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雛罌粟の練習帳  作者: 恋刀 皆
1/5

第0話~Prologue~「GRAIN」

 愛するという事を、知識として、

万人が納得のゆくように説明できる人などいるのかしら?


 私は愛を知らない、けれど、愛してる、それは感じてる。


愛するという事は愛されているという事を信じられる状態の事?


 だからまた、誰かの目や耳、脳を通して、

私は誰かに「愛」を問うている。


私の名前は「63602(ろくさんろくまるに)」。

かつてはここ、

静寂の王国と呼ばれる「Quietクァイエト」の女奴隷だったわ。


 けれど私は見出された、怪物王から、

EYESYSTEMアイシステム」によって。


そうして、私は小さな雑貨店【恋の家路】を任せていただけるまでになった。


 この雑貨店のある、雛罌粟坂ひなげしざか商店街に来て最も驚いたのは、

ここには奴隷街の様な厳しすぎる程の、「時間」が存在しない事だった。

この雑貨店にも時計というものは、一切存在しない。


私はただ、好きな時間に寝て、好きな時間に働く事ができた。


 雑貨店の商品納入もベルトコンベアーで適度に、

また無理なく送られてくる。

とんでもない事を言うならば、私が働きたくなければ、

その日を自由に臨時休業へさせる事だってできる。


 あえて「時間」というものを思い出すとすれば、

それは、「時間」と表現するより「季節」と表現すべきね。


今の王国は「晩春ファン・デュ・パントン」の最中、

それでも、この王国の季節は、他の国々と違って、

たった一日でうつろう事もあれば、

かつては百年の冬が動かなかった事もあるとか……。


 私は王国の、深い地下で、男達の慰み者となる様な、

暗闇に身を置いていた時期もある為、

その時の「時間」というものは、

それこそおとぎ話の様な、慰安薬の不思議な安楽と、

刻まれた記憶という、悲哀と憤怒を私に残していった。


 でも、地上にまでやって来ると、様々な自然の彩りが、

私に起こった身の上の出来事を、

ゆっくりととかし、心身を穏やかにしてくれた。


けれど――、結局私の心は、「あのひと」に帰るのね……。


愛を知る事はできなくてもいい、でも、いつも愛を覚えていたいわ。




そう――、私が、いつも私らしくいる為に。




………………

…………

……




 私の話しを聞いてくれて、どうも有難う。

お陰様で今日も私の心にある、最も座り心地の良い椅子を見つけ出せたわ。




 それと同時に、恋の家路の入り口の鐘が小気味良く鳴る。


「ナイスタイミングね」


お客さんはいつもの子、さぁ、今日はアレを買ってゆくのかしら、ふふっ♪


………………

…………

……


「14106、こんばんは、今日もひやかしかしら?」


「こんばんは、63602。ううん、今日は違うよ。

【どんぐりの家】で頑張って貯めてきたんだ。

早速だけど、これ下さいな?」


「あら、私もなんだか嬉しいわ♪ 特別なお世話は必要ないけれど、

この子をヨロシクね?」


「うん! 63602、もちろん!! こちらこそだよ。はい、カード」


「14106、いつも、ありがとう。この子はもう貴方のお友達よ?」


「うん。袋は要らないよ。話しかけながら帰るから」


「そう、何かその子に困った事があったら、なんでも相談に来て頂戴?」


「はい」


………………

…………

……


 14106は恋の家路を後にして、

軽く興奮しながらすぐにミネラルウォーターで右手の人差し指と親指を濡らし、

コクリコノーテー」の根元に触れ、目覚めを促した。

雛罌粟坂商店街を行き交う人々と、よそ見でぶつからない様に十分注意して。


「……ポ……ピ……ポ……ピ……おはようですポピ……ご主人様ポピ?……」


「おはよう、違うよ? 14106達は友だちだよ?」


「……承知……了解したポピ……14106はポピ……友だちポピ……」


 ……やった、27(ふたなな)以来、

14106に初めての友だちができたっ。

この子は恋の家路にしか置いてない、「雛罌粟帳コクリコ・ノーテー」。

外見は雛罌粟コクリコと名前にある様に、一輪の雛罌粟の花そっくり。

水をあげると意識を起こし、14106と同じ様に、

言葉も解かれば、感情も有しているらしい。いわゆる能力テレパスもある。

それに14106がこの子に最も惹かれた部分は、

この子自身に聞こえる人々の会話全てを記憶でき、

さらに、人の言葉が、

本当か嘘かどうかまで判別できるという事によるものが大きい。


 ――おっと……、あなたを驚かしてしまったかな……?

