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Hermit【改稿版】  作者: ひろたひかる
番外小話
78/106

雨の日、裏側

本編プロローグの裏側のお話です。ストックの山から出てきました。せっかくだから投稿しちゃいます。

 玄関の方から何やら物音がしたので、駿河は銀器を磨く手を止めた。亡くなった先代の趣味でこの屋敷には銀製の食器がたくさんある。これらを磨くことも執事である駿河の仕事だ。


「駿河さーん! 京子さーん! いる?」


 それと同時に玄関から声がした。扉の開閉音がしなかったので、また跳んで来たのだろう。


「おかえりなさいませ、一平様」

「あっ、駿河さん! ごめん、客間使うよ」

「――どうなさったんです、その方は?」


 駿河が驚くのにも無理はない。大学へ行っていたはずの一平が、女の子を横抱きにして玄関に立っているのだ。

 ぐったりと気を失っているように見える高校生くらいの女の子。抱いた一平の腕から長い髪がふわりと流れ落ちている。

 一平は靴を脱ぐのもそこそこに女の子を二階へ運んでいった。駿河も慌ててその後を追う。


「雨降って来たからさ、テレポートして帰っちゃえと思って人目につきそうにない神社の茂みに入ったら倒れてた」


 騒ぎを聞きつけ京子も顔を出す。京子はこの屋敷で家事一切を取り仕切る年配の女性で、ここに勤めてもう長い。

 駿河と京子とで客間のベッドをすぐ寝かせられるよう整え、そこに一平が女の子をそっと下ろした。固く閉じられた瞼の下に涙のあとがうっすら泥に汚れている。


「じゃあ私はこの子の手当てをして着替えさせますから、お二人は出て行って下さいな」


 一平と駿河は京子に追い立てられて部屋を放り出される。扉の外で立ち尽くしたまま二人は顔を見合わせた。


「一平様。その場で救急車を呼ぶという選択肢はなかったんですか」


 あからさまに今気がついたという風に一平の目が丸くなる。駿河はちょっと頭を抱えたくなった。


「思いつかなかった! でもあんなところで隠れるようにして倒れてたんだから、あんまり人目につきたくないのかなって考えもあってさ――ああ、とりあえず蘇芳に連絡しないとなあ……」


「そうですね。私からご連絡入れておきましょうか?」

「いや、俺がするよ」


 そんな話をしていたらかちゃりと扉が開いて京子が顔を出した。


「あの子、すごい熱ですよ。お医者様呼んだ方がいいかもしれません」


 結局一平はメッセージアプリではなく直接蘇芳のホットラインへ電話をかけた。事情を話し医者を呼びたい話をすると「当然だろ、早く呼んであげて」と返事が返って来る。そういう懐の広さは一平が憧れる部分だ。


 そうして呼ばれた古川家かかりつけの老医師は女の子を診察し、疲れと風邪だろうと診断して薬を置いて帰っていった。


「とにかく身元のわかるものは何一つ身につけていないんですよ、彼女」


 リビングに戻ってきた京子が困ったように言った。


「まだ高校生くらいでしょう? 親御さんも心配してらっしゃるだろうし、どうにかしてあげたいんですけど」

「警察に連絡してもいいけど、うーん……」

「どうかなさいましたか? 一平様」

「いや、何となくそうしない方が良さそうな気がして。あ、ただの勘だよ、勘」


 勘とはいえまがりなりにも超能力者の勘だ。経験的に駿河も京子もその勘が外れないことを知っている。だから疑問を挟まず素直に首肯した。


「そうですか。では、蘇芳様がお戻りになってから相談いたしましょうか」

「そうだね。そもそも彼女が目を覚まさないと話も聞けないし」


 駿河の淹れた緑茶をずずっとすすりながら三人の意見がまとまった。いずれにしても蘇芳が帰ってくるのは夜、まだ時間がかかる。女の子が目覚めるまでやることといったらたまに様子を見に行くくらいだろう。なので三人はそれぞれ自分のすることに戻っていった。駿河は磨きかけの銀食器を片付け、京子は夕食の仕込み。一平は大学から借りてきた資料を読み込むために自室へ戻った。


 それからしばらくして、夕方と夜の間くらいの時間になって突然夏世がやって来た。


「夏世? 蘇芳まだ帰ってないぞ、どうした」

「蘇芳から連絡もらってね。あんた女の子拾ってきたんだって? 京子さん帰っちゃったら完全に男所帯になっちゃうでしょ。それで私が来たわけ」

「ああ」


 全然気がつかなかった。


「悪いな、ありがとう」

「やけに素直じゃん。いいのよ、人助けだもん。偉い偉い」

「あのなぁ。頭撫でんなよ」

「ふふ」


 背丈をとっくに追い越して見下ろすようになった今でも夏世にとって一平はまだまだ出会ったばかりの頃の子供のままなのかもしれない。それを嫌だと感じないのは、一平の中で夏世が姉のような存在としてしっかり定着しているからだろう。

 女の子が寝かせられている部屋へ消えていった夏世の背を目で追いながら、一平はひとつため息をついた。


 窓の外は雨が降っている。雨脚はそれほど強くはないが、ひとり廊下に取り残された一平の耳にはしとやかな雨音がやけにはっきりと聞こえてくる。

 まるで彼女の涙が雨を連れてきたようだと一平には思えた。

旧Hermitの細かい番外編たちも手直しして徐々にこちらへ移したいと思っています。

まだまだ先になりますが、気が向かれましたらお立ち寄りください。

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