27 : Day -33 : Gotanda
鍋は煮えている。
下水くせえんだよ蛇。
あ? じゃあ嗅げよもっと。
もう、フユっち、いいからお風呂いってきて!
着替え貸してあげようか?
そんな小学生の服が着られるか!
丸編集長、貸してあげて。
はーい。
──そんな、騒がしい鍋の日。
10人鍋は、近所迷惑なほどの盛り上がりを見せた。
「かんぱーい」
「おう、わるいな。ぷはー、風呂あがりはビールにかぎる」
「おい、高校生だろ!」
「校長公認だし、いいだろもう」
「公認はしてないと思うが……」
「ボクはこれから行くところがたくさんあるから飲まないぞ」
「てか、行くとこなくても飲んじゃだめだよ! もうー」
と、おおむね自制的な高校生たちに対して、いちばん弾けているのがイスハークだった。
言うまでもないが、イスラームにとって酒や特定の肉は禁忌である。
ところが彼は、みずから率先してそれらを飲み食いしていた。
「いいんだよ、わたしはユリーデ学派だからね。ウラマーとして、この自由な空気をたいせつに生きていきたいんだ!」
「たいせつに生きてと彼女は泣~いた~♪」
「ユリーデ学派! じつにすばらしい……」
「来月の『ヌー』で特集したいんだけど、いいですかね?」
「うーん、どうだろう……あんまりいろんなひとの耳にはいると、わたし、殺される可能性もあるからなあ」
さすがに苦笑して、首をひねるイスハーク。
彼の懸念には事実、かなりのリアリティがある。現状でさえ、イスハークの信仰はあらゆる人々から危険視されているのだ。
イスラーム(スンナ派)で現存するのは4学派のみだが、イスハークはその一派から新たにユリーデ学派を立ち上げた。
ゆるさでいえば、いちばんゆるいハナフィー(トルコ、中央アジアなど)、すこしゆるいシャーフィ(東南アジアやエジプトなど)、厳しめのマーリク(アフリカの多く)、かなり厳しいハンバル(サウジアラビア)の順となる。
イスラム全体の1割強を占めるシーア派では、12イマーム派(イラン、イラクなど)が主流だが、ムハンマドとの血縁関係を重視することもあり、いくつかの「王家」が築かれ、さまざまな新興宗教の温床ともなっている。
「トルコか。基本的にイスラームの国旗はきらいだが、トルコだけは美しいな」
「おお、少年。わかってくれるかね!」
グータッチで互いを理解する、イスハークとケート。
これはトルコ自体の「ゆるさ」と無関係ではない。
オスマン・トルコの伝統に加え、建国の父ムスタファ・ケマルの西欧化政策によって、トルコという国は基本的にゆるい。
象徴的なのが国旗で、他の国々が露骨に「月の欠けた部分に星が入」っているのに対し、物理的にあり得ないその現象を、トルコの国旗はきちんと分離して描いている。
月の形はややデフォルメしているものの、星食の直前、月の影に星がはいる瞬間を描いた、非常に美しい国旗といえる。
ある意味、最先端のトルコ。
イスラームの未来はトルコにある、と信じる者がここにいる。
そのゆるさのなかでも、突出してゆるいのが、イスハークのユリーデ学派である。
この方法でしかキャッチアップできない、と彼は言う。
「制限が多すぎるのだ、イスラームは。それも、無意味な。当時の文化的背景としては、もちろん意味があっただろう。だが、それを現代にそのまま適用する理由がない。われわれは、新たなイスラーム社会を築かなければならないのだ!」
さけび、きょうも戦うユリーデ学派。
母体となったハナフィーからも「鬼子」のように忌み嫌われながら、ひたすらゆるいイスラームを目指して。
それがバフォメットの矜持である、とでもいうかのように。
「ある人々からみた悪魔も、別の人々からみれば天使なのだよ」
すべての視点からいえる、そのおそるべき文化相対主義。
勧善懲悪を旨とする「物語」の世界には、まったくなじまない。
「で、ユリーデってどういう意味っすか?」
「奥深い意味があるにちがいない」
問われて学者は、しかつめらしい表情でうつむいた。
「そう、あれはわたしが研究室で、偉大な発見をした瞬間だった。私は叫んだ。Eureka!」
古代ギリシャでアルキメデスが叫んだとされる有名な言葉で、なにかを発見・発明したことを喜ぶ感嘆詞だ。
すると助手の日本人が、冷めた表情で言ったという。
「せやな。ゆりーで」
あんたの研究は、ほんとにゆるいですよ。
関西出身の彼女は、反射的にそう言ったようだった。
そんな彼女のツテで、イスハークは日本に居場所を見つけられたという。恩人でもあるよ、と彼は言った。
「画期的」
「というわけで、命名されたわけだ」
「冗談みたいな話ですね。ほんとですか?」
「冗談やがなー」
「…………」
「あんた関西人か」
ユリーデ学派の謎は解けたとは言い難いが、いずれたいした意味はなさそうだ、という雰囲気は感じられた。
「で、あなた、なにをユリーカ(発見)したんですか?」
