第二章 不滅のヒーロー17
「何が、ヒーローはコスチュームがないとだよ。死ぬ寸前までほざいてんじゃねぇよ。 明日歩は、微かに動いた手を握り返し、期待に満ちた奈緒の目を思い出していた。期待までさせて言うセリフかよ。涙なんか流すくらいなら、死ぬんじゃねーよ」
散々、悪たれをついてから明日歩は、自分の部屋の押し入れを開ける。
――秘密基地。
明日歩が、自分の部屋に存在するもう一つの部屋を教えれられたのは、幼稚園に通いだして間もない頃だった。
なかなか幼稚園になじめず、泣く明日歩に、歩は男同士の約束だと言って、この場所を教えてくれた。
小さな空間を見せられた時、明日歩はワクワクしたのを覚えている。
「ヒーローは凄いぞ。このコスチュームに変身するだけで、どんな敵にも立ち向かって行けるんだ。明日歩の場合はこの制服だな。この制服は、明日歩をきっと強くしてくれるアイテムがいっぱいだぞ」
そう言って、制服に不器用な手つきで武器を装着してくれた。
いびつに縫い付けられたアップリケを何度も握りしめて通った道は、いつも歩の背中があった。
死ぬ前の日も、歩は、明日歩の部屋の押入れに上がり、奈緒には内緒だぞと言って笑っていた。
明日歩は暗がりから箱を引っ張り下ろす。
いつだって父さんはそうさ。
「明日歩、入るぞ」
仕事に出かける前やってきた歩は、どこか落ち着きがなかった。
「合宿って、いつまでだ?」
「明日から三日間だけど……、言わなかったっけ?」
「聞いた」
「じゃあ何で聞くの?」
ベッドの上に置いてあったユニフォームを明日歩に渡しながら、歩は答える。
「大事なことだから、確認だよ確認」
「大袈裟だな。自分の時もあったでしょ?」
「あった。夏休みは、ほぼ合宿状態だった」
ニヤニヤする歩に、内心、面倒臭いなと思いつつも、明日歩は話を合わせる。
「へぇ、そうなんだ」
「えへへへ、そうなんだですよ。明日歩君」
嫌な予感がする。こういうノリの時の歩は、ろくなもんじゃない。
「さっきからなんだよ? 気味が悪いな」
にやにやと始終しまりがない顔で、ベッドに座り、明日歩を眺めている。
「だから何?」
歩はポケットから二枚のチケットを出し、高く掲げて見せた。
「デートよ。デート。何十年ぶりかの」
荷物を詰める手を休めない明日歩に、歩は執拗にデートだぞ。凄いだろ? な、訊いている? と繰り返し訪ねる。
明日歩は仕方なく手を休め、にっこりとしてやる。
「ああ。よかったね」
わざとらしく棒読みでそう言うと、満足そうに歩は頷く。
こういう時の歩は、少年の顔になる。
「で、何が言いたいわけ?」
苦笑して聞く明日歩に、歩は大袈裟過ぎるリアクションをして見せる。
「今まで、誰かさんのおかげで、二人っきりという時間が持てなかったからな」
「それはすいませんでしたね」
「まぁ息子よ。そうかっかしなさんな。君が悪いとは、誰も言っていないぞ。むしろ感謝している。君が公立高校に進学してくれたおかげで、こうして贅沢なデートを敢行できるのだから」
贅沢?
この父親は時々、とんでもないことをやらかしてくれる。芝居がかった口調の歩に、明日歩は恐る恐る訊き返す。
「贅沢って?」
「聞いて驚くなよ。ミュージカルを見て、その後は六本木ヒルズで豪華なディナー。ワインなんか堪能して、夜景が一望できる最上階とはいかなかったが、そこそこいい部屋へチェックインだ。あとのことは聞かないでくれ。これは大人の世界だから。しかも奈緒は知らないサプライズだぞ。すっげーだろ?」
年甲斐もなくはしゃぐ歩に、明日歩は、もはやここまで来ると病気だなと、観念する。 目を輝かせている45歳の父親に向って、この上ない笑顔を作る。
「良かったね。楽しんできてよ」
きっとこの言葉を求めているんだろうと、明日歩は最上級の良い息子を演じてみせる。
「大事な記念日は、このくらい祝わないとな」
「何の?」
二人には山のように記念日がある。明日歩がうんざりした声で訊くと、歩はニヤッとした。
「聞きたいか? でも教えない」
……本当に、この親父は。




