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58 : Day -30 : Ōmorikaigan


 室井が消えてから1分ほど、物思いにふけっていたチューヤは、こんなことをしている場合ではないと気づいて飛び上がった。

 時刻は午前4時。まだ始発は走っていない。


 ……いや、電車がきた。

 おかしな電車が。


 見つめると、自然に理解がやってきた。

 死人だ。これは死人を運ぶ、幽霊列車だ。

 どやどやと人が降りてくる。ここはそういう場所。くらやみの坂を登り、光の当たるつぎの世界へとわたる場所。

 チューヤはもどる。幽霊たちの流れに逆らって。


 その電車は、まっすぐ南へと向かっていった。

 おそらくこのホームで待っていれば、北へ向かう幽霊電車がやってくるにちがいない。

 そう信じて待つほどのこともなく、たしかに電車はやってきた。

 ケータイが鳴ったので出ると、サアヤが、早く帰ってこいと叫んでいる。

 手短に事情を説明するチューヤ。

 サアヤは、いまいち要領を得ないように、


「……ふうん、そうなんだ。霊体と実体の重ね合わせ? なんだかむずかしい状態になってるんだね。その状態だと飛べないの?」


「ああ、どうもそうらしい。方法はあるみたいだが、わからん。あとでケートにはくわしく話すけど、将来役に立つらしいぞ」


「そっか。ともかく気をつけて帰ってきてね。身体に帰るまでが幽体離脱だよ!」


「遠足かよ。……お、AT車だ!」


 ゆっくりとホームにすべりこんでくる幽霊電車を見て、楽しそうに声を張る鉄ヲタ。

 電話の向こうで、サアヤがややげんなりして問い返す。


「電車にオートマとかマニュアルとかあるの?」


 ひとまず電車の話をしてやることが、この鉄ヲタを元気づけることになるだろう、という彼女の思惑はたしかに正しい。


「そもそもマスコンの話してないし! AT車ったら秋田車両センター所属車に決まってるでしょ! しかし、なんでこんなところに……」


 嬉々として黄色い線の内側に陣取り、すべりこんでくる列車を注視する。

 鉄ヲタは、ふだん走らない場所にいる電車に、激しく興奮するのだ。

 たとえば一般人が「なんだよこの電車、渋谷まで行かないのかよ」と思っているとき、テツは「溜池山王止まりかレアだな!」と行先表示をみて喜んでいる。


「電車なんだから、そりゃ東京でも秋田でも走るでしょ」


「このバカチン! 秋田は交流区間で、東京は直流でしょ! TXがなんで交直両用車を使ってるかわかってんの!?」


「知るかバカチン」


 地上設備が高額になる直流は、そのぶん車両が安上がりになるため、大都市圏で利用される。一方、車両は高額になるが地上設備のコストを抑えたほうが経済的である地方では、交流が採用される。

 両方の区間を走るためには、交直両用という、さらに高い車両を採用する必要がある。

 TXの場合、その目的は経済性というより、柿岡にある地磁気観測所への影響から設けられた交流区間に対応するためであるが。


「701系5000番台か、よく乗ったなあ」


 東北のド田舎しか走らないのに、オールロングシートというめずらしい車両。

 同じJR東で、かつて大量生産された(「重量半分・価格半分・寿命半分」で有名な)通勤電車209系の交流版であるため、関東を走っていてもそれほど違和感はないのだが、チューヤほどの目利きにとってはおどろくべき事態だ。

 もちろん交流電車が直流区間にいる可能性はゼロではない。その場合はパンタを下げて他の動力車に牽引してもらう必要があるが……。

 と、そこまで考えて、ぞわり、と背中がふるえた。


 視線が上へ、それから下へ。

 おかしい。ありえない。この電車が走る()()()()()。0番台なら、まだわかる。だが……あれは()()()()()()だ。


 ぴたり、と静止する電車。チューヤは、恐る恐る線路を見る。

 ……線路に、車輪が、乗っていない。

 当然、()()()()()()()

 5000番台は秋田新幹線の区間に対応するため、軌間を標準軌に改造されている。日本で多くの鉄道が採用する狭軌の区間とは、そもそも車輪の()()()()()()のだ。