「本題はそこだ。くだらん話はやめたまえ」
「あんただよ」
「そう、わたしはスレイマーンの秘密に気づいてしまったのだ」
スレイマーン。聖書におけるソロモンである。
非常に重要な鍵が、ここに提起されている。
「……なんですか? わたくしは議論する気はありませんよ」
静かに鍋を食っていたヒナノは、不快げにイスハークの視線を振り払おうとする。
彼はゆっくりと笑い、うなずいた。
「そうだね。ここに悪魔の弁護士がいてくれれば盛り上がったところなのだろうが、かのスレイマーンは、いまいずこかな?」
ユダヤ教とその冒瀆の秘密。
イスラームの視点から解き明かす、憎悪されるユダヤと、憎悪する側の都合。
彼はバッグから取り出した山羊頭の帽子をかぶって、にたりと笑った。
ぞくり、と寒気をおぼえるチューヤたち。
その姿はまさに「バフォメット」そのままだったからだ。
さすがに苦虫を噛み潰すヒナノ。
「趣味がわるすぎますよ。そんなことをしていれば、身内からも憎悪されるでしょうね」
「そう、そのとおり。この姿は、まさにジブリールなのだよ。身内から軟禁されている、かの大天使なら、わたしの気持ちも理解してくれるにちがいない」
ぴくり、とヒナノの頬がひきつった。
キリスト教のガブリエルは、モスクでも「ジブリール」の権威を帯びている。
そのモスクでの権威という理由によって、神学機構(の一部)からは裏切り者とみられる可能性がある。
真の裏切り者は、はたして……。
「きみたちが悪魔と呼ぶものを、われわれはどう取り扱うか。重要な視点だと思うがね、そうだろう、ニシオギのアクマツカイくん」
ぶほっ、とチューヤは食っていた鍋を噴いた。
まさか自分に振られるとは思っていなかった、という油断を満面にむせる。
「がはげへごほ……。そーいうむずかしい話は、偏差値の高いひとたちでやってもらっていいですかね」
「悪魔使いと手を携えている以上、神学機構もそれなりの理解は示すべきだと思うんだ。バフォメットはともかく、悪魔相関プログラムと、現実に売られている『デビル豪』なるゲームとの親和性について、あまり議論はなされておらぬようだが」
「ゲームはゲームでしょう」
「そのゲームの攻略本に、バフォメットとイスラームについての秘密が書かれているかもしれないよ」
巻き込まれたチューヤは、しかたなく「免罪符」を提起してみる。
彼自身、それほどの効果があるとも思っていないが。
「どっこい、レリジョン・フリーという裏技があるんだな、ゲームには」
「神の名前が変わるギミックだよね。アッラーフだと文句を言われるけど、アッラマーなら文句を言われないという」
唯一神アッラーフは、ゲーム内では「アッラマー」と口に手を当てる美魔女に置き換えられる、という。たったそれだけで、ゲームメーカーサイドは「ほらねこれはカミサマなんかじゃないんですよ」と言い訳できるのだ。
同じ啓典の民であるヒナノは、不快げに眉根を寄せた。唯一神をコケにされて、気持ちがいいはずはない。
「俗悪な……」
「まさに、わたしがこの帽子をかぶるのも当然といえるよね。日本で暮らしていると、自然こうなるんだよ」
ぽん、とバフォメット帽子を脱いで、にこやかに笑うイスハーク。
とてもイスラームの聖職者とは思えないが、これが日本仕様なのだ、という。そして、イスラームはそちらに進むべきである、と。
「無理でしょ。日本以外では売れないゲームだから」
悪魔の本は、各国で研究されてはいるが、場合によっては犯罪の研究に近い取り扱いを受ける。文化として重んじられるというよりは、悪徳として眉を顰められる対象だ。
単にゲームの攻略本としても、アッラーフやヤハウェを「合体可能な悪魔」として取り扱うことはあり得ない。
「サウジアラビアでは、ぜったいに売れないよね」
「てか殺されるだろ、んなもん売ったら」
「フランスでも同様ですよ。預言者の顔さえ戯画化できないのだから」
ヒナノとイスハークの視線が、ゆっくりと絡み合う。
難民、テロ、表現の自由──。
信仰の問題だけが、やっかいな事件に発展する契機ではない。
イスラム社会でも、内心の考えの自由は完全に保証されている。
ただし、それを口に出した場合には、社会的影響が出るので、自由ではない。
また、家のなかでは、なにをやっていてもよい。それは神さまが見ていることであり、他の人間が口出しすべきではないからだ。
一方、家から出た場合には、イスラム教徒以外にも多くの禁止がある。
たとえば酒を飲むことは、イスラム社会では一般に禁止されているので、プライベートな範囲を超える公的な場での行動と見なされ、イスラーム社会の秩序を乱したとして咎められる。
「にもかかわらず、イスラームの文化だからとグルカをかぶって、フランスの公的な場に出た愚か者がいましたね」
自分たちの社会では、公的な場でイスラームの悪口すら言えない社会のくせに、他国の公的な場には堂々とイスラームの秩序を持ち込んでもいい、という行動。
