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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第39話 黒狐

 叫び声を響かせながら、すすきはティムと共にエルフランドの上空を飛んでいた。しばらくすると、眼下に広がる景色は1区から3区へと移り変わった。


 ティムは、国内唯一の人工温泉「香火湯(こうかゆ)」に連れて行ってくれると言った。しかし、そんな話もすすきの耳には殆ど入っていない。ティムにしがみつくだけで精一杯だ。まるで、安全バーのない絶叫マシンに乗っている気分だった。


 すると、突然ティムのボードがスピードを落とした。ふわふわと緩やかに降下していく感覚がして、すすきはギュッと閉じていた目を開いた。


「つ、着いたの?」

「ああ、うん。お待たせ」


 頷いたティムを見て、すすきはホッと胸を撫で下ろした。すると、高度が下がっていくに連れて、何やら大きな話し声が聞こえてきた。ティムの視線も、その声のする方向を見ていた。


『──約十九年前から、この国には人間、混血、純血がいます。この三つの柱があったからこそ、エルフランドはここまで復興できたんです』


 その声は、強く何かを訴えているようだった。恐る恐る下へと視線を向けると、一人の男が街頭演説をしているように見えた。


 男の言葉に、周辺に集まった民たちから「そうだそうだ」という賛同の声が飛び交った。すると男は更に声を荒げ、群衆に問いかけた。


『この短い歴史を振り返った時、僕ら人間の扱いはどうでしたか? 住まい、給金、医療、教育……大きな負担を強いられるのは、いつも我々人間でした。純血の魔法使いばかりが優遇される。人間だけが肩身の狭い思いをし続ける。そんな国もうやめにしたいんですよ!』


 男の言葉に、その場が沸き立った。すすきはティムにしがみついたまま、あれは何なのかと尋ねた。


「あれは黒狐会(こくこかい)の奴だよ」


 初めて耳にした言葉に、すすきは首を傾げて聞き返した。


黒狐会(こくこかい)?」

「ああ。あまり目立たないけど、エルフランドは星兵会(せいへいかい)の他にも色々な派閥があるんだ。式典の後には選挙が控えてるから、どこも必死なんだろ」

「選挙って……エルフランドにもそんなものがあるんだね」

「元々はなかったらしい。これも人間と共生するようになってからだな」


 混血はどの派閥を選んでも苦労する。そう言いながら、ティムは更に高度を下げていった。


 エルフランドは元来、皇帝をトップに据え、皇帝とその使いの者たちが国の運営を行ってきた。長年、それで上手くいっていたのだ。


 だが、悪魔の襲来で事態は一変した。あまりに突然の皇帝崩御により、国内の政治は大混乱。そして、悪魔から逃げ惑う人間たちを無下にできず、エルフランドは共生を受け入れた。それに伴い、国の運営方針も一新せざるを得なかったのだ。


 悪魔という存在に掻き乱されたエルフランドで、魔法使いの歴史と尊厳を守るために創立されたのが、星兵会(せいへいかい)。その敵対派閥こそが、人間が創立した黒狐会(こくこかい)なのだそうだ。


 すすきは、スラスラと歴史を語るティムに驚いていた。まだ子どものような印象を受けていた男の子が、とても大きく見えたからだ。


 そして、良い機会だと思い、続けて質問した。


「じゃあ、あの人が黒狐会(こくこかい)で一番偉い人なの?」


 すすきが指差したのは、演説中の男だった。しかし、ティムは首を横に振り、その少し後ろに立っている人物を指差した。


「違う違う。その後ろにいる、薄気味悪い顔の男。あれが今のトップ──(コン)小狐(シャオフー)だ」


 ティムの指の動きに合わせて、すすきも視線を動かした。演説中の男の後ろには、確かに人が立っていた。腰まで届く長い黒髪。ニコニコと笑みを絶やさない切れ長の目。どことなく怪しげな雰囲気を醸し出しているその人は、こちらに気付いた様子で顔を上げた。


「げ。目が合った」

「げ、って……。ティムくん、そんなにあの人のことが苦手なの?」

「苦手っていうか、絡みづらいんだよ。やたらハクト様を敵視してやがるし。ハクト様も怖いけど、あいつも同じくらい怖い」


 そう言いながら、ティムは香火湯(こうかゆ)の方へと降りていった。その間、(コン)小狐(シャオフー)は笑みを絶やさず、すすきの姿をジッと見つめていた。


「そんなに怖い人には見えないけど……」


 すすきは(コン)を見つめ返しながら、ポツリと呟いた。


◆◆◆


 ──ティムに案内され、すすきは香火湯(こうかゆ)の中へと進んでいった。たくさんの客で周囲はザワザワと騒がしかった。今はまだ午前中で、本来は空いている時間だそうだ。しかし、すすきの登場により、急激に客足が伸びてしまった。


「はは……ここでは歓迎されてるみたい」


 "人間のお妃様"をひと目見ようと、香火湯(こうかゆ)の出入り口は人でごった返していた。その中には、すすきに手を合わせて拝んでいる老人もいた。


 対応に困ったすすきがティムを見上げると、彼は動揺する様子もなく言った。


「エルフランドの皇帝は神様と同じだ。人間が神の正妻に選ばれるかもしれないってなりゃ、この区でこういう反応されるのも頷けるだろ?」

「……いや、私は三上書店に帰るから」


 そう言って、すすきは顔を引き攣らせながら、無理矢理に笑顔を作っていた。なるべく敵を作りたくない一心で、愛想を振り撒く。そんなすすきに、ティムはゲラゲラと笑っていた。


「まあ、ゆっくりお湯に浸かって来なよ。受付に頼めば汚れた服も綺麗にしてくれる筈だから」

「ありがとう。でも、ティムくんはどうするの? 隊長補佐って、確か防衛五隊の中でも一番忙しい役職なんでしょ? 他にお仕事があるんじゃ……」

「オレはいつもサボってるから大丈夫! 準備が出来たらブローチで飛んできてくれたらいいから。じゃあな!」


 説明を終えると、ティムは手を振って去って行ってしまった。一人ぽつんと残されたすすきに、民の視線が集中する。意図せず嫌われるのも問題だが、期待されるのもまた問題だ。


「私は三上書店に帰る……絶対に帰るんだから」


 すすきはブツブツと独り言を呟きながら、民たちの視線を避けるように、受付を通っていった。

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