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食の魔女の運用方法が確定したので採用しました

「――意味? ありますわよ。むしろ、ありすぎて困るくらいに」

「……え?」


 慰めを期待していたのか、あるいはさらなる拒絶を待っていたのか。拍子抜けしたように目を見開く彼女に対し、私は一歩踏み込み、その華奢な肩を真っ向から見据えた。


「ドルカ様。あなた、前提が根本から間違っていますわ。……『壊れたものを治す』ことをゴールに設定している時点で、経営者……いえ、技術者として三流です」

「……っ、何を……!」


 ドルカが息を呑み、反論しようと口を開く。けれど、私の言葉の方が早かった。


「いいですか、よくお聞きなさい。プロの現場において、最高のパフォーマンスとは『壊れた後に修復すること』ではありません。『最初から壊さないように管理し続けること』を指すのですわ」


 呆然と立ち尽くす彼女を置き去りに、私は冷徹なまでに合理的な持論を畳みかける。


「聖女の奇跡? 修理技術としては最高峰でしょう。でも、あんな供給が不安定で希少な、コストのかかる工程を、私は自分の業務フローには組み込みません。現場の人間が倒れてから聖女を呼ぶなんて、タイムロスも甚だしい。リスク管理ができていない証拠ですわ」

「……リスク、管理……?」

「私が欲しいのは、故障しない現場です。一度壊れた人材は、どれだけ完璧に修復しても、少なからず『欠損』の記憶が残る。……だから、壊さない。摩耗させない。維持こそが、最も美しく、最も利益を生む最適解なのよ」


 不味い絶望なんてくそくらえだ。私は、彼女が抱え続けてきた絶望そのものを、非効率なものとして切り捨ててみせる。


「……壊さない……? そんなこと、食事でできるわけ――」

「できますわ。あなたのその、凄まじいまでの魔力同調技術があれば」


 私は、先ほど飲み干したカップの底を見つめた。

 このスープが、疲弊しきった人間が一口で飲める「ぬるさ」に調整されていたことを、私は見逃さない。

 それは彼女が弟の最期に、何度も何度も、熱くないか、飲み込めるかと確認し続けた指先の名残だ。


「あなたの料理は、死にゆく者の火種を無理やり煽り立てるために磨き上げられた。……でも、その過剰なまでの熱量を、健康な人間の『日々のメンテナンス』に転用したらどうなるかしら? 疲労が溜まる前に散らし、魔力の循環を常に最良の状態に保つ。……それこそが、私の求める究極の福利厚生バフです」


 私は、彼女が目を逸らさないよう、その瞳を強く射抜いた。


「ドルカ様。あなたの技術は、治せないんじゃない。……『治す必要がない状態を、永続的に維持できる』、唯一無二の予防技術なんです」

「……ッ」


 ドルカは言葉を失い、ただ唇を震わせていた。

 積み上げた研鑽が、「敗北の証」から、聖女すら凌駕する「最適解」へと変質していく 

 ――その瞬間。

 彼女の膝が、崩れ落ちるように床に突いた。

 石造りの床に硬い音が響く。彼女は両手で顔を覆い、そのまま子供のように声を上げて泣き崩れた。

 それは、弟を救えなかったあの日から、彼女が自分自身に課してきた「呪い」が解けた音だったのかもしれない。

 「治せなければ意味がない」と、自分を責め続け、誰にも理解されないまま孤独に磨き上げ続けてきた技術。その全てを、目の前の女は「敗北」どころか、未来を「壊さない」ための尊いデータとして全肯定したのだ。


「……うう、あ、あああ……っ!」


 嗚咽と共に、彼女の心の中に澱のように溜まっていた絶望が、涙となって溢れ出す。

 彼女の中で、弟の死が、無意味な悲劇から、未来の誰かを「守る」ための礎へと、静かに書き換えられていくのが、肌で感じられた。


「……そんな……考え方、したことなかった……。治せなきゃ、意味がないって、ずっと思ってたから……」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、彼女は絞り出すように呟いた。

 私は、その震える肩を黙って見つめ、彼女が自分自身の価値を受け入れるのを待った。


「視点が狭すぎますわ。これからは私の横で、もっと広い世界をご覧なさい」


 ドルカは、ゆっくりと、震える手で自らのレシピ本を抱きしめた。まだ完全には信じ切れていないようだけれど、その瞳には技術者としての意地が灯り始めている。


「……証明して。あなたの言う『壊さない』ってやつが、あたしのこの料理で、本当に実現できるのかどうか」

「ええ、もちろんですわ。そのために、まずはあなたのレシピ、全部私に見せてくださいな。……あ、ここ。この魔力の出力設定を調整すれば、肩こりに特化した『集中持続スープ』として商品化できますわね」

「……商売の話、早すぎない?」


 その時。キッチンの扉が勢いよく開き、場違いなほど華やかな声が響いた。


「リネット! また危険なことを……って、ドルカ嬢まで!? 君たち、何をして――」


 乱入してきたケイン様。彼は、私とドルカの間に漂う異様な「合意」の空気に気圧されたように立ち止まった。そして、私の胸元にあるブローチを二度見した。


「……リネット、そのブローチ。昨日までのものと少し刺繍のパターンが違うね? なんだか……見てるだけで、君の言葉がすんなり胸に落ちてくるような、不思議な感覚がする」


(……あら、お目が高い。さすが攻略対象)


 私は内心でほくそ笑んだ。これはミレイユから提供された、人の深層心理に働きかける「説得エンチャント」の香料を練り込んだ銀糸で編み上げた新作だ。


(ミレイユの香りで心のガードを下げ、私のロジックで脳を殴り、ドルカの食事で肉体を固める。……完璧な連携だわ)


「アッシュフォード様。ちょうどいいところに。……あなたのその頑丈すぎる肉体、ドルカ様の新作料理、『疲労ゼロ・プロテイン粥』の治験台に志願しませんこと?」

「……僕、今すごく嫌な予感がしてるんだけど」


 新しい「戦力」と、使い勝手のいい「実験体」。

 私の魔女会への道は、着実に、そして極めて合理的に舗装されていくのだった。

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