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供給が追いつかないので仕組み化することにしました

 学園の廊下を歩けば、刺さるような視線の質が変わったことに気づく。

 以前のような蔑みや恐怖ではない。それは、喉から手が出るほど「予約」を欲する者たちの、切実な羨望だ。


「リネット様、例の『集中力持続の香り刺繍』、半年先まで予約が埋まっているって本当ですの?」

「夜会用の『美肌スープ』の整理券、裏取引で金貨が舞っているらしいわよ……」


(……レクシア様の仕事が、想定以上に機能していますわね)


 ふと掲示板に目をやれば、彼女が仕掛けた「会員限定・特別招待制の御案内」という、気高くも射幸心を煽る一枚の告知が、生徒たちの視線を釘付けにしていた。

 情報の出し方一つで、私たちの活動は「怪しい魔女の集まり」から「選ばれた者のみが許される最高級の自己研鑽」へとブランドイメージが書き換えられたのだ。


「本日の案件は三件。優先順位は――」


 私のサロンは、いまや完全に魔女会の「戦略室」と化していた。

 デスクに広げられた予定表を指し示し、私は迷いなく指示を飛ばす。


「ミレイユ様、午前中にゴーシェ伯爵令嬢の『メンタルケア』を。午後は新作の香料試験をお願いします。ドルカ様、騎士団から依頼のあった『フィジカルビルド』用のメニュー開発を。レクシア様、社交界で流れている『魔女会の独占欲』に関する懸念を、ポジティブな『希少価値』へ変換する記事の執筆を」

「……リネット、指示が細かいわよ。私、一応は自由を愛する魔女なんだけど」

「……お腹空いた。でもやるわ。報酬の金貨で、最高級の肉を買うって決めたから」


 文句を言いながらも、二人の魔女は確実に仕事をこなしていく。もはやこれは「仲良しグループ」ではない。明確な利益と役割で結ばれた「企業カンパニー」だ。


「……リネット様、問題が発生しました。……いえ、これは事故に近いわ」


 夕刻、レクシアが指先にインクの染みを幾つも作り、顔面を蒼白にして報告に現れた。その手には、収まりきらないほどの予約希望書が握られている。


「予約の申し込みが、私たちの処理能力を完全に超えています。ミレイユ様もドルカ様も、これ以上の実務は供給不可能。……このままだと、待ちきれない顧客から不満が噴出しますわ。ブランド価値が、自分たちの人気で自壊しかねない」


 レクシアの報告を聞きながら、私は思わず唇を噛み……そして、抑えきれない高揚感に口角を上げた。


(……需要が、制御不能ですわね。素晴らしいわ。……これこそ、私が待ち望んでいた『壁』よ!)


 魔女たちの才能は唯一無二。だが、それは同時に「彼女たちが動かなければ利益が出ない」という、ビジネスモデルとしての致命的な弱点でもあった。

 その頃、学園の正門付近では、別の光景が広がっていた。


「さあ、痛いところはありませんか? ――神の慈悲を」


 聖女セシルが、集まった生徒たちに無償で癒やしを施している。


「セシル様はあんなに慈悲深く、無料で治してくださるのに……」

「リネット様の魔女会は、金貨を積まないと見向きもしないなんて。……冷酷だわ」


 善意による「無料」の拡散。それは、リネットが築こうとしている「対価による救済」という市場を、根本から腐らせる劇薬。だが、それ以上に……。


(……あの方は、たった一人で世界を救おうとしている。……なんと非効率な)


 一人の人間が、その身を削って施す救済など、どれほどの規模があったとしても、世界という巨大な渇きを癒やすにはあまりにも微細な一滴に過ぎない。

 私はその光景に感動を覚える代わりに、経営者として、解決不可能な「供給不足」に対する苛立ちを覚えた。


「……量産(プロダクト化)が必要ですわね」


 サロンに戻り、私は一人、暗い部屋で図面を広げた。

 聖女の善意は、彼女一人のキャパシティに依存している。ならば私は、彼女が絶対に辿り着けない領域――「物量」で世界を塗り替える。


(ミレイユ様の香りをレシピ化し、魔力を封じた刺繍に込めれば、彼女がいなくても効果を再現できる。ドルカ様のスープを乾燥させて保存食にすれば、誰でもお湯を注ぐだけでバフを得られる。レクシア様の文章をフォーマット化すれば、誰でも『正解』の噂を流布できる)


「魔女である必要はありませんわ。……魔女の力を、誰もが使える形にしたものを流通させればいいのです」


 ただの集まりから、世界を覆い尽くす「ブランド」へ。

 個人の奇跡を、規格化された商品へと叩き落とす。これこそが、聖女の祈りを無価値にする唯一の回答。


「……ですが、そのためには。次に必要なのは『製造』ではありませんわ」


 私は、まだ真っ白な組織図の「戦略部門」に指を置いた。

 在庫を抱えず、最も効率的に、最も流行るタイミングで商品を世に放つ。

 そのためには、誰よりも早く「風向き」を知らねばならない。


「需要を、そして未来の流行を先読みできる人材。……不確実な未来を、経営計画ロードマップへと変換できる力が不可欠です」


 私は、水晶玉を抱えて隅で震えている、根暗な少女の情報を引き出した。


「――出て来なさい、占いの魔女。……あなたのその『予言』、私の経営戦略として、根こそぎ買い取らせていただきますわ」


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