再会とニアミス
南美は優の一番の親友だ。
出会ったのは中学に入ってから。学校で席が隣同士になったのがきっかけだったが、何だか気が合ってすぐに仲良くなった。中高一貫校なので高校ももちろん一緒、誰よりも大好きな友達だ。
もし南美が突然行方不明になったりしたら自分だって心配で心配で仕方なくなるだろう。自分の意思ではなかったとはいえ、半年もの間南美に心配をかけていたことに胸がいっぱいになる。
「ごめんね南美、心配かけて」
「そうだよ! 優のおうちも誰もいないし、メッセージ送っても既読もつかないし電話もつながらないし、学校にも何の連絡もないっていうし。優、どこ行ってたのよぉ……」
「それは――ごめんね、言えないの」
「でも、戻ってきたんでしょう?」
「――」
それを肯定できないことが辛い。
「あのね、私はまだ戻れないの。本当はここに来てもいけなかったの」
「どういうこと?」
優はそっと南美から離れた。涙でぐちゃぐちゃになった南美の顔が何を言われているのかわからないというふうに歪む。
でも、おそらく南美には監視がついている。南美のところに優が現れたことを知られれば優だけでなく南美も危ないのだ。
「南美、会えてうれしかった。いつか必ず戻ってくるから、私と今日会ったことは忘れて。誰にも言わないで」
「優? 何言って」
「お願い。南美を危ない目にあわせたくないの」
だがその時、必死に南美を説得する優の言葉に一平が割こんできた。
「優ちゃん、悪い。ちょっとヤバいかも」
一平に言われてハッとした。南美と会えたうれしさであたりの警戒をすっかり怠っていたことに気がついたのだ。慌ててチェックしたその警戒網には一箇所だけぽっかりと穴が空いたような空白の部分がある。
そこに何があるのか誰がいるのか、全くわからないのだ。
「察知できないところが一箇所だけあるの。バリアシステム使ってるかも」
「よし、まずは彼女をここから逃がすことだ。優ちゃん、彼女には?」
一平はその先を続けなかったが聞きたいことはわかる。南美は超能力のことを知っているのか、と聞きたいのだ。
優は南美を見た。もちろん南美には話していない。逡巡している暇はないのだが、優は彼女に話す勇気がない。
そしてその一瞬の逡巡がマイナスに働いてしまった。
トマトの苗の向こうに現れた人物は一見して用務員のように見える。作業服を着て、キャップを被っているが、用務員をやっているには少々年若い気がする。優は慌てて南美をかばうように背に隠した。何しろ少なくとも半年前、優が学校に通っていた頃はこの人物を見たことがないのだ。もしかしたらこの半年間で新しく雇われた可能性もあるだろうが、今回はその可能性は考えない。何しろさっき感知した「空白」はこの人物のことだからだ。
年の頃は三十を過ぎているだろうか。顔色が悪く、どこか嫌な空気をまとっている。
「あんたがP7か」
男の発した台詞に身構える。
「おおっと、こっちにはバリアシステムがあるんだ。無駄なこと考えるんじゃねえぞ――それからそこの兄ちゃん。誰だか知らないが見なかったことにして今すぐ立ち去るんだな、明日も太陽を拝みたいだろう?」
男は饒舌にペラペラしゃべっていたが、優には「何を言っているんだ」という呆れの感覚が強い。男は優たち三人より数メートルは離れたところにおり、脅すにしても襲いかかってくるにしても距離がありすぎるのだ。
が、次の瞬間男の姿が急に消え、直後男は優の目の前にいた。
「え」
虚をつかれた。気がついたときには男に腕を取られてしまっていた。
「あんた以外に能力者はいないと思ってたか? ざぁんねんでしたぁ! あんたはもう唯一の成功例じゃないんだ。ひゃ、はははは!」
もちろん物理的にも能力的にも抵抗を試みるが全く役に立たない。能力を封じられてしまえばたはだの女子高生、あの夜と同じ無力感が湧き上がってくる。
「ひゃはははは――あがっ!」
だが優が男に拘束されていたのはほんの束の間だ。気がついた時には横から伸ばされた腕が優を男の腕を絡め取り、優を解放していた。
