第五章 らいむらいと5
父の過去が明らかにされます。
最初に見せらた続きだってことは一目瞭然だった。
舞台から降り立った歩が光になり、一瞬、真っ黒になった画面に一点の光が灯り、やがて大きな夕陽になる。
人のシルエットが重なり合う。
カメラアングルが変わり、歩が映し出される。
見覚えのある服装。少し奮発して買ったと言っていた三つ揃いだ。
いつ撮ったんだろう?
ぼんやり思っている明日歩の意図を読み取った網谷が、注釈を入れ微笑む。
「亡くなる一か月前くらいだったかな? ふらりと事務所にやって来て、サプライズをするから協力してくれって言って来たのは」
歩が何をしたいのか、明日歩にはさっぱり分からなかった。
映し出された瞬間、歩は歌を歌いはじめたのだ。いたって真面目に、ああこんな顔もするんだなぁと思わせるような影ある表情が、意外過ぎて奈緒の顔を見てしまったくらいだった。
「この劇中歌、いいだろ? これは中田が自分で作詞作曲したそうだ」
歌い終わったところで、間宮は停止ボタンを押す。
「君には話してあるって聞いているけど?」
しばらく考え込んでいた明日歩が、あっと小さな声を上げる。
間宮が思い出したようだねと、嬉しそうに言う。
確かに、亡くなる前にサプライズの話は聞いていた。けど、それとこれがどうつながっているのか分からない。
「何かの記念日だとは聞いています。でも、それがどうして舞台に出ろと言う話になるのかが、まるで見当がつかないけど」
「やっぱりそうでしたか。結局言い出せなかったんだろうなって、思っていました」
「言い出すも何も、いったい何を考えていたんだ親父の奴」
「この企画、是非やらせて欲しいと言ったのは、野村の方です。明日歩君が了承してくれるなら、親子共演でって話が盛り上ったくらいです」
「親子共演って、冗談じゃない。僕がそんなのに出るわけないじゃないですか」
ムキになって言い返す明日歩に、間宮は柔らかい笑みで返す。
「結論を出すのはもう少し待ってもらいたい」
終わりだと思ったビデオは、まだ続きがあった。
暗がりに浮かび上がる歩の背中。
徐々に明るさが増し、ぼんやり浮かび上がるステンドグラス。
「オレは幾年も愛する人のために闘い続けて来た。それは今も変わらない。愛する人の笑顔を護るためならなんだって出来ると、ずっと思っていた」
じっと見据えていた目線が、ふっと落とされる。
「でも、もしかしたらオレは間違っていたのかもしれない。今もあいつは、悲しい目をする。その意味さえ聞けずに、分らないんだマリア。オレはオレなりにあいつを愛し守ってきたつもりだ。何が足りない? 金か? 名誉か? そんなものに目をくらませるような女じゃない。じゃあなぜだ。なぜあんな顔をする? 俺が選んだ戦い方は、間違っていたとは思わないが……。教えてくれ。マリア」
黙々と祈り続ける歩の背後の扉が開かれ、まばゆい光が画面いっぱいに広がる。
「ここまでが中田の構想です」
「歩は、歩は、もう一度、役者として生きることを決心してくれたんでしょうか」
そう訊く奈緒に、間宮は煙草を取り出し、フーと一息吐き出してからゆっくりと答える。
「なら良かったんだけどね。これはあくまでも、結婚記念のサプライズ。もう一度、明日歩と舞台に立って、あの日の思いを完結させてあげないと、奈緒が笑えないって中田の奴が言ってねぇ、ここの先は明日歩に演じさせたらどうだろって」
「はい?」
目をむき出す明日歩を見て、間宮は目じりを下げ話を続ける。
「あいつの考えはこう。扉を開けたのは明日歩で、希望の光になり、二人を幸福に導いてくれたから、良かったじゃないかってもんに仕上げたかったらしい」
アバウトすぎる話に、明日歩は呆れ返ってしまう。
「そうか、君は知らないんだね。奈緒さんと中田が知り合った齢を。23歳の時でしたかな奈緒さん」
そう言われ、明日歩は何となく歩が考えていたことが分かるような気がした。
間宮の顔がニヤつく。
つまり、出会い記念日、サプライズを早々と考えていたってことになる。歩ならやりかねないことである。
愕然とする明日歩に、間宮が手を差し伸べてきた。
「決まりだね」
どうしてそうなってしまうのか、皆目見当がつかない明日歩の手を強引にとり、間宮は嬉しそうに握手する。
「待ってください。オレ、やるとは」
「君は断れないよ」
「はい?」
したたかな笑みで言う間宮に、明日歩は目を見開く。
「是非、やってみたいんだ。もうこの先の台本もできている。あいつは居なくなっちまったけど、思いを形にしてやろうじゃないかって。幸い、中田そっくりの明日歩君、君がいる。何とかいけるんじゃないかって話になってね。二人の火付け役になってしまった俺としては、その責任も果たしたいし、中田同様。俺自身も奈緒さんが引きずっているものをそろそろ降ろさせてあげたいしね。それに中島が一番、この上演を強く望んでいるんだ」
「どういうことですか?」
「ご覧の通り、中田は昔俺らと芝居をしていたことがある。この舞台は最初で最後の晴れ舞台。あいつは、脚光を浴びて生きて行くことよりも、生まれて来る君や、奈緒さんとの平凡な日々を選んだ。あいつにとっては後悔なんて一つもなかった。けど」
一旦言葉を切った間宮は、奈緒に目を見る。
「ずっと思っていたの。やはり、歩には舞台に立って欲しいって」
「あいつは頑固だからな。そんな気持ちは分かっていても一度離れた場所、おめおめとは戻れないと考えたんだ。そして、奴は奴なりに知恵を絞ったんだろうな。明日歩の中に光るものがあるって、オレには出来ないけど、明日歩になら出来るって。あいつにも充分あるって言うのに」
勝手すぎる話に、明日歩は憤慨するが、あっさり実力の差を見せつけらてしまい、口ごもらされてしまっていた。
――間宮が帰った後、明日歩はリーフレットに目を落としていた。
光の彼方に何が見える?
あなたにとっての正義はなんですか?
らいむらいと。
丸文字で書かれたその題字の下には、庭に咲く沈丁花が、淡く映し出されている。
こんなものまで作って、断らせない気満々じゃないか。
明日歩は大きなため息をつき、淡いブルーの表紙が付けられた冊子を奈緒の前に置いて、困った様に笑う。




