第五章 らいむらいと2
――教育実習一日目。
これほどまで、自分はこんなに真剣に教師を見詰めていたことがあったかと。自問したくなるくらいの眼差しに、明日歩は嫌な汗をかかされてしまっていた。少し前まで、自分も右端の列の前から3番目で授業を受けていた。そんな自分に代わって、眼鏡がずり下がりそうな男子生徒が、今ではノートを取っている。
職員室も、在学中にお世話になっていた先生の大半はもういなくなっている。
「いやー、よく来た」
緊張の面持ちでやって来た明日歩をにこやかに出迎えてくれたのは。真っ黒に日焼けした森崎だった。
卒業してから4年、すっかり風貌が変わり、柔らかい印象になった森崎に、明日歩は目を細める。
「久しぶりです」
「挨拶はあとあと」
頭を下げる明日歩を半ば強制的に更衣室まで連れて行った森崎は、自分のジャージを手渡す。
「当然、後輩の面倒も見てくれるんだろ? 先に行っているから」
顔を覗かせるくらいは考えていたが、まさかコーチを頼まれるとは思っていなかった明日歩は、つい苦笑いでッ心にもないことを言ってしまう。
「マジですか?」
「お前な、卒業してから冷たすぎるだろ? あの哲平すらたまにOBとして練習を見に来てくれてんだぞ」
「哲平がですが? オレには何にも言ってなかったけど」
「大体お前、哲平とも連絡撮り合ってないだろ?」
「あいつそんなことまで喋ってんですか?」
「最近の明日歩ったら、冷たいんですぅ先生って具合にな」
驚きである。まさかあの森崎がこんな冗談を言うなんて、思いもしなかった明日歩だった。
森崎に促されるように向かったグランドで、明日歩はさらに驚かされてしまっていた。
廃部寸前だった陸上部は、明日歩がいたころよりも部員は増え、粒揃いになっているではないか。これが森崎のなせる業だと思うと、自分がしでかしたことの大きさを知り、明日歩は穴があったら入りたい気持ちでいっぱいになる。
それに加え、部員たちのたっての希望で、明日歩は久しぶりにスタートラインにつくことになった。
独特の緊張感が、躰の奥の奥をギュッと絞り上げて行く。
戦う相手は、春の大会で入賞を果たした者や、それに次ぐ勢いがある有望選手だと、森崎が説明する。
趣味程度にしか走っていなかった明日歩である。結果は散々だったが、走りながら、やっぱり走るの好きだなと、感じられた一瞬でもあった。
「先生、やっぱ、早いですね」
息を切らして、話しかけて来た男子生徒の顔を見て、明日歩はおやっと思う。
「僕、刈谷真琴と言います。姉、奈波を知っていますよね?」
なんとなく眼元が誰かに似ていると思っていた明日歩は、納得する。
「お姉さん元気?」
「はい。今、留学しています」
意外な言葉を聞かされた明日歩は、ついおうむ返しをしてしまっていた。
「はい。姉の夢は、国際結婚らしいです」
「国際結婚?」
すっとんきょうな声で訊き返す明日歩に、真琴はケラケラと笑いだす。
「親も呆れていました。居ませんよねそんな奴。英語もまともに話せないのに、私にふさわしい人は、日本にはいないわって、一人で決めて金貯めて行っちゃいました」
「凄いね君の姉さん。そんな風には見えなかったけど」
「そうでもないです。自分の目的のためなら、何でもできちゃう人ですよ、うちの姉は」
ふっと見せる表情が、奈波にどこか似ていた。




