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Enjoy your stay.  作者: ゆう
case.2
15/52

2-9

「ほら、立て。もう動けるだろう」


 ベンは結束バンドで後ろ手に縛った霊体を乱暴に引き起こした。

 足を引きずりながらも、霊体は大きく肩を揺すり、挑発するように罵声を浴びせる。

 最初は激しい広東語で、次に英語へ切り替わった。


『クソ連邦政府が!弁護士を呼べ!俺の弁護士の番号は……』

「連絡しますか?」


 メイジーは、霊体に対する『弁護士』の必要性をまだ理解しきれていないような表情で、FBI出身らしい生真面目さを崩さぬままベンに耳打ちする。

 だが、ベンは小さく首を振った。


「無意味だ。人権NPO団体も霊的問題には手を出さない。ゴーストの存在を認知したら騒ぐだろうが。まぁ……大使館なら少なくとも丁寧に扱ってもらえるさ」

『大使館だと!? ふざけるな! 俺は合法移民だ! EB-5で高額投資したんだぞ!? 党幹部にも顔が利く! こんな扱い、後悔させてやる!』

「閉喙(黙れ)」


 ビーリンが一言だけ吐き捨て、祓符をカードゲームのケースに収める。

 その口調は冷静で、どこか淡々としたものだった。

 ベンが霊体の肩を半ば抱えるように押して出口へ向かい、その後を追いながら、メイジーが口を開いた。


「さっき、ビーリンが言っていたその……空間異常? はどうします?」

「もし、ここに結界を貼ろうとした術士がこの男に呪殺されていなければ、その者が処理に当たるでしょう。周辺の不良霊を引き寄せるので放置はできませんが……何枚か護符を残します。当面はそれで」

「呪殺……?」


 メイジーの声に動揺が混じった。

 彼女は戸口で立ち止まり、再び室内を振り返る。張り替えられたばかりの床板と、クロスの色が微妙に違う壁が無言で事件の跡を語っていた。


「この、『事件』はどうなるんですか……? 彼は犯罪被害者で地上げか、それ以上の圧力で追い詰められて、殺されたんですよね?」


 ビーリンはその問いにすぐには答えなかった。沈黙の中、彼女の視線はベンへと向けられる。

 ベンは男を引きずる手を止めると、肩越しに静かに答えた。

「それはウチの担当じゃない。少なくとも、俺たちにコイツの生前のお友達を裁く権利も捜査権もない」


 その声には、自嘲にも似た諦観が滲んでいた。


「それじゃ……」


 メイジーが言いかけたとき、ベンが軽く口の端を歪めた。


「まぁ、古巣にタレこみたいならかってにしろ。お友達は多いんだろ?」


 それだけ言うと、彼は霊体を伴って再び歩き出した。ビーリンも軽く部屋に一礼し、その後に続く。

 しばらくのち、残されたメイジーは決心したように埃っぽい空気の中で深呼吸すると、ベルトに装着されたケースから私物のスマートフォンを取り出したのだった。


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