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魔女たちと契約し、魔女会を発足しました

「本日はお集まりいただき、ありがとうございますわ。……ええ、皆さまお揃いですわね」


 放課後の古い図書準備室。埃っぽい空気の中に、二つの異質な香りがぶつかり合っていた。

 一方は、五感を執拗に愛撫するような甘く危険な花の香り。もう一方は、鼻腔を鋭く突き抜けるような、研ぎ澄まされた薬草の匂い。

 ソファーに深く腰掛け、退屈そうに爪を眺めるミレイユ・ローラン。

 丸椅子に浅く座り、落ち着かない様子でレシピ本を抱え直すドルカ・グラヴィス。

 私は、その二人の正面に、あえて「経営者」としての凛とした姿勢で立った。


「……リネット。呼び出したから来てみたけれど、この子が例の食の魔女? 随分と地味なのね。学食の片隅がお似合いだわ」


 ミレイユが、毒を含んだ笑みをドルカに向ける。対するドルカは、不快そうに鼻を鳴らした。


「……あんたこそ、匂いがきつすぎ。食材の繊細な香りが全部死ぬ。……そんな派手な格好して、何をしに来たの?」

「あら、ごめんなさい。野暮な厨房には、私の芸術は刺激が強すぎたかしら?」


 一瞬で室内の温度が下がる。同格の「個」がぶつかり合う、ヒリついた空気。

 けれど、私はその火花さえも「エネルギー」として計算に入れていた。


「挨拶はそのくらいにしてくださる? ……お二人とも、個別でも十分に優秀ですわ。でも、それではただの『恐ろしい魔女』で終わりです。けれど――」


 私は手元の紙を広げ、二人の前に提示した。そこに描かれているのは、魔法陣ではない。緻密に設計された「組織図オルガノグラム」だ。


「私の下で連携すれば、それは国を獲れるレベルのシステムになりますわ」

「国を獲る……?」


 ミレイユの瞳に、初めて微かな好奇心が宿る。


「ええ。ミレイユ様、あなたの調香術で人々の『心を整え、意図した方向へ誘導する』。ドルカ様、あなたの料理で『肉体を強化し、最高のコンディションを維持する』。そして私が、それらを付加価値を付けて流通させる。……心を整え、身体を整え、価値に変換する。これが、私のギルドの基本構造ですわ」

「ちょっと待って。理屈はわかったけれど、どうやってそれを商品にするつもり? まさか、お弁当と香水のセットを売り歩くわけじゃないでしょう?」


 ミレイユの鋭い指摘に、私は不敵に微笑んで、カバンから一編みの「巾着袋」と「瓶のホルダー」を取り出した。


「私の『刺繍』を、あなたたちの力を閉じ込める『魔法の外部回路ストレージ』にするのですわ」


 二人が覗き込む。そこには、銀糸が複雑な幾何学模様を描く、異様な密度で編まれた布があった。


「ミレイユ様、あなたの香水はすぐに揮発し、魔力が散逸してしまうのが難点です。けれど、私の『吸着ステッチ』を施した布に香水をふきつければ、香りは常に最適な濃度で衣類に定着し、効果を数倍に跳ね上げられる。……これは、身に纏う『精神防壁バリア』ですわ」


 次に、私はドルカの方を向いた。


「ドルカ様、あなたの料理は時間が経てば冷め、魔力が篭った食材は腐敗します。けれど、私の『鮮度固定タイムストップ』の刺繍を施した弁当袋で包めば、調理直後のバフ効果を維持したまま戦場や作業場へ持ち出せる。……これこそが、私のブランドが提供する『究極の携行食』のパッケージングですわ」

「……あたしの料理を、腐らせずに外へ連れ出す……?」


 ドルカが目を見開く。

 そう。個人の技術を「製品」に変えるには、保存と携帯、そして安定した出力が不可欠。 私の刺繍は、彼女たちの劇薬を、誰でも安全に、かつ効果的に使える「商品」へと昇華させるための、最後のピースなのだ。


