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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第38話 暴動

 1区の街中へ出たすすきは、どこへ向かうか悩んでいた。いま会う必要があるのは、アーロ・フウガ・ソピア・ブラントの四人だ。しかし、彼らがどこで何をしているのかは、すすきには皆目見当がつかなかった。


 外を歩けば、相変わらず周囲からの視線が痛かった。すすきは"三上書店に帰るためだ"と自身に言い聞かせ、区の方向を示す看板へと近付いた。


 数字と矢印が書かれただけの簡素な木の板だった。すすきは顎に手を添えて看板を見つめ、どの区に向かうべきかと頭を悩ませた。


 ──その時だった。すすきの背中めがけて、小石が飛んできた。


「痛っ……⁉︎」


 突然の痛みに驚き振り返ると、そこには怒りに満ちた表情の民たちがいた。そして、戸惑うすすきに向けて、彼らは叫んだ。


「エルフランドから出て行け!」

「人間がエルフランドを乗っ取るつもりか⁉︎」

「皇帝と人間の結婚反対!」


 すすきは、状況をすぐには飲み込めなかった。次から次へと飛んでくる小石の痛みに耐えながら、必死に言葉を返した。


「私はお妃候補じゃありません!」


 しかし、その声は民たちの罵声にかき消された。騒ぎを聞きつけて周辺の民が続々と集まったが、誰も止めに入る様子はなかった。


「やめてください! お願いします!」


 すすきは、ひときわ大きな声で民たちに訴えた。だが、一度始まってしまった暴動は、簡単には収まらなかった。


 そして、突然の事態に対応出来ず、パニックになっているところへ、小石に紛れて白い玉のような物が飛んできた。それはすすきの頭に直撃し、パンっと軽い音を立てて割れた。


 茶色い髪に、何かがドロリとまとわりついた。そっと触れてみると、それが卵であるということが分かった。俯くと、足元には割れた殻が転がっていた。


 プツンと糸が切れたように、すすきはボロボロと涙をこぼした。小さな右手は、汚れた髪を握り締めたまま、小刻みに震えていた。


 どうしてやめてくれないのか。自分が一体何をしたというのか。誤解だといくら言っても、周りは聞こうともしてくれない。悲しさと悔しさの入り混じった涙が、幾度となく頬を伝った。


 すると、抵抗することもなく泣き続けるすすきの耳に、聞き覚えのある声が響いた。


「お前ら、何やってんだ⁉︎」


 張り上げられた怒声に、驚いたすすきは顔を上げた。すると、涙で霞んだ視界の先に、第二部隊隊長補佐のティム・ラヴィーネの姿があった。


 ティムは集まった民たちを掻き分けて、すすきの前に飛び出した。そして、赤く腫れかけた泣き顔を見て、驚いたように目を見開いた。


「ティムくん……あ、あの。これは……」


 おろおろと弁解しようとするすすきの手を、ティムは何も言わずに掴んだ。そして、力一杯握り締めたまま、ズンズンと歩き出した。


 ──先程までいた1区の中央部から、少し離れた建物の裏。陰になったその場所に着いた頃、すすきは手の痛みに耐えかねて、ティムへ声をかけた。


「ティムくん、痛い。痛いよ」

「え? あ……ご、ごめん」


 すすきの声に立ち止まったティムが、ハッとしたように手を離した。ばつが悪いのか、チラチラと視線を逸らせている。その振る舞いや幼い顔立ちから、同じ年頃の男の子に見えた。


「あの、助けてくれてありがとう。ティムくんがいなかったら、私どうなっていたか……」

「それは良いんだけどさ。一体何があったんだよ」


 そう尋ねられ、すすきは事の経緯を説明した。するとティムは、偶然あの場を通りかかったと言った。国内の治安維持も防衛五隊の務めであるため、様子を見に近付いた。そして、群衆の真ん中にすすきを見つけ、慌てて駆け寄ったとのことだった。


 話を終えると、ティムは呆れたように溜め息を吐いていた。汚れた髪を見て顔を顰めながら、彼は再びすすきに尋ねた。


「あのさ、何で逃げなかったの?」

「え?」

「すすきにとって、あの状況は危険だ。そんなの一目瞭然だろ? なのに、何で逃げ出さなかったんだよ」


 ティムの言葉に、すすきはポカンとした表情で固まった。


 言われてみればそうだった。逃げれば良かったのだ。しかし、咄嗟にそう出来なかった。そんな考えすら浮かばなかったのだ。


「それは……思い付かなかった」

「……あー。お前の住んでた世界ってさ、平和だったんだな」


 正直なすすきの回答に、ティムはガリガリと頭を掻きながら、含みのある言葉を返した。そして、すすきの涙を指先で拭いながら、もう泣くなと言い聞かせた。


「んで、お前はそのブローチに魔力を集めなきゃならないわけ?」

「うん。だから、隊長たちを探そうと思って外に出たんだけど、こんな事になっちゃって……。そうだ! ティムくんは、みんながどこにいるか知ってる?」

「ふーん。隊長たちにねぇ……。まあ、知ってると言えば知ってるけど。でもこれってさ、魔力があれば誰でも良いんだろ?」

「仕組みはよくわからないけど、たぶん──って、え⁈」


 すすきが言い切るより早く、ティムの指先が右上の魔石に触れた。ブローチが青い光を放つと、ティムが触れた魔石は透明から青へと色が変化した。すると、ティムはわざとらしく声を上げた。


「あ〜、手が滑っちゃったな〜」

「いや、今のは絶対わざとやったでしょ⁉︎」

「わざとじゃないよ〜。困ったな〜。どうしよっかな〜」

「で、でも私、取り消す方法なんてしらないよ。どうしよう」


 青は第二部隊の色でもあり、ティム自身の魔力の色でもあるようだ。フウガは魔力が無いため、彼の分は代わりが必要だった。結果的にはこれで良かったのだ。しかし、困った顔をして頭を抱えるティムに、すすきは慌てていた。


 そんなすすきの様子を見て、ティムはゲラゲラと笑い出した。まるで悪戯が成功した子供のように、彼は満足気な笑みを浮かべていた。


「もう! 揶揄(からか)わないでよ!」

「悪かったよ。お詫びにいつでも守ってやる。困った事があったら、真っ先にこのティムくんに頼るんだぞ?」

「……うん。ティムくん、本当にありがとう」


 明るく笑い飛ばすティムに、すすきは頭を下げた。いつの間にか、涙は止まっていた。


 五隊幹部という立場ではあるが、ティムとは気を遣わずに話すことが出来た。何だか元気を分けて貰った気がして、すすきはホッと微笑みを浮かべた。


 するとティムは、背負っていたボードを地面に落とした。そして、ボードに足を固定すると、すすきに手を差し出した。


「連れてってやるよ、アーロ様のところへ。その前に、風呂に入らなきゃな。汚れたままじゃ、お前も気持ち悪いだろ?」

「うん、ありがとう。でも……まさかこれで飛ぶとか言わないよね?」

「そうだよ。ほら、早くしろよ」


 グッと引き寄せられて、すすきは顔を青くした。嫌な予感がする。そう感じたと同時に、ボードの下から大量の粉雪が噴き出した。その勢いで、二人の体はみるみるうちに空高く登っていった。


「ちょっ、ティムくん! 待っ──」

「ちゃんと掴まってろよ〜」

「ひっ──、ぎいやああああああああああ‼︎」


 青空の中に、粉雪が細長い線を引いていった。そして、サラサラと輝く雪と共に、すすきの叫び声がエルフランドへ降り注いだ。

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