14106と63602は多少の知り合いだから、

63602から、あなたが14106を見てくれている事は知っています。

いつも 有難う御座居ます

63602からは、これは“愛”という能力? と聞いています。

これからも、どうぞ、よろしく。


 それでは雛罌粟帳に話しを戻しますね。

14106には雛罌粟帳の様な優れた能力は無い、

でもこの子は水分を失えば活動できなくなる。

14106には、それは等価交換に思えた、

だから14106達は、友だちと呼び合っても良い関係と判断する。


「……14106?……お願いポピ……名前付けてポピ?……」


「えっ、良いの!? 14106なんかで?」


「……14106は「なんか」じゃないポピ……

……友だちを馬鹿にされると腹が立つポピ……」


 っ――14106は、グッと咄嗟に目頭が熱くなる。

14106だって27に言われたら怒りたくなるし、なにより悲しい。


「ぅっ――あっ、あ……ありがとう、ごめん」


「……気付いてくれたなら良いポピ……じゃあ名前ポピ……」


「う……、うん。君の語尾がとっても可愛いから、「ポピィ」が良いな」


「……14106?……そこまで安易だと力が抜けるポピ……」


「気に、入らなかったかな……?」


「……そうは言ってないポピ……

……君という人間をよく理解できた気がするという事でもあるポピ……

……名前と語尾が重複して混乱するので……

……ポピィはもう語尾に「ポピ」はつけない……」


「ありがとうポピィ、これからよろしく」


「……こちらもどうぞ……」


………………

…………

……


 63602の恋の家路から、

14106が、

怪物王から任せていただいている喫茶店、どんぐりの家まで、

ポピィを連れ歩いて十分程で到着する。


 恋の家路は地上にあるが、どんぐりの家は地下にあるので、

間接照明が照らしてくれなければ14106は困ってしまうだろう。

けれど、怪物王の「EYESYSTEM」に対しては、まるで怪物王そのものの様に、

不信を覚えなかった。


 だけど、怪物王を思い出すと、27も想い出され、

……いや……今はYESイエス様か、ずいぶん遠くで輝かれている。

それでも本当に恐れ多いが、

14106には自身の胸の痛みがごまかせない。


 ポピィには、この気持ちをごまかさないでいられる様に、

来てもらったんだ……。


………………

…………

……


 ポピィの為に以前から用意していた、

飾り気のない一輪挿し用の花瓶にお水を入れて、

14106はポピィを挿し、少し興奮を落ち着ける為にぼうっとする。

なんとなく…………どんぐりの家について思いを巡らせた。


 どんぐりの家は「EYESYSTEM」によって厳しく管理され、

14106が不在の時は、絶対にお客様が入店できない様にされている様だ。

それに、まず基本的に二人一組のお客様ばかり。

かつ、14106にも感じられる程、

何か、必ず事情のあるお客様達だけが入店を許されている様にみえる。


 何故、14106にそのお仕事を与えられたのかと思うと、

これは全く解らない。

14106はただ、お客様達がお話しやすい環境を、

必死で整えたいという思いだけで、まだ精一杯だ。

無駄口はやめる、求められたら応えるだけ。


 そして、ほぼ間違いなく、全てのお客様達は、

何かが終わり、何かが始まる、

そういった幸不幸を分かち合われた様なお顔で、

どんぐりの家の入口とは別の出口から退店してゆかれる。


14106は、本当にただの喫茶店の主に過ぎないのだろうか?


 もっと地下にある奴隷街にいた頃の方が生活は苦しかったけれど、

こんなに不可思議に胸を締め付けられる痛みは感じなかった……。


14106は、本当に今も昔と同じ14106なのか? とも。


………………

…………

……


 ようやくポピィとの出会いの興奮が収まりつつある。

これからポピィにお願いする問い掛けに臨む為には、

感情をなるべくフラットにしておきたかった。


よし――――!


