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ファンタスティックビジョン  作者: ちわみろく
12/24

宴会初体験(えんかいしょたいけん)

仕立ての良いドレス、異国風のセンスのその衣装は不思議なことに誰が見ても私に似合うように思えるらしい。

 正直なところ、私自身は少しも似合うなんて思えなかった。馬子にも衣裳なんて言葉があるけれど、違和感しか感じない。あのぎゅっと締め付けられる下着なんて、雑誌なんかによくある矯正下着みたいなもんなんだろうなっていうくらい苦しいし、踵の高い靴は歩くのが怖いくらいだ。

 肩ぐらいしか伸ばしていなかった髪を無理やりにアップにして付け毛で髪形をごまかす。そうか、お姫様はみんな髪が長いのか、とそこで初めて気が付いた。

 髪飾りが頭皮を刺すんじゃないだろうか、というくらいに飾られ、なんだか頭が重い。

 そんな私を、嬉しそうに背後で見ている人間がいる。

 ご領主様とそのご子息は、私の支度が済むと嬉しそうな顔でずっと同じ部屋のソファに座って見ている。・・・恥ずかしいというか、正直怖いんですけど。

 侍女、という役職があるのはなんとなくわかっていたので、その人たちが馬車に揺られて来々軒にやってきた時点で、身代わりの日がやってきたんだな、と思った。心配そうなライデンと、困ったような顔で笑うレナードさんに見送られてお城にやってきた私は三人の侍女さんに導かれるまま風呂に入れられ、ドレスを着せられ、化粧を施され、最後に髪形を整えるとようやく彼女達は姿を消した。入れ替わるように部屋に入ってきたのが、ご領主親子だったのだ。

「カーラ・・・。」

 うっとりと呟いてこちらを見ているシン・クレッグの瞳は、確かに誰かを恋い慕う者の色なのだろう。

 久遠はあんな目で私を見たことなど一度もない。本当に好きな人を見る目というのは、ああいうものなのだ。顔は同じでも別人なのだと何度も自分に言い聞かせて、いやな顔をしないように気を付ける。

 好きな人を見つめる目。そう思うと、今頃はライデンと一緒に店の仕事をしている頃のレナードさんを思い出してしまった。

 茶色のおさげを三角巾で押えて白い割烹着を着、いつも仕事をしている彼。最初は違和感こそあったけど、今はすっかりそれが普通になってしまっていて、材料を仕入れに狩りへ出かけていく彼の物物しい姿の方が変に思えるほどだ。

 彼を思い出して、気分が良くなるなんて、なんて単純なんだろう。

 嫌いな顔がこちらを食い入るように見つめていても、レナードさんの事を考えるとそれほど嫌な顔しないで済みそうだった。

 相変わらず彼は生真面目に毎日ラーメンを作って働いている。そんな彼を傍で見ていられるのは、それを手伝えるのは幸せだな、と思えた。

「では、行きましょう、・・・カーラ姫。」

 恰幅のいいご領主様が促し、私は仕方なくその息子の傍へ寄った。彼が嬉しそうな顔で手を伸ばして私の手を取ろうとする。

 ・・・せめて、嫌そうな顔だけはしないようにしよう。でも、愛想よくするのは止めておこう。

「姫は軽く笑って会釈するだけでいいから。言葉は何も発さなくていい。ただ、隣で愛想良くしていてくれれば。」

 久遠と同じ顔のシンが、少し気まずそうな表情でそう指示した。

 愛想よくしろ、っていうのは、お客さんに対して、ってことだよね。もしくは、お客さんの前でだけはニコニコしてろってことなのかな。カーラ姫は、愛想のいいお姫様なのかしら。

 ドレスの裾を踏まないように用心しながら、ご領主親子に連れられて、私は初めてお貴族様のパーティというものに出席した。


 

 今夜の主役カップルということもあって、きっと注目されているのだろう。会場がざわつくのを感じて、私は思わずうつむいてしまう。

 周囲の人が私を見て口々に何か言い始めている、ということは私を中傷している。そういう経験しかない。だから、私は顔を上げられない。こっちへ来るな、とかどうしてここにいるんだろ、とか、そんな言葉を誰もが口にしているとしか思えない。

「お顔を上げて、お嬢さん。」

 聞き覚えのある、澄んだ声。

 はっとして、思わず声の方を見上げる。そこには、あの印象的な白い髪の剣聖が立っていた。

「しゃ、シャーロットさん・・・!」

 先日店に来てくれた時とは違う、黒いかっちりした衣服を身に着けている。きっと剣士としての正装にあたるのだろう。黒い帽子には赤い羽がさしてあった。募金か?と一瞬心の中で突っ込んでしまう。綺麗な人だと思っていたが、こうして晴れやかな姿を見ると一層美貌に磨きがかかって見える。

