第五章 らいむらいと1
大学生になった明日歩とあずさです。
くだらないことかもしれないけど、そう前置きをした明日歩が大真面目にあずさの顔を見たのは一年前。
二人でのんびり公園に来ている時だった。
カバンからごそごそと何かを出したかと思うとそれを広げ、明日歩はにっと笑ってみせる。
「何でも計画は必要だと思うんだよね。ほら引き寄せパワーっていうやつ、オレ実践してみようかと思ってさ」
何を言い出すのかと思ったあずさが、思わず吹き出してしまう。
「笑うなよ」
「ごめん、でも急にどうしたの?」
「いやぁ今までの自分を振り返ってさ、行き当たりばったりの人生だったなって反省をしたわけですよ」
「へぇそうなんだ」
「そうなんだ。それで、オレは考えました。この先どうやってどんな風に生きていきたいかって」
「それはそれは壮大なことですね」
「じゃじゃん」
明日歩が拡げたのは年表だった。
わずかな野望が踏まえられている年表を目にして、あずさは明日歩の顔を見る。
「あのこれ、結構無理があると思うけど」
あずさが言っているのは、二人仲良くキャンパスライフのあたりのことだった。
「そうなの?」
「明日歩、私の実力、知らなすぎ。もう数学なんかやばいってもんじゃないし、英語は何を言いたいのかさっぱりだよ。完璧、お手上げ状態で、試験の度、死にたくなるんだからね」
「大袈裟な」
あずさは大きく頭を振ってみせる。
「嘘じゃない。何ならテスト、見せてあげましょうか」
そんなことを自信満々に言われてしまった明日歩は苦笑いで返すしかなかった。
しかし、そんなことでくじける明日歩ではないってことを、あずさは知らずにいた。
自分が空いている時間を利用して、あずさに勉強を教える、と言い出したのだ。何のための、目指せ教職員なのか、オレ様の実力を知りたまえ。そう胸を張られ、あずさは騙された気持ちで勉強に取り組み、そしてこの日を迎えていた。
「1556、1557、……1562。あった!」
あずさは大喜びで明日歩に飛びつく。
難関校と呼ばれる大学の合格だった。
薄っすらと涙を浮かべたあずさを抱きながら、明日歩も安どの息を漏らす。
それからというもの、明日歩の計画は加速をつけ、着実に推し進められていった。
忙しい時間をやりくりさせながら、明日歩は就職にすべてをこの春から打ち込むために大学の単位はほぼ三年間で制覇し、残すは教育実習をのみである。
花見がてらやってきた公園で、明日歩はあずさの膝枕で寝転ぶ。
「実習はいつから?」
「来週から」
「ふう~ん」
つまらなそうに言うあずさに、明日歩はニヤニヤとする。
「オレと会えないのが、そんなに寂しい?」
軽い冗談のつもりだったが、あずさに素直に頷かれ、明日歩は顔を綻ばせる。
「ご心配なく。連絡はちゃんとまめにするし、行くって言っても母校で、家からそんな遠くなしさ。あ、なんならこっそり見に来るって言うのはどう? 昔みたいにさ、フェンス越しの彼氏ってことで」
「ばかっ」
あずさに鼻をつままれ、明日歩はゲラゲラと笑い出す。
起き上った明日歩が、大きく伸びをして立ち上がりあずさの手を引っ張り立たせる。
明日歩には、あずさに見せていない未来計画があった。
それはまだ先の計画で、今言うことではない。
浮かない顔をするあずさの肩を抱き、明日歩は髪へキスをする。
あずさが不安に思っていること、少なからずわかっているつもりの明日歩である。だからこそ、一日も早く、一人前の大人になりたいと願うのだ。それには教職免許の取得と、就職活動が重要視されてくる。
寂しいのは今だけ。
それはあずさも分かってくれているもんだと明日歩は思っていた。
しかし、あずさはそうではなかった。
不安と常に隣り合わせの恋。自然と漏れてしまう溜息。
高校生の時から抱いている悩みだ。明日歩はもてすぎる。本人に自覚症状がない分、なおさらたちが悪い。明日歩は優しい。だけど、明日歩を好きになればなるほどあずさは、自分の醜さに打ちのめされてしまっていた。
誰にでも優しくしないで、などと言えるはずがない。そんな明日歩だから好きになったのも事実なのだから。
ふわっと頭に乗せられた手に、あずさはドキッとなる。
「じゃあオレ、バイトだから行くね」
コクンと頷くあずさに、明日歩は微笑む。
「あずさ、好きだよ」
この一言で、あずさはいつも救われていた。
だけど……。
颯爽と去って行く明日歩の後姿を眺めながら、あずさはフーッと肩で息をする。
最近、なぜかこの不安症候群に取りつかれてしまっている、あずさだった。




