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手紙の魔女をスカウトすることにしました

 カフェテリアの喧騒の中、私の耳には色とりどりの「悪意」が届いていた。


「……リネット様の魔女会。あそこに頼めばどんな令嬢でも妖精のように生まれ変われるんですって」

「あら、でも聞いた? 実は裏で学生を薬漬けにしているらしいわよ。依存させて、逆らえないように支配しているなんて……」


 私は優雅に紅茶を啜りながら、その言葉の刃を一つずつ検分する。


(……しかも、厄介なことに完全な嘘は一つも混ざっていませんのね)


 私は手元にある顧客リストの「取消」の二文字を、万年筆の先で静かに叩いた。

 この噂を流した主は、私の手法を熟知している。

 事実にほんの一匙の「悪意ある解釈」を混ぜ、人々の正義感を巧みに煽る。それは、真っ赤な嘘よりも遥かに解毒しにくい、純度の高い猛毒だった。


(……実際、昨日の予約が三件、キャンセルされましたわ。私のブランドを、確実に内側から腐食させていますわね)


 事実という骨組みに、どす黒い感情の肉を盛り付ける。この噂には、明確な「意図」と、逃げ場のない「テーマ」が貫かれていた。

 だが、私の唇は無意識に弧を描いていた。

 これほどまでに「言葉のコスト」を理解し、効率的に私を追い詰めてくる知性。

 その卓越した広報戦略の才を、ただの敵対勢力の道具として腐らせておくのは、あまりにも勿体ないではありませんか。




 普通の噂は、伝言ゲームのように形を変え、矛盾し、やがて霧散するものだ。だが、今この学園を覆っているのは、あまりに一貫性が高すぎる。


(誰かが、明確な意志を持って書いている……。それも、極めて質の高いペン先で)


 私は数日間、学園内の各所で囁かれる言葉を分析した。「薬漬け」という扇情的な単語が、ある場所では「精神的な依存」へ、またある場所では「外部からの支配構造」へと、聞き手の知準に合わせて絶妙に変換されている。


(……なるほど。核となる原文が存在し、それが各層向けにローカライズされている。これは単なる噂話ではなく、高度な情報戦略ですわ)


 出所を追うのは容易かった。生徒会への告発状、掲示板の隅の匿名投稿、そして令嬢たちの間で回される「秘密の手紙」。使われている比喩、語彙の選択、そして独特の句読点の打ち方。


(……同じ、筆跡。この規模で文章を流通させ、認識を操作できる人間は、この学園に一人しかいませんわ。――レクシア・スクリプタ)


 放課後、人跡稀な旧校舎の図書室。

 そこは、カビ臭い紙の匂いと、絶え間なくペンが紙を削る音だけが支配する、情報の墓場だった。


「……入り口でノックもしないなんて、相変わらず不作法な方ね。魔女会の代表様」


 山積みにされた手紙の陰から、眼鏡の奥で冷ややかな瞳を光らせた少女が現れた。


「何か用? 私は忙しいの。……聖女様の素晴らしさを伝える『真実』を、あと百通は書かなきゃいけないんだから」


 レクシアは吐き捨てるように言った。その手元には、聖女への盲目的な崇拝を煽るための偽造手紙が並んでいる。


「……本当のことを書いても、誰も信じない。でも、彼らが信じたがっている物語を『真実』として書けば、みんな喜んで飛びつく。滑稽だと思わない?」


レクシアは自らの指先にこびりついたインクを、まるで消えない呪いでも見るかのような目で見つめた。

 彼女が書いているのは、聖女の奇跡を讃える詩ではない。大衆という名の巨大な怪物が、夜ごと欲しがる「甘い毒」の処方箋だ。


「それは、聖女に頼まれて?」

「……別に、誰かに頼まれたわけじゃない。ただ、あの方の“物語”が一番、大衆の中で広がりやすい形をしていただけよ」


 私は彼女の書き損じを一枚、拾い上げた。

(……この子は嘘を書いているのではない。大衆が心の底で信じたがっている真実を鋭く選び出し、それを最も醜く見える形に整えているのだわ)


 それは救いでも呪いでもない。徹底した人間観察に基づいた、情報の「再構築エディット」という名の職人芸だ。


「……どうせ私のことも、嘘つきだと蔑みに来たんでしょう?」


 レクシアが防衛的な鋭い視線を向ける。


「だったら、あなたも同じよ。魔女会なんて格好いい名前をつけて、客に都合のいい真実だけを売っている。私とあなたのどこが違うっていうの?」


 その言葉は、私の胸をわずかに、けれど確かに刺した。

 だが、私はふっと微笑み、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「いいえ、レクシア様。あなたは嘘つきではありませんわ。……あなたは、この学園で最も効率よく真実を使う人間です」


 私は、彼女が握りしめていた「聖女への賛辞」を、その震える指から優しく抜き取った。

 レクシアが情報の海で孤独に磨き上げてきたのは、人を騙すためのペテンではない。事実をどう配置し、どの角度から光を当てれば、大衆の感情が最も激しく「燃える」かを知り尽くした、残酷なまでの知性だ。


「その筆先、私に預けなさい。私の魔女会の最高広報責任者として、世論という名の盤面をデザインしていただくわ」


 私は彼女の耳元に顔を寄せ、その「情報の魔術師」の野心を揺さぶるように、甘い毒を注ぎ込む。


「聖女様の影で安いプロパガンダを書き散らすのは、もうお終いです。これからは、あなたが物語の主権を握るのですわ。……真実の管理者として、世界を望み通りの色に染め上げてごらんなさいな」


 レクシアのペンが、ぴたりと止まった。

 彼女の瞳に、初めて「クリエイター」としての野心が灯るのを、私は見逃さなかった。

 

(……さて。剥き出しの真実と、私たちがこれから作り上げる物語。最後に勝つのは、果たしてどちらかしらね)


 私は手に持った扇をゆっくりと閉じ、その先端で、まるで世界という盤面の上にある見えない駒を弾くように、空をわずかに突いた。

 視界の端では、レクシアがこれまで一度も見せたことのない、飢えた獣のような眼差しで白紙の原稿を見つめている。

 祈りが生む「奇跡」という名の幻想。対して、私たちが緻密に組み上げる「戦略」という名の虚構。


(……もっとも。どちらが勝つかなんて、最初から決まっていますけれど)


 私の唇に、絶対的な支配者としての、仄暗い歓喜が宿っていた。

 市場を制するのは常に、より「美しく、残酷な納得」を提供した側なのですから。


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