第六章 光の向こう側14
ホテルの一室。
明日歩は椅子に座ったり立ったりを、幾度も繰り返していた。
大きな窓には、漆黒を縁取るようにどこまでも続くライトが映し出されている。誰もが魔法を信じたくなる特別な夜。
式はちゃんと上げなさい。やってあげなきゃダメ。あずささんが望んでいるなんて嘘。女の子は誰でもヒロインになりたがっているものよ。私がそうだったように。明日歩は歩の初舞台の先を知らなかったわよね。そう言って、奈緒はビデオを入れる。最初で最後の父さんの舞台映像。頭を抱え、遠くを見据えた歩が叫ぶ。俺が俺がしたかったことはこんな事じゃない。永遠の命を手にしても、莫大な富や栄光も何になる? 俺はそんなものは要らない。欲しいのはあいつの愛。愛する人を護りぬける勇気さえあればいい。二つの光が共鳴し一つに吸い込まれ、一瞬、大きく輝く光の中に歩の姿が消えていく。そんな終りだったはず。
これは?
「私と歩の結婚式。歩らしいでしょ。私が一番望んでいる姿で、私を幸せにしてやりたかったって」
舞台の上でプロポーズし、永久の愛を誓った。
父さんらしいと、明日歩は苦笑して言った。
「それでも、覚悟は相当なものだったのよ。どこから見ても私と歩とは不釣り合いでしょ。そこを護りぬくのが男なんだって、歩は言ってたけどね」
だからじゃないけど、この日に二人の幸せな姿をプレゼントしてやりたいと思ったんだ。母さんと父さんが結ばれ、俺が生まれて来たことがどんなに素敵だったか。
「明日歩、お待たせ」
由紀子が、顔を覗かせる。
「今世紀最高の美女に仕上げたわよ」
「ご苦労様」
ソファーで寛いでいる中島が声を掛けると、由紀子が大げさに疲れたと向かい合わせるように座る。
「何が因果かしらね。親子で花嫁の世話をさせるなんて」
由紀子は、煙草に火を点ける。
「あん時も大変だったな」
「そうよ。金はないけど、めーいっぱいきれいな花嫁さんにして欲しいなんて言うんだもの。それも内緒でって。あの時ほど歩を憎んだことはなかったわ」
二人に遠い目で見られた明日歩は、えっと首を傾げる。
まったくだと言う中島に、でも憎めないのが歩だったと由紀子とゲラゲラ笑いだし、二人は立ちあがった。
「じゃあ後でな」
中島が手をひらひらさせ、由紀子も煙草を消し、一緒に出て行ってしまう。
不意に孤独が押し寄せて来る。
空気がぴーんと張りつめ、心地の良い緊張感が全身にみなぎる。
一生一度の大舞台。
きっとそれが今日なんだ。




