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Hermit【改稿版】  作者: ひろたひかる
山猫は雑踏を走る
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Side優&一平(2)

本日は2話同時投稿しております。

こちらが1話目になります。

「ジュン、コードネームは『山猫』。彼女は我々SRPの一員だけどちょっと特殊でな。常駐していない、いざという時の切り札的な役割なんだ」


 東京に戻って来た数日後、永井と東が古川邸を訪ねてきた。すべての説明をするためだ。


「彼女はいわゆるサイボーグだ。

 昔、事故で半身不随のうえ植物人間になってしまってね。ダメになってしまった脳や体を補完するために補助脳と人工骨格、人工筋肉を入れる手術を受けたんだ。無事目を覚まして、日常生活には支障がなくなったんだが――その、性能が良すぎてな。簡単に言えば、普通じゃありえない筋力だったり知能だったりになってしまった。おまけにその状態を一定時間以上維持すると補助脳が焼き切れる危険があることがわかった。だから、補助脳にはブレーカーがついていてな、危険になると肉体と補助脳のスペックをがくんと落とすようになってるんだ。その過程で人格が入れ替わる。人格交代に関しては、彼女を施術した研究者も予想外だったようだ」


 永井が駿河の淹れたコーヒーをすすりながら説明した。古川家のリビングには優と一平、蘇芳に夏世まで揃って話を聞いている。なかなかどうして自分達以上にSF感満載の話に頭がついていけない。

 まとめてみると、ジュンは普段低スペック状態で暮らしていて、いざという時、補助脳の機能をオンにしてSRPの仕事を手伝う、というスタンスのようだ。


「んで、そのジュンのスイッチ担当がこの東という訳だ」


 永井が横に座っている東の背中をばん、と叩いた。東は軽くむせたが、がっちり筋肉の永井のパワーで吹っ飛ばされることはないらしい。さすがはSRPの一員だ。

 アスミの補助脳のスイッチを入れるためには「東の声紋」で「コードを入力」という二つのファクターが必要だ。東の声でなければジュンを起こすことはできない。


「要するにジュンの子守ですよ。そんないいもんじゃありません」


 憮然とした東がぼやく。それを無視して「それでな」と永井はマイペースに話を再開した。


「今回の件は、複数の組織が絡んだせいで話が複雑になったみたいだな」


 永井の話をまとめるとこうだ。



 話に絡んできた組織は三つ。鮫島組、十文字組、そして萩原率いるグループだ。それとは別に大沼が単独で絡んでいる。


 まず、萩原は組織崩壊寸前に「⒕」に見切りをつけ、薬とバリア・システム等を手に数名で組織から逃げ出した。その後、超能力を使って盗みや詐欺をしながら暮らしていた。

 この段階で萩原と鮫島組の中川――森の中で会ったカエル男だ――に繋がりができた。犯罪絡みの繋がりだ。

 だが、萩原の手持ちの薬が少なくなってくる。今まで通りの小金稼ぎだと後がない。だから、萩原は鮫島組を巻き込んでひとつの計画を立てた。大掛かりな窃盗を計画したのだ。

 このためにSRPに捕らえられている組織メンバーの元超能力者どもを仲間に引き入れることを思いつく。超能力者の人手が欲しかったからだ。


 ところが、そこで「鮫島組が何やら大きなヤマを張っているらしい」という不確かな情報を掴んだのが十文字組の半田――吉祥寺で優とジュンを攫ったピンストライプのスーツを着た男――だ。

 元から敵対関係にあった十文字組は、鮫島組の力を削ぎ、あわよくばその稼ぎを自分達のものにしようと、不確かな噂話だけで鮫島組から大切な情報を盗み出した。


「それが、ジュンが持っていたリストなんですね」

「だな。そのリストは鮫島組が今後カモにしようと揃えていた『脱税額が半端ない金持ちのリスト』で、鮫島組はこれを萩原に渡して大仕事させるつもりだったらしい。脱税している連中の隠し金なら、盗まれても警察に届ける心配はないって言ってな。

 ジュンは最初、鮫島組を探るために行動していた。どうやら、たまたま十文字組の人間が鮫島組からデータの入ったマイクロSDを盗み出すところに居合わせたらしくてな、それを追いかけて更に盗み出したらしい。で、十文字組に追いかけられる羽目になった、と。そこからは優さんと行動していたから、そっちの方が詳しいだろう」


 一方リストを盗まれた中川は躍起になって取り返そうとする。そこで萩原に手を借りた。萩原はアジトを離れ、鮫島組と行動を共にする。その間に大沼が行動を起こしたせいで一平は萩原達が優を攫ったと勘違いしてアジトを急襲、残っていた組織の残党組を一網打尽にした。


「萩原と鮫島組の連中は、留守番の数人を残して葉山に向かっていた。俺達はその留守番の人間から萩原の行き先を聞き出して追いかけようとしていたところにだな、池田さんから東に連絡が入った訳だ。いいタイミングだったな」

「なんか難しいことになってたんですね」


 必死に頭を整理して、どうにか話を飲み込むことができた。が、そこでひとつ大切なことに気がつく。


「あの、ひょっとして、今回萩原さん達を全員捕まえたっていうことは、あの薬の彼らが持ち去った分をすべて回収できたっていうことですか?」

「そうなるな」

「じゃあ、もう世の中にあの薬は――」


 一平が優の肩をぽん、と叩いた


「もう全てなくなった、っていうことだよ、優」


 優は一平を見上げた。穏やかな表情で自分を見つめる一平の言葉が少しずつ染みこんでくる。

 あの薬にはいろいろなものを狂わされた。自分も、周りの人間もひどく苦しめられた。優にとってあの薬は恐れの対象であり怒りの対象であり、かつ消滅させるべき対象だった。

 それが遂に全て回収された。


「終わったんだ……」


 思わずぽつりと言葉がこぼれる。


「終わったんだ、これで、本当に」

「優」

 じんわりと視界がにじむ。まずい、と顔を手で覆うと、その手ごと一平の胸に囲い込まれた。これできっとあの事件は本当の意味で終わったんだろう。嬉しいはずなのに、涙が止まらなかった。


 一平に抱えられたそのまま、優はリビングを連れ出された。蘇芳も、永井や東も少しだけ生暖かい視線を向けていたが何も言わなかった。

 そのままフランス窓を開けて庭に降りる。綺麗に手入れされた植え込みの向こうに回ればもう誰も見ていない。


「優」 


 一平が優の前髪を指先で掻き分けて額に小さくキスを落とす。それから頬に、目元に。

 唇が触れるたびに優の肌がぴくり、と震える。


「もう終わったんだ。全部」


 キスの雨を受け止める度に優の肩からこわばりが抜けてくる。やっと一平の言葉に小さく頷くことができた。


「だから、もうあんな物すっかり忘れてさ。頭の中のその忘れちゃった部分を、これから楽しいことや幸せなことで一緒に埋めていこう」

「うん――一平さん、うん」


 止まらなかった涙はいつしか一平の口づけで消えてしまった。一平の腕の中で優は、今この瞬間の喜びも嫌な記憶を穴埋めする材料になっていくんだな、と幸せな温もりに酔いしれていた。

 


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