「お師匠様のお知り合いですか?」

 少年のような声が唐突に聞こえた。

 シャーロットさんの傍に、同じようないでたちの少年が立っていた。ただし、服の色は黒ではなく、青である。

「本日の主役ですよ。クレ、ご挨拶なさい。」

 剣聖の言葉に少し驚いたのかわずかに目を丸くしたその剣士はすっと膝を折って礼儀正しく頭を下げる。

「はい。ご無礼をお許しください。お初にお目にかかります、カーラ・ロンドライン様。本日警備の任に就きましたクレハ・ニールです。本日はおめでとうございます。」

 赤い癖っ毛の頭がゆっくりと上がると、少年はにっこりと微笑んだ。屈託のない笑顔に、私はどうしていいのかわからず、つられるようにぎこちなく笑い返す。

「ありがとうございます・・・。」

 蚊の鳴くような小さな声で呟く。言葉は何も発さなくていいと言われたことを思い出し、しまったと思ったがもう遅かった。

「大丈夫ですよ、お嬢さん。クレ、では君は担当の場所へ戻って。」

「はい、お師匠様。」

 挨拶を済ませるとそそくさと担当の場と思われるところへ去っていく少年を見送った。

 その後姿を見て、どこか、違和感を覚える。

 赤毛で丸顔の愛嬌のある顔だった少年の方を見つめるシャーロットさんは、とても嬉しそうだ。

 彼を見つめる目が、ひどく優しいような気がする。お師匠様、と呼んでいたからきっとお弟子さんなんだろうけれど、やっぱりお弟子さんだから可愛いのかな。でも、レナードさんを見る目とはちょっと違う気がする。元・弟子と現在進行形の弟子なのだから同じじゃないというのは当然なんだろうけれど。

「大丈夫です。クレは余計な事は何も言いませんから。貴方は、今日は身代わり役で大変でしょうけど、そんなにうつむいてばかりではいけませんよ。姫はクレッグ様との婚約に不服なのかと他の者に思われてしまいます。不本意かもしれませんが、引き受けた以上はきちんと役をこなしましょう。」

「は、はい。そうですよね、私がちゃんとしなくちゃ、ご領主様だって困っちゃいますものね。」

 今夜は領主の跡継ぎが迎えた婚約者を披露するパーティなのだ。言葉は発さなくてもいいから、とにかく笑顔を作らなくては。

 無理やりにも愛想良く見えるように目尻を下げ、口角を上げてみる。

 剣聖様はそんな私を見て、軽く頷いた。

「今日の私は弟子と共にここの警備担当をしているのです。普段は余りこう言った事を引き受けないのですがね。何かありましたら呼んでください。ご領主とシン様以外にお嬢さんの事を知っているのは私だけでしょうから。」

 それは心強い。秘密を知っていてくれる人がもう一人いるというのは助かる。この人相当影響力強そうだし。

 少年弟子と同じように礼を交わすと、剣聖様は彼の後を追うように歩み去ってしまった。

 途端に一人になった。

 会場に入る時一緒だった領主親子は、広間に入った途端にお客さんと思われる人々に引っ張られて行ってしまった。広い空間に、贅沢な装いをした人々がたくさん行き交うのだが、私を見つけるたびに何か噂しているように思えてならなかった。そういうのが、とても辛い。陰口をたたかれているように感じてしまう。

 いじめを受けていた学校とは違う。世界も人も何もかも。違うのだとわかっていても、条件反射のように自分が責められているような気持になってしまった。

 顔をあげて引きつるように笑う。顔を上げれば多くの人が私を見る。彼らが見ているのは堀越要ではなく、カーラ姫なのだとわかっていてもどうしようもない。

 もう、放っておいて。誰も私を見ないで。笑わないで。かまわないで。

 後ろ指をささないでほしい。聞こえるように悪口を言わないでほしい。こちらを見ないで。

 呼吸が早く、浅くなってくる。

 そっちの金髪の女の人が、両手で口を隠して私の方を見て笑っている。

 広間の隅で大きな声をたてて笑う男性の声が、私を笑いものにしているように聞こえる。

 もうこんなところいたくない。こんな思いはまっぴらだ。

「カーラ姫?顔色が悪いですよ。」

 きっと身分の高い人なのだろう、数人の男性客と共にシン・クレッグが戻ってきた。

 久遠が来る。また私を、いたぶろうとしてこちらへ来る。

 私をこんな目にあわせて、一体何が楽しいのだろう。私があんたに一体何をしたというんだ。

 いや、違う、この人は、今私の手を心配そうに握ったこの人は、久遠ではなくて、シンというご領主様の息子で、カーラ姫の婚約者で。

 わかっているのに、頭ではちゃんと理解しているのに、この顔を見た瞬間に、彼の手が私の手を握った瞬間に。息がとても苦しくなって。立ってられなくて。

「姫!?」

 会場で婚約を披露する間もなく、私は意識を失っていた。


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