるのに、余程苦労はしてきたんだろう……。
私は、目の前の彼に対して、
そう感想を持たずにはいられなかった。
この王国に年齢や容姿、時間に関わるものが、
それ程意味を持たないとしても……。
そして、私には、彼に答えを与える事はできない、ただ、応えるだけ、
「仕方ないわ14106、愛は安らぎだけれど、それが苦しみにもなるから……」
「うん、今は63602の言葉が、なんとなく解るよ。
人生はいつでも、ギリギリの選択肢の中にあるって事が」
「私達は、繋がっているけれど分かり合えない、
だからこそ、きっと存在できるのよ。
雛罌粟帳が人間の悲哀を癒す様に、
人間も、神様の何かに、きっと役に立つものなのだと思うわ。
神様の安全の為に、人は、完全な不完全に創られたのかもしれないわね」
彼と知り合って、少しの季節が過ぎたが、
14106は、物分りがいい、良過ぎて心配になるくらい……。
私には、彼と知り合う事で、この店で一番気になっていた事が共有できた。
それは、私の店、恋の家路も、彼のどんぐりの家も、
おそらくは、店を必要としているお客さんにしか、
本当には、見えていない事。
怪物王の「EYESYSTEM」にまつわる、まるで善し悪しのわからない、
おとぎ話の様な、不思議の商店街、
それが、この雛罌粟坂商店街。
………………
…………
……
「あっ!? そうだわ……、私お薬飲み忘れてる」
奴隷街にいた頃から飲み続けている処方薬、
アムニスには、唯一副作用がある、――健忘だ。
「14106、悪いけれどちょっと待っててもらえる?」
「ううん、今日は14106も店に戻るよ。
能力でポピィには聴こえてると思うけれど、
あんまりポピィを独りにさせたくないから、
63602、今日も話せて良かった。有り難う」
「そう……、気を遣わせて悪いわね、またいらっしゃいな」
………………
…………
……
女性用慰安薬アムニスには、副作用を受け入れて、余りある効果効能がある。
私が最もアムニスを必要としたのは、ほぼ完全な避妊効果がある為だったが、
服用していて、いつしか、まどろみの様な安楽を与えてくれる事も、
以前として、アムニスを手放せない理由のひとつとなっている。
「っ――ん、くん……、はぁ、最近物忘れが酷くなってきているわね……」
「……万能なお薬なんて存在しないポピ……63602、お疲れ様ポピ……」
私を慮る声音が、恋の家路の寝室に響いた。
「ノキア、……そうね。
私はこのまま、
何もかも忘れてしまうのかしら、フォークトの事さえも」
ノキアは、私の雛罌粟帳。
14106と変わらぬ動機から、私もノキアに頼っている。
「……それはさすがにノキアにも分からないポピ……
……ノキアだって63602が大切にしてくれなければ……
……あっという間に枯れてしまうポピ……」
「そう、そうよね、花瓶のお水かえるわね?」
「……ありがとポピ……」
………………
…………
……
ノキアに新しいお水をあげてから、私は寝室のベッドに横たわる。
今は何よりも、こうする事が安らぎだった。
そうして、フォークトの事を考える。
もう一度だけでいい、もう一度だけでいいから、
彼に再会し、私の持ちうる限りの、感謝と愛情を、彼に伝えてみたい。
「死」――、
私の持つこの能力は、この商店街では、ほとんど用済みだった。
どの道、現時点で、100%の死を見極める能力など、
フォークトの様な、生殺与奪権を無理やり与えられる様な医師、
医療機関等でしか、役になど立たない。
何故、医師という職業の精神的過酷さに、
当時の私は目を向ける事ができなかったのだろう。
彼のほんのささいなミスが、患者の生死に関わり、
そんな毎日を持続させ続ける事が、
彼にどれ程強靭な精神力を保つ事を要求しただろうか……。
私の人生は、今もって、彼に執着をし続けている……。
弱い女だ…………、私は……。
「色恋、即ち、是れ、空しき……か」
それが例え真実だったとしても、この気持ちを捨てる気などさらさらないけれど。
けれど――……、報われようはずもないわね、
だって……、あの人にはすでに……、
そこにふと――、
ベッドの脇に置いてある本棚の中の、懐かしい図鑑が目に入る。