 ぷしゅー。

 開くドア。

 どやどやと降りてくる死人たち。


「おかしいだろ! せめて軌間くらい合わせろよ!」


「チューヤ、バカなこと言ってないで、乗り遅れるまえにちゃんと乗んなよ。つぎの幽霊電車、いつくるかわからないよ」


 ふわり、と鬼火のような前照灯が揺れる。

 こっちへこい、と死んだおじいちゃんが手を振っていた。




 じっさい幽霊電車は、おそろしいほど頻繁に、東京をめぐっていた。

 それはそうだろう。人口が多い土地では、それだけ多くの人間が自然に死んでいる。

 ましてや最近は不自然な死も多い。幽霊電車の乗客も、うなぎのぼりであることだろう。

 それにしても、いままでこの列車の存在に気づかなかった自分がおそろしい、とチューヤは思った。


 運転時間はどうやら終電から始発までのあいだにかぎられているようだが、死者のレベルに合わせて行き先(星天使ないし神将の支配駅)が決まっていて、魂たちは本能的に自分が目指す駅への電車に乗るようだ。

 そうして着いた駅で、くらやみ坂を下から上へ登りながら、自分の逝く先をキリスト教か仏教に決めてもらう、という流れが昨今の東京を取り巻く魂のトレンドらしい。

 もちろんそれ以外の流れもあるのだろうが、東京のシステムは星天使と神将たちがかなり強力に握っている。チューヤの知らないところで、世界のシステムは確実に悪魔たちとコミットしているのだ。


 チューヤが六本木一丁目駅で降りたときには、時刻は午前5時をまわっていた。

 入れ替わるように始発の電車がすべりこんできて、思わず轢かれそうになった。

 幽霊電車はかき消え、代わりに生者の時間がやってくる。


「もしもしチューヤ? まだなの?」


「ちょうど最寄り駅に着いた。ダッシュでもどるよ」


 夜明けまでの約束だ。

 秋も深まり、東京の日の出は6時過ぎ。まだ1時間以上ある。

 どうやら約束は守れるだろう。


 霊体なので人々の身体をすり抜けて走れるが、なるべく触れないよう進む。

 他人の肉体と重ね合わさることは、とりもなおさずそのひとの霊体と重なることでもある。それは互いの魂にとって負担になることを知った。


「俺、チューヤさん。いま、ゴミ捨て場にいるの……」


「…………」


 あきれているのか恐れているのか、サアヤからの応答はない。


「俺、チューヤさん。いま、あなたのマンションのまえにいるの」


「メリーさんの電話やめい」


 しかたなく突っ込んでやる、やさしいサアヤ。

 有名な都市伝説で、捨てたはずの人形がもどってくる物語だ。


「俺、チューヤさん。いま、あなたの部屋のまえにいるの」


 がちゃり、と開くドア。

 みんなから歓迎を受けるだろうと、喜び勇んでここまでもどった。

 さあ、歓呼の声とともに英雄を迎えるがいい!

 と、両手を広げるチューヤのまえに現れたのは、サアヤ。以上。


「解凍と蘇生は済んでるから、あと魂がもどるだけ。さっさと生き返って帰るよ」


 淡々としたサアヤの声にうながされ、ひっそりと玄関をくぐるチューヤ。

 部屋の中央には、自分の身体が横たわっている。

 みんなはどこに隠れているのだろう? サプライズパーティなんて、欧米か!

 ともかく身体にもどることにした。

 すでに温かく、蘇生措置を施されているだけあって、すんなりともどることができた。


「おお、わが肉体、すばらしきかな、人生」


 肉体の感覚をたしかめるように、手をグーパーしてみる。

 ほとんど違和感はない。完璧な蘇生措置だ。


「おばさんたち疲れて寝てるから、起こさないようにね。さ、行こう」


 もしかしたらと思っていたが、どうもそうらしい。

 だがチューヤとしては、断固、そんなにあっさりと認めるわけにはいかない。


「……待て待て待て! 英雄のご帰還に対して、なんだその静かなる対応は? みんなどうしたの、恥ずかしがってないで出ておいでよ!」


「帰ったに決まってんでしょボケナス。チューヤとちがって、みんなは人間の体力しかないんだからね。私だってもう眠くて死にそうだよ。さっさと連れて帰れ」


 さきに帰るとは何事か!?

 憤激に駆られてその場で足を踏み鳴らすチューヤ。

 それからすぐに、ナミさんたち起こしちゃったかなわるかったな、と気づいてこそこそと部屋を出た。

 みずからの「分際」を思い出すのに、かかった時間は20秒ほど。

 そうだ、チューヤのくせに、俺はなにを期待していたのだろう……。


 自己評価の低い人間にありがちな諦念。

 仲間たちはけっして彼を評価していないわけではないのだが、最近いろいろありすぎる。

 ともかく生と死の境界を分ける戦いは、こうして静かに幕を下ろしたのだった。



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