「無闇に女の子に触るんじゃねえよ」
「な、おまえ、離せっ」
「ほらよ」
男の腕を捻りあげた一平が離せと言われるままに男を勢いよく蹴り飛ばす。男はそのまま地面に叩きつけられる。ダンッ! と痛そうな音とともに砂埃が舞い上がった。
「優ちゃん、今のうちに彼女を」
「うんっ」
今度は迷っている暇はない。優はぎゅっと手を握りしめ、振り返ると南美の手を取った。
「南美。手を離さないでね」
「え? 優――」
南美の言葉が終わらないうちに優は南美と一緒にテレポートした。
テレポートアウトしたのはさっきまで一平と一緒にいたマンションの屋上だ。
「え? あれっ?」
南美が目を丸くして突然変化した周囲の景色を見回している。位置どころか高さも全く違う場所にいきなり移動してしまったのだ、驚くなという方が無理というものだ。
ついに南美に自分が普通とは違う能力を持っていることをばらしてしまった。
ずっと怖かった。もし南美にばれてしまえば自分のことを恐れて離れていってしまうのじゃないか、と。秘密を抱えていることは心苦しかったが、大好きな親友だからこそ話すことができなかった。
やがて南美が自身に起こったことを認識したのか動きを止めた。
「なに……なんで、なにが――」
そう呟き南美がフラフラとフェンスに向かって進んだ。真正面にはたった今までいたはずの学校が見える。ガシャン、と音を立ててフェンスを掴む手が小刻みに震えていた。そのまま動かなくなってしまった南美に意を決して声をかけた。
「南美――」
「今の、優、が?」
「――」
答えられなかった。ただ足元を見るように頭を下げ、優も動けない。
でもこのままずっとこうしているわけにもいかない。一平も言っていた通り、一番の優先事項は南美の安全の確保だ。優は顔を上げて南美を見た。
「ごめん、黙ってて。どうしても言えなかったの――気味、悪いよね。すぐ南美の家まで送って――」
再びテレポートするために南美の手を取ろうと手を差し出した。だが優の手が南美に届く前に南美の肩がびく! と大きく震えた。
「――ごめん、そうだよね」
届かなかった右手を自分の胸元に戻しそっと左手で包み込む。
「優ちゃん」
ちょうどそこで名前を呼ばれた。いつの間にか一平が戻ってきている。どこから見ていたのだろうか、硬い表情だ。
「一平さん、大丈夫?」
「あ、ああ。俺は何ともない」
「よかった」
それからもう一度南美のほうを振り向く。
「ごめんね南美。気持ち悪いだろうけど家まで送らせて。一瞬だから――ね、一平さん、私南美を家まで送ってくる」
「わかった。ここで待ってる」
今度はサッと南美の腕を取ってそのままテレポートした。一瞬後には南美の部屋の中だ。
「怖い目に合わせてごめんね。くどいようだけど私に会ったことは絶対誰にも言わないでね。そして、私のこと」
南美の安全のためだと自分に言い聞かせて続けた。
「私のこと、忘れてね」
語尾が震えたことは許してほしい。それでも優は精一杯笑顔を作って見せた。
「あ、優」
「じゃあね」
そのまま優は南美の部屋から消えた。
優がマンションの屋上戻ると、一平はフェンスに寄りかかって外を眺めていた。
「待たせてごめんなさい」
「いや――優ちゃん、南美ちゃんは?」
「うん、おうちまで送ってきた――ねえ、その人どうするの?」
足元にはさっきの男が転がされている。どうやら気を失っているようだ。
「ああ、このまま蘇芳に引き渡そうと思って」
おそらくは男から組織の情報を入手するためだろう。優は「うん」と曖昧に返事をしながら視線をフェンスの外に向けた。学校はまだ午後の日の光で白い外壁を目立たせていて、何事もなかったように見える。あの平穏な日常の場所にきな臭い騒動を持ち込んでしまったことに少しだけ罪悪感を覚えた。
「一平さん、行こっか」
「ああ、うん。そしたら一旦蘇芳のところに寄ってこいつ置いてくから」
どこか歯切れの悪い一平の返事を聞きながら優はテレポートするべく精神を集中させた。