この王国中にある、花達の図鑑だ。
商店街に来るまで、花なんてものに何の興味もなかったが、
フォークトを想う夜を重ねていく内に、自然とウインダリアに興味を持った。
しかし……、
図鑑中を何度読み返してみても、ウインダリアという花は、存在しなかった。
もしや、フォークトとのかけがえのない時間さえ、
夢幻であったのではないかと、私に、恐怖すら抱かせるように……。
そして、次の日、私には、三度の目覚めが待っている事を、
この時は、知るすべもなく、
王国には、いつの間にか「夏」が訪れていた。
………………
…………
……
最初の目覚めは、睡眠からの自然な目覚め。
「…………っん、ふぅ、……おはようノキア、今日のお客は何人?」
「……ひとりポピ……」
「そう……、今日はいつも以上に少ないわね……」
「……厳密にはお客さんの数ではないポピ……」
「お客……じゃない? ノキア、どういう事?」
「……ノキアにも分からないポピ……
……だけど呼ばれているのが……63602の側な事だけは解るポピ……
……念の為に……ノキアも連れて行くポピ……」
ノキアを護衛として連れてゆかねばならない事実は、
瞬時に、私自身に緊張をもたらした。
はっきり言って、中途半端に銃器等を携帯するくらいなら、
雛罌粟帳の能力の方が余程安全で強力だ。
ただ、この街に来てからというもの、揉め事とは縁遠い生活をしてきたので、
私の覚悟は、少々腑抜けていたのだと思い知らされた。
とりあえず、恋の家路の開店時間には、まだ時間がある。
慎重に身だしなみと身支度を整えておこう。
ノキア曰く、突然の襲撃にあうだとかの、緊急性はないようだから。
………………
…………
……
「さぁ、それでは開店させましょうか。ノキア、いざという時はお願いね」
「……そんじょそこらの小悪党がかかって来ても安心するポピ……」
「まぁ、頼もしい事」
そして、恋の家路を開店させたが、店の前には、
喫茶店のマスターの出で立ちをした、天然パーマにそばかす、
とっちらかった歯並びの人懐っこい笑顔が佇んでいた。
「14106……、貴方が私に御用なの……?」
「ぇ……、ぁっ、ノキアから伝わっているんですね。
うん、そう、今日は客としてではなく、どんぐりの家のマスターと致しまして、
63602様をお伺いさせていただきました。
現在、どんぐりの家で、フォークト様という方が、
貴女を待っていらっしゃいます。
「EYESYSTEM」の一部権限行使で、
貴女をフォークト様の所まで、お連れせねばなりません。
どうか、ご一緒して下さいませ」
この言葉が、私への二度目の目覚めを促した。
「ほん……、とうに?
14106? 本当にその人はフォークトと名乗ったの!?」
「怪物王の「EYESYSTEM」は、今までの間、ミスを起こした事が御座居ません。
どんぐりの家の主人として申し上げれば、あなた方お二人は選ばれたのです」
「わ――、分かったわ、14106、彼の元に案内して頂戴」
私の心は、フォークトと出逢える準備などできておらず、
化粧だとか髪型だとか服装に、どっと不安が押し寄せてきたけれど、
それをしている間に、彼が姿を消してしまうのではないかとの方がもっと不安で、
嘘みたいな話しを早く本当にする為に、14106の背中を見ながら、
どんぐりの家までついていった。
いつ訪れても閉まっているこの喫茶店も、14106は難なく扉を開ける。
初めて訪れたどんぐりの家は思っていた以上に極端に狭く、
私に向けられた、その唯一の背中を見つける事は、本当に造作もない事だった。
だけれど……、
扉が開いた事で、振り返った私の長年の想い人の肩には、
この人の肩にだけはあって欲しくなかった、
赤い――、
赤い鳥が…………、留まっていた。
この衝撃が、私への、決定的な三度目の目覚めで、
私はこの瞬間だけ、心の奥底から、ずいぶんと久し振りに、
人生というものを憎悪した。
そう――、
私は愛が好きじゃない、何故なら、すでに愛しているのだから。
おねがい
あいにじかんを
あなたはあいがおすき?
歌 TOM★CAT
作詞 TOM 作曲 高垣薫 編曲 Light House Project