エピローグ
本日は2話同時投稿しております。
最新話からおいでになった方は、この前に1話ありますのでご注意ください。
今日は一平と待ち合わせ。
あの日回るつもりだった吉祥寺の街を、今度は一平と一緒に回ることにした。とは言え今週彼と会うのは三回目、最近はどこへ行くにも一平が着いて行きたがる。今回の事件以来一平は輪をかけて過保護になってしまい、蘇芳にも夏世にも呆れられている。それから総一郎にも。
あの後、あの日一平が不機嫌だった理由を聞いて驚いた。再三SRPからスカウトの電話が入っていて断り続けていたこと、そしてあの前日の電話で永井が「よければ池田さんと一緒に」なんて冗談交じりに口に出し、カッと頭に血が上っていたと教えられたのだ。
「永井さんはすぐに『不用意な軽口だった』って謝罪してくれたんだけどな。俺だけならまだしも、優まであっちの世界に引き込もうなんて、冗談でもあり得ないよ。そもそも俺はああいう世界に関わるつもりはないんだ。普通にただの人として平凡な生活送れれば十分。スリルもバイオレンスも必要ないの」
「空手は強いのに」
「あれはあくまで武道だからな。強さは追求したいと思うけど、命賭けるような刹那的なものは俺はいらないよ。泣く奴がいるからな」
ちょん、と指先で優の鼻をつっついた。むう、と唇を尖らせて不満を表す優に一平がぷっと吹き出した。むくれた声で優が文句を言う。
「そうですよー。怪我なんかしたら人前でも構わずすがって泣いてやるんだから。
でも、ちょっとは相談して欲しかったな、永井さんのこと。話してくれないのは私が頼りないからなのかなってちょっとだけ――」
「そんなわけないだろう? 変に心配させたくなかったから黙ってたんだけど――ひょっとしてそれで怒ったの? で、腹立ち紛れにひとりで吉祥寺に来たんだ」
「う」
読まれている。テレパスである自分よりよくわかっているじゃないか。
そう思ったら何だか腹立たしくなってきた。
「心配かけたのは悪かったけど、もう悪い人みんな捕まっちゃったんだから普段ひとりで出かけたって大丈夫なのに」
「それでも心配なものは心配なんだよ」
どうやら一平の過保護政策はまだまだ続くらしい。
雑踏の中、一平が優の手を取った。指と指を絡めた、いわゆる恋人つなぎ。
手をつないで歩くのはちょっと恥ずかしくて、でも嬉しい。心を読まなくても一平の気持ちが伝わってくる気がして、優は一平にぴったりくっついた。こんな程度で機嫌を治してしまうなんて、私ってお手軽だなあと思いながら。
ショッピングをして、お昼を食べて、天気のいい昼下がりの街をぶらぶらと散歩。こんな日常の、こんなささいなことが幸せだ。
ふと目に入ったコーヒーショップの前で足を止めて一平を見上げた。
「一平さん、私、何か冷たいもの飲みたい」
「いいね。期間限定のドリンク、何かやってたっけ」
コーヒーショップ目指して方向転換した、その時だ。
どしん!
「きゃ!」
誰かにぶつかった。前にもこんなことがあったような気がするが、今度は一平が抱き留めてくれて転ばないで済んだ。
「すいません、急いでて――って、あれ? 優じゃん。元気?」
ぶつかった相手に名前を呼ばれて振り向くと、案の定。
「あっ、ジュン!」
ジュンだった。
アスミではなくてジュンだということは。
「――また仕事中?」
「ん、まあね。じゃ、デートの邪魔してごめんね!」
軽く手を上げ、ジュンは雑踏の中に紛れていってしまった。
「元気そうでよかったじゃないか」
「うん」
正直、あれきりになっていたのでどうしているか気になっていたのだ。ちらっと元気そうな顔が見られてうれしい。優はジュンが消えて行った雑踏を見たままぽつりと言った。
「またいつか、ジュンと仕事から離れたところで会いたいな」
「そうだな」
そしてそれは遠い未来の話ではないかもしれない。
そんな予感を抱きながら二人は踵を返してコーヒーショップへと入っていった。
<Fin>
「山猫は雑踏を走る」は本日でおしまいです。ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございました!
明日は1本短編(これは新作)をアップして、連続更新はおしまいになります。
旧作に載せていた短編は、また時間を見つけてリライトしていきたいと思います。




