22 : Day -33 : Hatagaya
戦闘は、おそろしいほど連続した。
毎回、殺しや盗みの罪を懺悔している場合ではないほど、過酷な戦闘だった。
「厳しいな、ここ、なんなんスか、イスハークさん!」
敵の出現率が高すぎる。
会話がほとんど成立しない。
あまり逃がしてもらえない。
「困ったものだろう? まるで駄々っ児の支配する世界だ。このエリアに巻き込まれた悪魔の多くが、一種の躁状態にある。この恐るべき影響力をもたらしているのが……神の子だ」
手短に事情は聞いている。
このさきに待ち受けるのは、いわゆる「赤ん坊キャラ」らしい。
「赤ちゃんなんでしょ? にしては、すげー力だな」
「末恐ろしいとはこのことだね。……いやはは、さすがの突進力。すごい技だねえ、なんだいそれは?」
巨大な敵を一撃で粉砕するリョージのスキルは、味方としてこれほど頼りになるものはない。
とくに幽霊系の敵が少ないエリアでは、物理攻撃力の高さは押しなべて有効だ。
「青龍偃月刀……またつまらぬものを斬ってしまった」
リョージの背に浮かぶ、長いヒゲのガーディアン。
カンテイ(関帝)だ。
敵全体を一撃で即死させる召喚獣のような技は、まさに一騎当千と呼んでよい。
「おまえ、いくらガーディアンにレベル制限ないからって、尋常でないやつくっつけてるよな!」
「まったくだね。自分のレベルが恥ずかしくなるよ」
「いや、イスハークさんもイスハークさんで、なかなかエグいガーディアンつけてらっしゃいますよ……」
チューヤはふりかえり、順に仲間たちのガーディアンをアナライズする。
名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅
カンテイ/英霊/D/3世紀/蜀/三国志演義/京成関屋
バフォメット/邪神/G/中世/ヨーロッパ/テンプル騎士団/代々木上原
「邪神てなんか怖いっスね。いやまあ、正義とか悪は相対的ではあるけど」
リョージも、ここまで話を進めてくるについては、絶対悪とか絶対善のような、少年誌向きのわかりやすい設定が、かなり危うい足場に成り立っている欺瞞の可能性について、理解するようになってきた。
それでも彼は正義のヒーローが似合うし、姑息な召喚師であるチューヤは、同じSタイプのイスハークに一種の親近感をおぼえつつも、正義の味方役はできないと認めていた。
というより、最初から、このウラマーが邪悪であることはわかっていた。
黒ミサを司る、山羊の頭をもった悪魔。
バフォメット。
この名をもって悪魔全体を指す場合もある。
世に言う「テンプル騎士団」が偶像崇拝の糾弾を受けた際、この名の魔神を奉っていたとされる。のちに魔女たちの崇拝対象ともなった。
「皮肉な話だね。バフォメットと名づけてくれたキリスト教徒たちには、どんな表情を返せばいいだろう」
バフォメットがマホメットの転訛であることは、言うまでもない。
キリスト教徒にとってイスラームがいかに悪魔として見られていたか、十字軍を含め、歴史的に彼らがどれだけ互いをののしり、戦いつづけてきたかは、だれもが知っている。
マホメット……すなわち、イスラームのもっとも偉大な預言者、ムハンマド。
「ガーディアン、ですよね。付け替えたらいいんじゃないですか?」
「きみは、オオクニヌシを付け替えるつもりはないのかい?」
「ああ、いや、オオクニヌシの特有スキル〝アンチ即死〟は必要だし、それに気に入ってるので……」
特有スキルは、学習できない。
ガーディアンを付け替えた場合、発動できなくなるということだ。
いかなる状況でも「即死攻撃」というものはありえて、悪魔使いにのみ「最終ターン」が与えられて復活できる可能性はあるが、そのアドバンテージじたい「瀕死(HP0)」の場合のみの適用である。
しかし即死攻撃には、一定の確率で一発退場となる「完全死(HP-)」のリスクがある。これは確率の問題なので、どうしようもない。
その時点でゲームオーバー、すべては終わる。
この即死攻撃を100%回避できるのが、不死身のオオクニヌシならではの特有スキル、「アンチ即死」だ。即死攻撃を受けても必ず瀕死となり、完全死にはいたらない。
だからこそチューヤは、無謀にも即死攻撃のリスクに平然と身をさらすことができる。
もちろん最終ターンで回復できなければ、完全死となるわけだが……。
