60 : Day -30 : Tatsumi
辰巳第一PAは週末よく閉鎖されているが、本日もその気配だ。
インビテーションカードをもつ、クラシックカーを除いては。
ケートとヒナノのクルマが近づくと、閉鎖が解かれ、誘導を受けた。
2台がゲートを通過すると、すぐに閉じられる。
そのむこう側は、すでになかば境界化していた。
もどれば現世、進めば境界の首都高バトルが楽しめる、という体裁だ。
「いやな予感しかしないね」
「想定の範囲内だ」
フィアット500とミニ・クーパーが駐車場に並ぶ。
ドアが開き、降り立つ4人の高校生。
見まわせば──クラシックカーのサロン。
50年以前に製造された、古き佳きクルマたち。
ただし製造当時を生きていた人間は、チューヤたちのなかにはいない。
そうそうたる往年の名車が並ぶ。
この威容をみるだけでも、辰巳パーキングを訪れる価値がある。
外車ばかりではない。駐車場の端には、2000GTやハコスカGT-R、コスモスポーツなども並んでいた。
どれも日本が誇る名車だが、60年代後半から70年代前半にかけてのやや「新しい」旧車でもあり、40年代、50年代が幅を利かせるこの場所では、まだまだ新参者だった。
そんなクラシックカーには、しかしあまり興味も示さず、ケートは湾岸から東京を見上げた。
辰巳にきたら、高級車を品評するのもいいが、まずは美しい景色を堪能したい。
「ここがいちばん東京を感じるな」
湾岸線から見る、東雲から有明に広がるタワーマンション群、その彼方にそびえる都心の奥行ある光の列は、まさに「絶景」である。
なかば定番スポットと化しているおかげで、人大杉を理由に、週末などはしばしば閉鎖される。
高級車の品評会であったり、ルーレット族という変な走り屋が出没していた時期もあったが、最近はあまり見かけない。
地方からクルマでやってきた観光客が、一度は堪能したい夜景だ。
「──天使のルーレット・ゲームは、ここでもくりかえされているらしいですね」
ヒナノは慣れない駐車場の雰囲気に戸惑いながら、つぶやくように言った。
彼女のようなハイソサエティには、走り屋の巷など縁遠いものと思われるかもしれないが、高級車の品評会という文脈でいえば、ありえない配剤でもない。
「みんな古そうなクルマばっかりだねえ。貧乏なのかな?」
つづいてやってきたサアヤが首をかしげて、おかしなことを言った。
なかば口を開け、彼女をふりかえるチューヤたち。
サアヤは、ケートの乗っているチンクエッティを見つめ、お金に困ったら相談してね、バイト代が出たらだけど、と言った。
「サアヤさんは、なにを言ってるのかな……」
「だってさ、いっても古い車じゃん。安いよね。5万円くらい?」
「……はあ?」
「どんな新車も10年たったら資産価値なくなるって、お父さん言ってたよ。そんなむかしの車なら価値はゼロだろうし、でも手つづきとか登録とか手数料にお金かかるから、5万円くらいかなーって」
顔を見合わせるチューヤとケート。
日ごろから常識のない女だとは思っていたが、ここまでとは。
「クラシックカーは逆だ、ばかたれ。年月が経てば経つほど高くなる」
「とくにこのチンクェチェントは、人気あるみたいだな。古美術品みたいなもんだ」
「へー。クルマごときが、美術なんだー」
弟を殺したクルマに対しては、サアヤも辛辣だった。
殺したのはクルマではない、運転していた人間だ、というエクスキューズはつねにある。
が、武器自身に罪はないなどという武器商人の妄想が通用するとしたら、それこそが欺瞞だ。
クルマは不完全な道具であって、ひとを轢くし大気も汚す。
これだけの大気汚染を引き起こしていれば、当然、プロ市民のいい標的になりそうなものだが、そうはならない。
なぜか。
役に立っているからだ。
同じひとを殺すにしても、タバコとクルマが大きく異なる点が、ここにある。
同じ大気を汚すにしても、タバコは自分以外の役に立たないが、クルマは役に立つ範囲が広い。タバコがないと困る場所は、販売者とタバコ農家など一部にかぎられるが、移動車両や介護車両がないと困る人々は、非常に多い。
そうして「文化」となったクルマ。
クラシックカーは、海外ドラマの主人公もよく乗っている。
ドラマなどでは、現行型はスポンサーの関係で使いづらい、という事情もある。
放送当時はよくても、現行型やそれに近い車種の場合、再放送のスポンサーに競合他社のメーカーがつきづらくなるからだ。
だが、むかしの車ならその心配がない。
最新の車種が、ダッジ・チャージャー、シトロエンDS、ポンティアックなどといった旧車と、マーケットで競合することはないのだ。
「天使が多いですね」
ヒナノはゆっくりと駐車場を見まわしながら、率直な感想を述べた。
含蓄のある言葉である。彼女がここにいる理由にもつながってくる。
もちろんサアヤとの友情を第一に考えているはずだと一同信じているが、そればかりが目的ではないのが、ヒナノのヒナノたるゆえんといってもいい。
天使は湾岸を支配し、都心に向けて矢をつがえている。
チューヤの脳裏には、湾岸の駅に配置された天使たちの名が、ずらりと表示されていた。
「辰巳駅を支配するのは、ドミニオンだね。この湾岸には、けっこう神学機構系が集まってるから、お嬢が参加するのもわかるよ」
ドミニオン・カーズ、という走り屋らしいステッカーを貼っている車両が、すくなくない割合で見受けられた。