(……よし、これで製造ラインの確保は完璧ね。でも、これはまだ序の口よ)


 私は内心で、脳内に描いた「完全版・組織図」の空席を眺める。

 この学園には、まだ確保すべき「不良債権(魔女)」たちが眠っている。

 乙女ゲームのシナリオでは、彼女たちはただヒロイン・セシルに蹴散らされるためだけに使い潰された。

 けれど、私の手にかかれば、彼女たちは世界を経済的に支配する「最強の取締役会ボードメンバー」に変わる。


「……リネット、あなた、今すっごく悪い顔をしてるわよ」


 ミレイユの呆れた声に、私は意識を現実に戻した。


「失礼。利益の計算をしていただけですわ」


 私は扇で口元を隠し、淑女らしい――と自分では思う――微笑を浮かべた。

 けれど、脳内の算盤は火が出るほどの速度で弾き続けられている。

 魔女たちの才能は、そのままでは社会を壊す「猛毒」だ。けれど、適切な「容器」と「役職」という名の檻を与えれば、それは金貨を産み続ける「打ち出の小槌」へと変貌する。

 彼女たちの孤独を救う? そんな殊勝な動機ではない。

 私はただ、この世界で最も効率的に、最も強固な「城」を築きたいだけ。そのために、彼女たちの絶望すらも、私は一滴残らずリソースとして計上させてもらう。

 私は手元の紙をトントンと指先で叩き、改めて二人を真っ直ぐに見据えた。


「これより、お二人には我が魔女会の役職に就いていただきます。……ミレイユ様、あなたは『調香・精神管理部門責任者』。ドルカ様、あなたは『栄養・肉体管理部門責任者』ですわ」

「……役職? 契約?」


 ミレイユが不思議そうに首を傾げた。


「……リネット。あなた、私を『支配』しないの? 私の力を手に入れたなら、普通はもっと……こう、隷属させようとするものじゃないかしら」

「しませんわ。非効率ですので」


 私は即答した。


「奴隷は命令を待つだけですが、パートナーは自ら価値を生み出します。私はあなたの才能を管理したいのであって、あなたという人格を縛るコストなんて支払いたくありませんの」

「……あはは! 本当に、あなたという子は……!」


 ミレイユが愉快そうに笑い声を上げる。一方、ドルカは真剣な眼差しで紙を見つめていた。


「……やる。どうせあたしの技術が『意味がある』って言うなら、証明して。……完璧に管理してやるわ、あんたの職人たちの胃袋も、筋肉も」


 二人の瞳に、協力者としての光が宿る。だが、そこでミレイユが、艶然とした笑みを残したまま、細い指先でコツリと机を叩いた。


「……待ちなさい、リネット」

「あら、なんですの?」

「対等なパートナー、なのでしょう? なら当然、こちらにも条件を出す権利があるわよね」


 ミレイユの瞳が、獲物を狙う蛇のように細くなる。その場の空気が、一瞬でひりつくような緊張感に支配された。


「もしあなたの言うシステムが機能しなかった場合――私たちは即時契約解除。加えて、あなたのその刺繍技術、すべていただくわ。……あなたの言う『外部ストレージ』の理論、私の香りと掛け合わせれば、もっと面白い『おもちゃ』が作れそうですもの」

「……あたしも同じ」


 ドルカも、ミレイユの言葉に同調するように顔を上げた。その瞳には、甘えを許さない職人の厳しさが宿っている。


「あんたの理論がただの机上の空論で、あたしの時間を無駄にしたなら……相応の責任、取ってもらうから。あんたの技術、使い潰させてもらうわよ」


 二人の魔女からの、実質的な宣戦布告。

 普通なら震え上がるような脅し文句だけれど、私は一切の間を置かずに、深く、満足げに頷いた。


「結構ですわ。……その代わり――」


 私は、自分たちがサインすべき紙を、指先でゆったりとなぞる。


「もしシステムが成功した場合。あなたたちは、この魔女会の中核として、他の誰にも譲渡されない『終身専属契約』を結んでいただきますわ。……いいですね? あなたたちの才能は、一滴たりとも他所には流させませんことよ」


