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「ほら、立て。もう動けるだろう」
ベンは結束バンドで後ろ手に縛った霊体を乱暴に引き起こした。
足を引きずりながらも、霊体は大きく肩を揺すり、挑発するように罵声を浴びせる。
最初は激しい広東語で、次に英語へ切り替わった。
『クソ連邦政府が!弁護士を呼べ!俺の弁護士の番号は……』
「連絡しますか?」
メイジーは、霊体に対する『弁護士』の必要性をまだ理解しきれていないような表情で、FBI出身らしい生真面目さを崩さぬままベンに耳打ちする。
だが、ベンは小さく首を振った。
「無意味だ。人権NPO団体も霊的問題には手を出さない。ゴーストの存在を認知したら騒ぐだろうが。まぁ……大使館なら少なくとも丁寧に扱ってもらえるさ」
『大使館だと!? ふざけるな! 俺は合法移民だ! EB-5で高額投資したんだぞ!? 党幹部にも顔が利く! こんな扱い、後悔させてやる!』
「閉喙(黙れ)」
ビーリンが一言だけ吐き捨て、祓符をカードゲームのケースに収める。
その口調は冷静で、どこか淡々としたものだった。
ベンが霊体の肩を半ば抱えるように押して出口へ向かい、その後を追いながら、メイジーが口を開いた。
「さっき、ビーリンが言っていたその……空間異常? はどうします?」
「もし、ここに結界を貼ろうとした術士がこの男に呪殺されていなければ、その者が処理に当たるでしょう。周辺の不良霊を引き寄せるので放置はできませんが……何枚か護符を残します。当面はそれで」
「呪殺……?」
メイジーの声に動揺が混じった。
彼女は戸口で立ち止まり、再び室内を振り返る。張り替えられたばかりの床板と、クロスの色が微妙に違う壁が無言で事件の跡を語っていた。
「この、『事件』はどうなるんですか……? 彼は犯罪被害者で地上げか、それ以上の圧力で追い詰められて、殺されたんですよね?」
ビーリンはその問いにすぐには答えなかった。沈黙の中、彼女の視線はベンへと向けられる。
ベンは男を引きずる手を止めると、肩越しに静かに答えた。
「それはウチの担当じゃない。少なくとも、俺たちにコイツの生前のお友達を裁く権利も捜査権もない」
その声には、自嘲にも似た諦観が滲んでいた。
「それじゃ……」
メイジーが言いかけたとき、ベンが軽く口の端を歪めた。
「まぁ、古巣にタレこみたいならかってにしろ。お友達は多いんだろ?」
それだけ言うと、彼は霊体を伴って再び歩き出した。ビーリンも軽く部屋に一礼し、その後に続く。
しばらくのち、残されたメイジーは決心したように埃っぽい空気の中で深呼吸すると、ベルトに装着されたケースから私物のスマートフォンを取り出したのだった。




