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情報が操作されているようなので対策することにしました

 学園の廊下を歩けば、向こうからやってくる令嬢たちが一斉に道を空け、深々と頭を下げる。

 かつての「腫れ物を見るような視線」は消えた。今の私に向けられるのは、畏怖と、そして何より強烈な「欲望」だ。


「聞いた? リネット様の魔女会。あそこに頼めば、どんなボロボロな状態でも『最高』になれるんですって」

「ええ、マーロウ様の友人の激変ぶりを見たかしら。まるで魂まで磨き上げられたような輝きだったわ……」


 ふふ、いい傾向ですわ。

 私のブランド価値が、学園という市場で「絶対的な指標」になりつつある。

 だが、その熱狂の絶頂で、私は生徒会室へと呼び出されていた。


「リネット・エルバート嬢。最近のあなたの活動について、看過できない報告がいくつか上がっている」


 生徒会長が苦い顔で提示したのは、数枚の告発書類だった。そこに並べられた単語の羅列を、私は事務的な視線で追う。


『精神干渉』『依存誘導』『外部支配構造』


(……あら)


 私は、わずかに目を細めた。

 そこに並んだ言葉の一つ一つが、まるで毒を塗り込んだ細針のように私の急所を的確に突いている。

 そのどれもが、私自身が内心で定義している魔女会の構造と、ほぼ一致している。

 だが、その表現の「出力方向」が致命的に歪んでいた。


(言葉の選び方が、完璧に敵対的ですわね)


 網膜を滑るインクの跡。一見すれば客観的な報告書の体裁を保ちながら、その実、読み手の恐怖心を巧みに煽るような扇動的なレトリック。

 私はゆっくりと、そのうちの一枚を指先でなぞった。


(……しかも厄介なことに、完全な嘘は一つも混ざっていない)


 事実を歪めているわけではない。むしろ逆だ。

 事実を「最も悪く見える形」に、残酷なまでの技術を持って整形しているのだ。

 例えば、私の『徹底したコンディション管理』は『異常な肉体支配』へと書き換えられ、ミレイユの『精神安定アロマ』は『自我の剥奪』として記述されている。

 これを作成した人間は、言葉の持つ「質量」を、そして「毒性」を熟知している。

 これを読んだ人間は、私という人間を「合理的な経営者」ではなく、「底知れない毒婦」として定義し直すだろう。


(……面白い。私のブランドイメージを、外側から腐食させようというわけね)


 生徒会室を後にし、中庭を横切る。

 そこで私は、さらなる「浸食」の現場を目撃した。

 見覚えのある後ろ姿が、木陰で揺れている。

 あれは、ミレイユ様の元婚約者だった令息。かつては彼女の香りに振り回されながらも、必死に対等であろうと足掻いていた、誇り高いはずの男だ。

 だが、今は違う。


「セシル様……こちらのお仕事は、私がすべて引き受けますので。どうか、無理はなさらないでください」


 彼は穏やかに微笑み、少女の手から書類をそっと取り上げた。

 その動きはあまりにも自然で、あまりにも従順で――そして、決定的に「自分で考えていない」。


(……思考が、止まっている)


 そこにあるのは支配ではない。命令も、強制もない。

 ただ、「彼女のために動くことが最善だ」と、本人が信じ切っているだけ。

 迷う必要も、葛藤する必要もない。聖女という唯一の正解に、自らの人生の舵取りを丸投げしているのだ。


(厄介ですわね)


 ミレイユの香りは『意識を鈍らせる』。

 ドルカの料理は『身体を燃やす』。

 けれど、聖女セシルは違う。


(あれは、選択肢そのものを削る)


 向上心を奪い、自立を削ぎ、周囲の人間関係を「救済」という名の甘い泥沼に沈めていく。

 自立を促し、相応の対価を取る私の魔女会とは真逆の、魂の安売り。


(……非効率極まりないわね)


 私は、手に持った扇をパチンと閉じた。

 あの生徒会の書類といい、この不気味な心酔ぶりといい、自然発生したものとは思えない。

 

(情報が、操作されていますわ)


 誰かが意図的に、聖女を「唯一の救い」として持ち上げ、同時に私の魔女会を「魔女の毒」として貶める物語を流布させている。

 

(先に、こちらの盤面を完成させる必要がありますわね。感情で動く大衆を御するには、まず眼と耳、そして声を支配しなければ)


 私は不敵な笑みを浮かべ、脳内の組織図に、新たなターゲットの名前を刻み込むように記した。

 この学園という閉鎖された市場を支配するには、もはや腕の良い「技術者」だけでは足りない。

 必要なのは、人々の認識を塗り替え、欲望をデザインする「演出家」だ。


(次は『情報』を握りますわよ。……『手紙の魔女』。あなたのその淀みない筆先、私の魔女会の広報(PR)&マーケティング担当として、根こそぎ買い取らせていただきますわ)


 視線の先、夕闇に沈み始めた校舎のどこかに、あの鋭い告発状を書いた主が潜んでいる。

 私は手に持った扇をゆっくりと閉じ、その先端で、まるで世界という盤面の上にある見えない駒を弾くように、空をわずかに突いた。


(……さて。真実と物語。どちらが人を動かすのか、証明して差し上げましょう)


 私の唇の端には、深い夜のような、仄暗い歓喜が宿っていた。


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