われわれがどれだけの血を流して政教分離を成し遂げたのか、まったくわかっていない傲慢な宗教がやってきた。
そう思う者と、思われる者のあいだで、一時期かなりの緊張が走った。
「あの事件は、イスラームの印象をたいへんわるくしましたね……残念ながら」
宗教は心の問題をあつかい、政治や経済とは別物と考える、という視点に、フランスはいやになるほど大量の血を流してたどりついた。
一方で、イスラームの人々からとってみれば、その視点そのものが「色眼鏡をかけている」ということになる。
イスラームにとっては、政教分離こそが「迷信」である。
宗教は政治という意味も含んでおり、法律でもある。両者を切り離すという考え方そのものが当てはまらない。
歴史的には、政治と宗教が密接に結びついていた時代のほうがはるかに長かったのだから、それも当然だ。
フランスの流した血は、そのまま近代ヨーロッパ史に重なる。
現代的な政教分離の思想は、キリスト教内部でのカトリックとプロテスタントの調停を目的としたところが大きかった。
フランス人にとって、それは「ようやくたどりついた答え」であって、けっしてゆるがせにしてはならない不動の価値である。
キリスト教徒であるヒナノ自身さえ、政教分離という概念には敬意を表す。
畢竟、それを侵食するイスラームの態度が許せない、と思う者がユーロ圏には多い。
その西欧に倣ったトルコは、政教分離の国である。
イスラームの国と標榜しながら、同じイスラームから異端視されるのも当然だ。
そんな、中東からヨーロッパにある根深い問題について、ここで話し合うつもりはない!
とばかり、気を利かせた三田村が、秘蔵の蒸留酒の瓶を取り出して床に置いた。
薄いビールなどでは物足りない、とだれもが思っていた。最強のスピリッツが、この場には必要なのだ!
すべからく、よだれを垂らす酒豪たち。
おお、とイスハークはうれしそうに目を細め、
「すばらしいマナーラですね」
アラビア語のマナーラは、どのモスクにもあるミナレットのことである。
礼拝への参加を呼びかけるアザーンを朗唱するための塔で、ジッグラトの伝統を受け継いだ形が特徴的だ。
その塔から注がれる──アルコール度数45の液体こそ、彼らの求めるもの。
「イスタンブールで買ってきました。出していいものか迷いましたが、イスハークさんなら問題ないかと。……なつかしいでしょう?」
くるりと瓶をまわして、隠していた銘柄を見せると、さらにイスハークの笑みが深まる。
イエニ・ラク。トルコの伝統的な蒸留酒だ。
「問題などありましょうか。すばらしい。そもそもクルアーンでは、厳密に酒を禁じてはいないのですよ」
便宜的に『コーラン』と表記されることが多いが、正確な発音はクルアーンが近い。
「え、そうなんすか」
「そうですとも。2章219節、4書43節、5章90節にも記述がありますが、いずれも、酒はいいことよりわるいことが多いとか、酔っているときは祈るなとか、酒と賭けを避ければ成功するだろうとか、そういう婉曲な言いまわしなんですよ」
ウラマーだけあって、知識だけはある。それだけにやっかいだ。
本国でもユリーデ学派が普及するのをおそれ、国外追放されて日本にやってきた、とまことしやかにささやかれるのもうなずける。
「じゃあ、どんどんいきましょう」
「インシャラー」
それを神が望むなら。
「望まないと思いますけど」
「神がなにを望むか、人間ごときが決めるべきではないでしょう」
アインシュタインとの論争で知られる、量子力学の育ての親、理論物理学者ニールス・ボーアの言葉だ。
「ならば神もサイコロを振るのかい?」
「振るかどうか、勝負しますか?」
チンチロリンでもはじまりそうな気配だ。
すべての戒律を破っても悔いはない、ゆるさに満ちた部屋。
きゅっ、とキャップをひねると漂う、アニスの香り。
水に混ぜると白濁するのが特徴である。
「すばらしい……ライオンのミルク。300年まえから変わらない」
「イスタンブールに飛んでも、変わらないのがルール♪ だよね!」
歌うようなサアヤの言葉の意味を、高齢側の男女だけが理解した。
イスラームの諸国のなかで、もっとも世俗化が進んでいる、といわれるトルコ。
他のまじめなイスラム教徒が目を背けようと、そもそもトルコの酒なのだから、飲酒がNGなど現実味がない。
お酒くらい飲ませてよ、が本音だろう。
「進んで飲み干す退廃の大杯と、ごくごく……ぷはーっ」
「おお、さすがです。日本人より日本的ですな」
「いやあ、日本のおじさんに教わったんです、この言いまわし。わたしは日本がとても大好きなので、なんでも学んで使いたい」
トルコが親日国であることはよく知られている。
だからといって、学ばなくていいところだけを好んで学んでいる傾向が、イスハークには強い。
いよいよ混迷は深まる──。




