第一章 不良と正義3
やれやれである。
ここまで逃げて来たは良いが、次をどう切り抜けるかが問題だった。この様子では、しっかり表で待ち構えているはず。
洗面台に腰掛け、手を拱いている明日歩は、しまっていた個室の一つが開き、目を輝かす。
願ったり叶ったりだった。
「中田じゃん」
個室から、ベルトを締めながら、克己が出て来たのだ。
救いの神に、明日歩は顔を緩ます。
それを見て、克己は何を勘違いしたのか、変な説明をし始めだす。
「超でっかいのが出て、びびったぁ。こぉんなんだぜ」
克己は、手で大きさを表して見せる。
訊いてないし、それにこの喋り方……。
克己はすぐに、感化されてしまう悪い癖がある。きっと先輩の影響だろうけど。明日歩は苦笑した。
「学校で、うんこなんかしてんじゃねぇよ」
「いや俺は、時と場所は選ばない男だから。じゃあ」
じゃあって、手も洗ってねぇぞ。それより、盾が、勝手に出て行かれても困る。
明日歩は焦って、克己を呼び止めた。
「サッカーは楽しい?」
「おお。俺は未来のJリーガー選手だかんな。ここの先輩にも負けん気がしないぜ!」
へって、克己は笑った。
へって……。
克己の大口は、今始まったことじゃないけど、奥に閉まったままのドアが気になった明日歩は、口の前でシーッと指を立て見せるが、調子に乗った克己の豪語は、そう簡単に収まらず、最後には世界の王者までに達する話になってしまっていた。
さすがにまずい。話が大きすぎる。声もデカい。完璧に聞こえている、そう思った明日歩は克己を回れ右させる。
背中を押され、訳が分からないままでいるか罪を縦に出てきた明日歩を、知美が待ってましたと言わんばかりに声を張り上げる。
「明日歩!」
こんなことをしても無意味なことなんて、明日歩にも判っている。知美が言わなくても、担任が口を出してくる。当然、どこかの部へ所属させられるのもだ。だけど当然ぶって、無理強いさせられるのが、どうにもこうにも納得できない明日歩なのだ。
明日歩は、克己を知美に押し当てて、廊下を全速力で逃げ出す。
階段で足がもつれて転びそうになりながら、一階まで降り、昇降口で靴を履き替えようとしていると、知美が近くで練習を始めていた運動部の奴に、声を掛ける。
「そいつを捕まえて!」
まずい。同じクラスの奴がいる、そう思った途端、明日歩に女子たち数人の手が伸びて来ていた。
「絶対逃がさないでね」
「分かった」
分かるな!
明日歩は道をふさがれ、右側に反れて走り出す。
扉が見えた。隣の校舎に続く扉だ。焦っているせいで上手く開けられない。この扉はもともと錆びてて、ただでさえ開けにくい。
「ちょっと、何で逃げんのよ」
仁王立ちの知美に首根っこを掴まれ、明日歩は観念するしかなかった。
克己も、面白がってやって来る。
「もう今日提出しないと、私が怒られるだって。保護者欄は私が書くって、言っているでしょ。おばさんにも、承諾してもらっているから大丈夫だから。明日歩はここだけ記入すればいいの」
なんで、お前がオレの保護者なんだ。ざけんじゃねぇよ、と言ってやりたい。だけど、明日歩にはそれを言う勇気がない。
知美にじりじり迫られ、克己がにやにやと笑う。
クソッ! 逃げらんねぇ。
観念した明日歩に、知美が手にしていた用紙を差し出し不敵の笑みを浮かべる。