クラシックカーの走り屋というのも妙な話だが、骨董品であると同時に移動用の道具である。むしろ走れないクルマに価値はない、という考え方もあるのだ。
「……参加する気はありませんわ。予備的な調査にきてみただけです」
巻き込まれる前提で、という言いまわしは省略した。
集合している人々の属性と、その勢力比など、ヒナノの視点は他の面々とは異なった種類の情報を、この特異なサロンから収集していた。
「またぞろ悪だくみか」
眉根を寄せてつぶやくケート。
汚らわしそうに見下ろすヒナノ。
「神学機構を敵視するのも、たいがいにしたらどうですか?」
「ボクが敵視するのは、蛇とお嬢だけだよ」
言い換えれば、チューヤたちニュートラルや、リョージのカオスには一定の同意を与えている。
カオスとコスモスは、どちらが優位かを決めるだけでよく、相手を消し去る意図はない。
一方、他者を圧する一党支配、あるいは絶滅を企図するライトやダークは、ケートにとっては不愉快きわまりない存在なのである。
「……闇と同列なのですね」
「いや、蛇はわかりやすくぶっ殺せばいいだけだが、キミたちはそうはいかないという意味で、もっとやっかいだ」
「そうですか。まあ多神教の面々で、せいぜい仲良しクラブでもなさっていればよろしい」
ぷいとそっぽを向いて、ヒナノはゲートのほうに視線を転じた。
また新たに、古いクルマが境界の辰巳にやってきた。
神学機構の面々がここに集まっているのは、東京を攻略する拠点という意味もあるが、首都高を転がして暗躍する背教者たち、最強たる一神教に付随する負の側面、絶対的な暗黒の気配が拭えないからだ。
ここには、「神の敵」がいる。
だから、彼が現れても当然なのだ。
「おやおや。これはこれは、皆さんおそろいで」
かなり古いボルボから降りてきたのは、国連職員にして神学機構筆頭、ミカエル。
スウェーデン系イギリス人として、母国スウェーデンの誇る旧車を愛してやまない──のかもしれない。
一般に長寿国に典型的な傾向として、過去に対する強力なオマージュが、ひとつのムーブメントにいたることがある。
スウェーデンでも、50年代に対するノスタルジーが、多くのイベント開催をうながしている。
スウェーデンといえば北欧の小国であり、ノーベル賞などでも知られるが、それ以外にもいくつかの産業で世界的にその名を馳せている。
男女問わず、クルマ好きが多いスウェーデン。
日本だからこそ乗れるクラシックカーをたしなんでいるらしいミカエルに、ヒナノが問いかける。
「きょうは、あの変なスポーツカーではないのですか?」
「ケーニグセグですか? ははは、伝統あるクラシックサロンに変なクルマで乗りつけたら、失笑を買いますからね」
スーパーカーとして知られるケーニグセグだが、創業は1994年。新しすぎて、そもそも入場資格がない。
一方、ボルボは1926年創業の老舗だ。
「PV444か、渋いな」
ケートも地味に感心している。
ボルボPV444は、4人乗り、4気筒、40馬力の49年製クラシックカーだ。
その助手席から、ひとりの妙齢の美女が降りてくる。
ミカエル氏も適齢の男なんだ、と一同認識を新たにした。
もちろん彼が女性とお付き合いすることに、文句をつける余地は微塵もない。
母国語らしいスウェーデン語で短いやり取り。それからヒナノとケートを含めて、英語でしばし歓談。
そうなると、ぽつねんと取り残される日本の一般人、ふたり。
クラシックカーにもハイソサエティにもワールドワイドにも無縁の、障子の部屋で納豆とみそ汁から一日がはじまる男女には、この雰囲気こそまさに異世界線そのものだ。
「……ヨーロッパ勢のサロンと化しているわけか」
「どこかで見たことのある顔が多いことは確かですね。……ごきげんよう」
ケート、ヒナノ、ともにそれぞれの動作で、周囲の人々と歓談している。
通り過ぎる英国紳士ふうのヒゲ男たちに、優雅に腰を傾けるヒナノ。
チューヤとサアヤは、すこし離れたところで、お互いしか話し相手がいない、という状況を活用する。
「けどさ、こんな場所があるなら、バイトなんて面倒なことしなくても、最初からここで待ち受けてたらよかったんじゃないか?」
「バカチュー。最初から正解が与えられる前提で生きられたら、人生苦労しないんだよ! それに、バイトはしてよかったと思ってるよ。この問題が解決しても、できればつづけたいくらい」
「そうか、おまえはリンゴの木を植えるんだもんな。まあ、がんばれ」
そこへ、外人との歓談から逃れて合流するヒナノ。
サアヤがバイトをしている状況というのは、彼女にとっては深刻な機会損失にみえる。
「そんな悠長なことをしていられる状況とは、思えませんがね」
「だいじょぶだよ、ヒナノン。必要なときはバイト休んでも駆けつけるから。どう考えてもバイトより友だちが大事だからね。仕事と私とどっちを取るの、って訊かれて仕事をとるバカ男の気が知れないよ!」
つづいて合流したケートは、流れ弾に当たったような顔で言う。
「それは問題のすり替えというんじゃないか? 矮小化というか、陳腐化というか」
「だよね! 女ってそういうとこあるよね、気をつけて!」
きらん、と光るサアヤの目。
その高度な女子力は、男子の傍若無人をけっして許しはしない。
ちょっと男子! と、地面を指さして言う。
「そこへ座りなさい」
「は、はい……」
「もう座ってます……」
サアヤたちの小芝居にやれやれと肩をすくめ、しばし離れて逍遥するヒナノ。
この行動が、ひとつの契機となる。