「わたしも同じだよ。彼らがわたしを邪神と呼ぶなら、好きに呼ばせておくさ。なによりバフォメットの特有スキル〝追加召喚〟は、わたしにとって必須なのでね」
バフォメットの「追加召喚」は、同時召喚枠を1つ増やす、というかなりチートな能力である。おかげでイスハークは、3体の悪魔を同時召喚できているわけだが。
「てことは、俺は5体使えるってことかな?」
そのおどろくべき世界観に、イスハークは心底から瞠目し、感嘆を禁じ得ない。
「ほんとうに、実在するとはね。素で4体同時召喚とは」
「いや、でもレベルが低いから、まだイスハークさんのほうが強いですよ、ぜんぜん」
「言い換えれば、レベルさえ上がれば容易に抜き去られるわけだ」
「ニシオギのアクマツカイゆーたら有名らしいっスよ、ギョーカイでは」
「それ俺じゃないけどね……」
そんなことを話しながら、男たちはモスクの地下ダンジョンを進む。
さすがにこの3人の力をもってすれば、中盤の難所も容易に、というほどではないが、なんとか切り抜けられた。
とにかくリョージの突進力がすさまじかった。
なにも考えず突き進む彼を援護するための支援魔法と回復に特化して、ここまでやってきたようなものだ。
最後に、彼らは2メートル4方ほどの「黒くて四角い箱」のまえに立った。
それは「カアバ」と呼ばれる──。
薄く遠く、泣き声が響いてくる。
箱のなかからと思われるが、よくわからない。
箱を守護するように立つ、星天使バルビエル。
あと一歩、進めば戦闘開始だ。
そのまえにチューヤは、ダンジョンの片隅にリヤカーを止める上州名物セーブマンのところで、冒険の記録を残した。
その緊張感のなさに、リョージはなかば呆れて、
「……なんであんな男がいるんスか、イスハークさん。まさか彼もイスラームとか」
「たぶん、そうなんじゃないかな……いや、わたしは三大屋台のルールには関知していないのでね……」
この「アカシック・レコード」がどんな意味をもつのかは、まだチューヤもよくわかっていない。
死んだらセーブポイントまでもどれる、というのはゲームの常識だが、生きている人間が人生でそれをやれるという話は、まだ聞いたことがない。
別の世界線の別の自分に対して最高のアドバイスになる、という多元宇宙的な思想をどこかで聞いたことはある。
101万回ほど生きたネコは、101回くらいでうんと言わせるような求婚ならしないほうがいい、とよく意味のわからないことを言っていた。
「そういうわけだからさ、まあ、とにかく冒険のアクセントだよね」
「回復屋台だけは、地味に役立つよな」
「それよりわたしは、道具屋の軽トラが、この地下に侵入していることじたいが不条理きわまりないと思っているがね」
それが境界というものだ、としか言いようがない。
たしかにアッラーフはモスクの地下の神聖を担保しているかもしれないが、境界の境界性を担保するのは三大屋台をはじめとするギークたちの存在なのだ。
「イーサーも言っていたな。皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せとね。言いえて妙ではないかね」
イーサー。
いよいよ核心に近づいた。
イスラームにおけるイーサーこそ、キリスト教におけるイエスである。
イスラームにおいては預言者のひとりということになっているが、キリスト教ではまさにその信仰の核心にいる。
幼児キリストの生まれ変わりがいま、このさきのカアバにいる──らしい。
「バトルにはいるまえに、確認させてもらっていいですかね? バルビエルという星天使は、どうやらトチ狂っているらしいですが、それをさせたのが……」
「神の子、イーサーだ。神学機構が血眼になって探している」
うなずき答えるイスハーク。
他人事のような物言いに引っかかったチューヤは、
「あんたもその一員なんでしょ?」
「ま、それはそうだが……しかしわたしはシャーリーシ・テンプルにも、友人が多くてね」
にやり、と笑うイスハーク。
やはり彼は、ただ者ではない。もちろんわるい意味で。
「星天使を狂わせて仏教に塩を送っている元凶が、あなたなんじゃないかと、俺いま、ちょっと疑ってるんですけど……」
「ははは。過大評価してくれて恐悦至極だが、しょせんバフォメット程度のわたしに、それほど大きなことはできないよ。……バルビエル。われらがイスラームの星天使として大活躍してくれていたわけだが、どうも仏教の邪鬼と絡み合いすぎたようだ」
