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第七章 春風一番1

 自分の居場所。そんなものを父さんは探していた気がする。

 明日歩は、隣でじっとスクリーンを見つめている母親、奈緒の横顔を見ながら、そんなことを考えていた。

 あの能天気でハチャメチャな考えを押し付ける感じが嫌で、そのくせどこかでいつも意識していた。


 ゆっくり動く歩の背中。


 「よくこんなフィルムがありましたね」

 「これは本人も知らないかもしれないな」

 訊く明日歩にニヤリと笑った中島が言うと、慌てたように島根が、言い訳を始める。

 「隠し撮りじゃないぞ。いろんなパターンで撮って置こうって言いだしたのは歩さんの方で、カメラが向いていると思うと表情が硬くなっちまうから、適当に自分が気が向いた時に撮っておいてくれと言われたんだ」

 「そんな慌てて弁解しなくても」

 苦笑する明日歩に、中島がそっと肩に手を置く。

 「お前の親父は、そういう男だった」

 明日歩は長く息を漏らすと、首を振る。

 「おかげで、オレはこんな目に遭っている」


 歩の鼻歌が、真っ白な雪景色の中に響き渡る。

 

 一面の雪景色。


 ザクザクと音を立て、一人の青年が新しく降り積もった雪道に足跡を付けながら歩いて行く背中。

 教会が見え、足を速めた光一役の明日歩が教会の扉を開く。


 「神父様、おはようございます」

 「ああ、おはよう」

 私服姿の神父が、にっこり微笑む。

 「父さん、またこんな所に来て、母さんはもうここにはいないよ」

 一人、うな垂れ座る歩の後姿が映し出される。

 中島は目を細める。

 最初で最後の大舞台を控えている歩に、芝居に専念しろと忠告したのにも拘らず、このセットだけは自分の手で作りたい、と言い張った。

 参考にさせてもらうため訪れたチャペルだった。

 マリア像を目の前にして、奈緒に対しての不安が一気に噴き出して来た歩は、うな垂れるように、一心で祈りだしたんだ。

 この後、遅れて来た中島に声を掛けられ、歩がさびしそうに笑って見せたのを、今でも鮮明に覚えている。

 それがどうにも、やりきれない気持ちにさせられてしまったんだった。

 「なんて情けねー顔をしてんだ」

 と言ったものの、フッと胸を締め付けるものを感じ、中島は目を反らしてしまっていた。


 「神父様、本当にごめんなさい。また父さんが訳が分からなくなっちゃったみたい」

 「私は大丈夫。それより、病気の方がかなり進行してしまっているようだね」

 光一は目を伏せ、ポツリと呟く。

 「母さんが死んでから何もかも変わっちゃったんだ」

 一心に祈る背中に目をやる神父。

 「和寿かずひさは、幸恵ちゃん一筋だったから無理もない」

 「父さん、帰るよ」

 ここからは、明日歩の二役で演じられていく。

 無理やり父親の腕を引っ張る光一は、神父を不満気に見上げる。

 「ここに何があるって言うんです。どうして父さんはここに来たがるのか、僕にはさっぱりだ」

 教会のステンドグラスがキラキラと光り、マリア像に抱かれる天使が、静かに影を落とす。

 

 家族で楽しく暮らしていた日々。

 あまり裕福ではなかったが、母さんはいつもニコニコとして温かな食事を用意してくれていた。

 幸福だった。

 母さんに見守られながら、父さんと自転車の乗り方を教わる自分の姿は誇らしく、目を瞑っただけで、その光景が浮かんでくる。

 僕らはいつでも一緒だった。

 市場まで父さんを迎えに行き、三人で手を繋ぎ帰る道。決まって父さんは同じ歌を口ずさんでいた。あの日、母さんが倒れ、全てが一変してしまったんだ。ベッドに横たわる母さんの傍らで、父さんまでがまるで光を失ってしまったように、沈んで行った。

 病状はみるみる悪くなってしまった母さんは死に、父さんの中から全ての光が消滅してしまった。

 そんなことをぼんやりと考えているうち、光一はうとうととしてしまい、ハッとして目を覚ます。


 空になってしまっているベッドを見て、焦って部屋を飛び出して行く。


 勢いよく開くドアに、危うくぶつかりそうになる老人、間宮の登場に奈緒は目を細める。

 光一はギョッとしながら、

 「スイマセン。慌てていたもので」

 頭を下げ、そのまま立ち去ろとする光一を老人は慌てて呼び止める・

 「ちょっと待たれ」

 その声に、光一は思わず振り返る。

 目を瞠ってしまっていた。

 身の振る舞いも着ているものも、この街には似つかわしいものだった。

 「こちらは、松角さんのお宅かのぅ」

 そう尋ねられ、光一は驚いた表情で小さく頷く。

 「和寿さんは御在宅じゃろうか」

 老紳士が重ね尋ねる。

 いよいよ光一は訝かる目で、老紳士を見る。

 和寿を訪ねて来るものなど、誰一人いなかった。親戚すらいないと聞かされている。和寿の過去は誰も知らない。知っているのはただ一人、母親だけだった。その母親もすでに亡くなっている。

 「あなたは……」

 光一の表情を読み取った老紳士は、帽子を取り深々と頭を下げる。

 そして、にこやかな笑みで言葉を連ねた。

 「古い知人で、吉永と言います」

 「父は居ません」

 老紳士を探るように見つめていた光一は、きっぱりそう言い切る。

 「急いでいますので」

 踵を返し走り出す光一に、吉永は老人とは思えないほどの大きな声を張り上げた。

 「待って下され。今日、どうしても大事な話があって参りました。是非、居場所を教えてはもらえないじゃろか」

 そんな言葉に構っている余裕など、光一にはなかった。

 糸が切れた風船のように、どこかへ飛んで行ってしまうのではないかという危機感が、いつでも光一に付きまとっていた。

 その理由は分からない。

 しかし、確実にその恐怖は目の前にまで迫って来ているのは間違いではない確信が、光一にはあった。

 説明が出来ないその確信である。



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