 私の不敵な宣言に、ミレイユとドルカは顔を見合わせ、やがて揃って不敵な笑みを浮かべた。


「……いいでしょう。面白いわ」

「……乗った。あんたが勝つか、あたしたちが奪うか……勝負ね」

「では――契約成立ですわ」


 私は、鞄から取り出した数枚の白い紙を机の中央に置いた。

 一見すれば、どこにでもある事務用の報告書だ。けれど、その四隅には、紙の繊維と一体化するように極細の銀糸が縫い込まれている。

 その瞬間。

 エッジの紋様が、吸い込んだ月光を吐き出すように淡く光を帯びた。


「……これ、魔術契約? あなた、ただの紙にそんな細工まで……」


 ミレイユが目を細めて覗き込む。私は、扇を閉じてその光を静かに見つめた。


「いいえ、ただの記録ですわ」


 私は、残酷なまでに美しい微笑みを浮かべる。


「ですが、ここに記された役割と責任は、必ず現実になります。紙の上の文字を、現実に変えていく。それが組織ですわ。……その不自由さを、楽しんでいただけますかしら?」


 私はペンを取り、迷いなくその先端を走らせた。

 まず、私が名を記す。

 ――リネット・エルバート。

 続いて、ミレイユが気まぐれに、けれど確かな筆致で優雅な署名を加える。

 ――ミレイユ・ローラン。

 最後に、ドルカが一瞬だけ躊躇い、しかし意を決したように強く筆を走らせた。

 ――ドルカ・グラヴィス。


 三人の名が並んだその瞬間。

 紙のエッジに施された刺繍が、ドクン、と心臓の鼓動のように一度だけ強く脈打った。

 それは魔術的な強制力などではない。ただ、三人の魔力が私の刺繍回路を介して一時的に「接続」された証。

 バラバラだった「個」の毒が、一つの「機能」として噛み合った、不可逆な変化の音だった。


「――これより、『魔女会』を発足しますわ」


 契約の握手を交わそうとした、その時。


「――待て! リネット!」


 扉が勢いよく開き、息を切らしたケイン様が飛び込んできた。

 彼は室内の光景――二人の魔女と、不敵に笑う私――を見て、戦慄したように足を止めた。


「……なんだこの空間は。……ミレイユ嬢にドルカ嬢……? リネット、どうして僕がここに呼び出されたんだ? 危険だから帰れと言いに来たのに、君のメイドに『主人がお待ちです』って引きずられて……」

「アッシュフォード様。ちょうどよかったですわ」


 私は事務的な笑みを浮かべ、二人の魔女に視線を送った。


「テスト用(治験体)ですわ」

「……え?」


 ケイン様の顔が引きつる。同時に、三人の女性の視線が、獲物を見定断するような鋭さで彼に集まった。


「……いい素材ね。私の香りがどこまで深く『同調』するか、試してみたかったの」

「……体格はいいわね。あたしの新作プロテイン粥、三食全量摂取させて肉体の変化を計測しなきゃ」

「期待していますわよ、アッシュフォード様。あなたの頑丈さは、我がギルドの貴重な『商品サンプル』になるんですから」


 完全に詰んだ、という顔でケイン様が後ずさる。


「……あの、リネット。僕、今すぐ帰っていいかな?」

「ダメですわ。……さあ、契約後の初仕事を始めましょうか」


 夕闇の準備室に、私の高笑いと、一人の侯爵令息の絶望的な悲鳴が響き渡った。

 私の「魔女会」への道は、今、最強の布陣と共に幕を開けたのだ。

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