「ポピィ? 君にお願いがあるんだ」


「……ポピィ達は友だち……ポピィは断らない……言ってみて……」


「うん、有難うポピィ。14106は分からない事だらけだから、

ポピィの支えが必要なんだ」


 本当は、解っていたとしても…………。


「ポピィ、今から14106のする告白を、

本当か嘘か、君に判断してほしいんだ」


「……いいよ……でも、過度な期待はしないでね……」


 …………うん、分かってるよ、それは分かっていると思う……、


「それじゃあ、告白するよ」


14106は直後に、ありったけの27との思い出を、

心の中へとかき集めた。


14106は……、


14106は…………、




「14106は、27の事が好きです」




途端に14106の感情は爆発し、目の前が潤み、鼻までツンとなるっ。


「27が好きです! 大好きですっ!!

ずっと、ずっと、ずっと好きです!!」


 感情はせきとめず、涙と鼻水と身体の震えはとめられる様にやりくりする。

でも何処かしら冷めていて、こんなの本当の涙じゃないとも思っている。


後は、できるだけ落ち着き、友だちの言葉に耳を傾ける為に尋ねるだけだ。


「ポピィ…………、どう、かな?」


 ポピィは即断即決はせず、

まるで14106の気持ちを慮る様に沈黙を与える。


 それは奴隷時代の「時間」で一分以上は掛かっていただろうか……?

空虚にさえ思える時間が流れ過ぎた、


 しかし慌てない――、




この問い掛けの答えは、14106にはどちらでも構わないのだから……。




………………

…………

……




「……では……ポピィは……答えるね?……」


「嗚呼、お願い」




「……14106の……その気持ちは……本当だよ……」


「そうか――、ありがとうポピィ」


 これは…………、想像以上に……困る。

敬愛する怪物王の大切なお妃様に恋をしているから困る、だとか、

まだお星様達に縋る惨めな自分が困る、だとかでもなく、


 この…………想いの全てが報われる場所が、

たったひとつしか見つけられなくて、困る。


「……14106?……君の為に忠告する……

……もう、こんな質問はやめた方がいいよ……」


「うん、ポピィ、君の言う通りだ。

ごめん、嫌な思いさせて……」


「……人間には平等に死が備わっているけれど……

……生とは概ね不公平なものだよ……

……誰も自分が幸福にある時に、……

……大切な隣人の不幸でさえも傍らに置いてはおけない……

……誰かが笑っている時、確実に誰かが泣いていたとしても……

……誰もそれを常に感じ続けていたら、生きていけないんだよ……

……当事者になれば、決して許せない事でも……

……大半の人間は傍観者として……結局は「仕方ない」、……

……そう忘却してゆくだけさ……」


「うん、27への想いを断つ事は、14106にはできない。

だけど、それをポピィの判断に委ねるという事は、

決してやっちゃいけない事だったとやっと分かったよ」


「……そこまで解ってくれているのならこれからも尋ねてくれていいよ……

……雛罌粟帳ポピィたちはその為に存在しているのだからね……

……希望し、絶望をやり過ごす為に、なんにでも練習は必要さ……

……だけど、今後の友情の為にも、これは14106に伝えておきたい……」


「ポピィ? ……分かったよ…………、教えてもらえる?」


「……14106?……

……ポピィは人間の感情が何故か理解できる部分があるけれど……

……ポピィは人間ではないし……感情の理解も完全じゃない……

……人間達が様々なものへ価値観を見出したり……

……雛罌粟帳ポピィたちに名前を付けるのも関知しないけれど……

……ポピィ達の本質からすれば人間の命も……」


 そこでポピィは、14106の心身に次の言葉を染ませる為か、

ゆっくり間を空けて…………、


「……それはたった米ひと粒の価値と全く同等だと覚えておいてほしい……」


 …………そう、……か……。


「……誰も救われないからこそ、誰もが救われる……、」


 ……そして、


…………終局、








「……それが、怪物・・と戦う人間の、唯一抗いうる最強の矛と盾だよ……」



 ぼくのじんせいにひとつぶ

あなたのじんせいにひとつぶ

あなたのじだいのために

作曲・編曲 蓜島邦明

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