「仏教の邪鬼?」
「子どもをさらって食う、という夜叉がいるんだろう? 東京のとある駅で、蜜月関係にあるところを偶然、目撃してね」
チューヤは脳内に悪魔全書を展開し、支配駅から逆引きしてその意味を把握した。
名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅
バルビエル/星天使/E/16世紀/ドイツ/隠秘哲学/雑司が谷
ヤクシニー/邪鬼/H/中世/インド/ガンダーラ美術/鬼子母神前
これらの駅は、非常に接近している。別の駅名にする必要がないほど、同じ場所といっていい。
副都心線の雑司が谷駅から地表に出ると、そこには都電荒川線の鬼子母神前停留場がある、という形だ。
一種の騎乗位かな、という倒錯した駅の上下に重なる姿を想像して、チューヤはじたばたした。
さそり座の女の心を知る星天使(天蠍宮)にとって、真上に住む豊満なヤクシニーの肢体を楽しみ、かつ利用することは必然だった。
「なるほど。仏教では鬼子母神、ハリティーとも呼ばれてますけど、ヤクシニー(夜叉)の一種ですね。1000人の子どもをさらって食ったという鬼が、現世に舞い降りたってことですか」
「まさかそんなに食ってはいないだろうがね、そういう種類の女がいることは事実なのだろう。そして、よもやの結果をもたらしたのだよ。どういう顛末かくわしくは知らないが、彼女がさらってきた子どもが、本物だったのだ。わたしも最初、冗談だと思っていたが……たしかに、イーサーは、神の親と呼ばれるプロレスラーの子らしい」
脳内の配線がつぎつぎとつながっていく。
さらわれた神の子。
「神の親……ダッドさんの息子か!」
チューヤはうなずき、リョージの予測が正しいだろうことを認める。
そういう調査報告は、上野の私立探偵からも送られていた。
「問題は、そこからだ。おそらく偶然だったはずだが、バルビエルは、あまりにも大物が釣れて混乱してしまったのだろう。神の子を連れて、このモスクに逃げ込んだ。まともな精神状態ならいい、われわれの味方だ。しかし残念ながら、強すぎる力を受けたせいか、完全に狂ってしまった。一度、接近したが、まったく話にならなかったね」
「けど、イスハークさんの強さがあれば、バルビエルくらいなんとかなりませんか?」
「なるよ。しかし、かなり危険な仕事だ。なぜわたしが極東のモスクごときのために、リスクをとらなければならないのかね?」
完全に悪役の顔で、平然と言い放つ。
チューヤたちも、とくにおどろきはない。もう、そういう人物だと理解している。
「モスクを助けるタスクはリスク、Yo!」
「マスクで隠せば確かに怖す、Ya!」
互いを指さしリズムをとる、息ピッタリの高校生ラッパー。
イスハークは、これが若さかと感心しつつ、
「まあそういうわけだから、ここはきみたちに任せる」
「え、どういうことですか?」
「イーサーは、おそらくカアバのなかだ。きみたちはバルビエルを倒してくれ。わたしはその隙にイーサーを手に入れる」
「いや、みんなで協力して敵を倒してからでも……」
「戦闘に集中してイーサーが危険にさらされたら、どうするつもりだ? われわれは、キリスト者たちが信じるような三位一体という考え方はとらないが、それでもイーサーは重要な預言者であると考えている。安全に保護しなければならない」
「そして返してあげるんスよね?」
「せっかくむこうから獲物が飛び込んできたのに、そんなもったいないことができるか? いや、そういうケチな考えはないが、ともかく、まずは安全に確保してからの話だ。いかに強い力をもつとはいえ、赤ん坊は赤ん坊。おそらくヤクシニーがめんどうを見ているのだろうが、ハリティーというのか? 鬼子母神、まったくおそろしい女ではないか。これだから女というものは……かわいいなあ……」
ぶつぶつ言いながら去っていくイスハーク。
おそらくモスクに特有の隠し通路を知っているのだろう。
チューヤたちが正面突破で耳目を集めている間に、裏口からこっそり赤ん坊を盗み出そうとは、まさに悪人の考えることそのものだ。
いろいろおそろしいものを感じるのは彼に対しても同じだが、ともかくチューヤたちは、この突き当りの道にむかって突き進むしかない。
ふたりは顔を見合わせ、うなずき合った。
ボス戦、開始だ。




