Side優(3)
ジュンが立ち上がり、薄暗い部屋の中でまっすぐ扉に向かう。金属製の重たそうな扉があり、扉の下からはうっすらと光が漏れてきている。ジュンが扉にはりついて外の気配を伺う後ろで、優はこっそり外を透視していた。
(扉の向こうに見張りはいないのね。人の気配は――上の階。あっ、この部屋、半地下室なんだ)
半地下室の前は階段。上がったところにはもうひとつ扉があり、その先には人の気配がある。さすがにこの扉から逃げ出すのは無理がありそうだ。優は室内をぐるりと見回した。室内には雑然と段ボール箱やプラスチックケースが置かれていて、埃っぽい。窓は三メートルくらい上にある天窓だけでそれ以外は無機質なコンクリート打ちっぱなしの壁で囲まれている。薄暗い中に天窓から光がまっすぐに差しこんで、ちらちらと埃が反射して見えた。
(やっぱりあそこしかないよなあ)
見上げる天窓は、女性なら何とか抜けられそうな大きさ。高さはあるが、その辺の箱なんかを積み重ねれば届きそうだ。
「ジュ――」
あそこから何とか出よう。そう提案するつもりでジュンを振り返った優はそのまま固まってしまった。
金属製の扉に向かって、両足を軽く前後に開き、腰を低く落とし、拳骨を腰だめに構えたジュンの姿が目に入ったからだ。
「ちょっ! まっ――」
「せぇ〜のぉ〜、で!」
グワァァァァン!
もの凄い打撃音とともに扉が吹っ飛ぶ。衝撃が肌に耳に痛い。
「一丁上がり」
得意そうな顔で右腕を上げてガッツポーズするジュンを、優は呆然と凝視するしかなかった。
「す――す、す」
「酢?」
「素手で殴っちゃダメー!」
パニクって優も論点がずれているが、そこを構っていられるような状態ではない。
「え、突っ込むところそこ?」
「ああもう、赤くなっちゃってる! 骨は?」
「頑丈だから大丈夫」
すかさずジュンの手を取ってみるが、殴ったあたりが赤くなっている以外はとりあえず怪我をしている様子はないので優はホッと胸をなでおろした。ジュンはそんな優を見てうれしそうに目を細める。それから扉のなくなった開口部から悠々と外へ出た。
「さて、そろそろお待ちかねの時間がやってまいりました」
「お待ちかね?」
オウム返しにした優の声に重なって複数の人間が階段の上に集まってくる声がガヤガヤと聞こえてくる。
「こっちは誘拐されたんだし、正当防衛ってヤツだと思うんだっ!」
嬉々として重心を下げ戦闘態勢に入ったジュンに、なんだか頭が痛くなってきた優だった。
正義感の強い人だと思ったけど、それだけじゃない。
けんか好きだ。
それも相当の。
「あっ! てめえら、どうやって出てきやが――った?」
階上から見下ろしてくる男の顔が驚愕に変わる。そりゃそうだろう、か弱い女の子二人を監禁していたはずなのに、閉じ込めた部屋の重たい扉がひしゃげて弾け飛び、二人がまさに逃げ出そうとしているのだから。
「何をやってんだ! 早く二人を捕まえろ!」
階段の上であの時のスーツ男が怒鳴る。チンピラ達が慌てて駆け下りてくるが――
「がっ!」
「ぐぉっ!」
次々とジュンに殴り倒され、投げ飛ばされて無力化されていく。何しろ狭い階段がやり合う場所、ひとりずつしか階段を降りて来られないのだから必然的に一対一になるのだ。
三人目が蹴り落とされて、壊れたドアの陰に隠れている優の足元に叩きつけられた時だった。
「この役立たずども! 退けェッ!」
スーツ男の怒鳴り声に振り仰ぐ。階段の降り口からスーツ男が黒光りする塊を手にこちらを狙っているのが見えた。
(拳銃!)
銃口がジュンに真っ直ぐ向いている。
途端に脳裏に蘇るのは、父、そして一平が撃たれた場面。大事な人達を目の前で傷つけられた恐怖が一気に優の頭を占める。
優は咄嗟に叫んだ。
「だめえええっ!」
パンッ!
叫ぶと同時に銃口が鋭く火を吹く。乾いた破裂音、ブワッと押し迫る火薬の匂い。
だが銃弾がジュンを傷つけることはない。優がPKで妨害したからだ。スーツ男の右手にめちゃくちゃにPKをぶつけたので銃を持った腕が跳ね上がり、銃弾はコンクリートの天井にめり込んで止まる。なおかつ男の手から拳銃が弾き飛ばされた。
が、それ以前にジュンが地面を蹴って走り出した。グンッと広いストライドで一歩を踏み出し、十段ほどの階段を三歩で駆け上がる。もしスーツ男が拳銃を落としていなかったとしても二発目の引鉄を引くことはできなかっただろう。男は一瞬で肉薄したジュンにみぞおちを抉りこまれ、地面にどう、と崩れ落ちた。駆けつけた男達はこれで全員ジュンが倒してしまった。
(すごい――人間離れしたスピードとパワーだ)
「優! こっち!」
ジュンに呼ばれて優も慌てて階段を駆け上がる。
階段の先は事務所になっていて、これまた雑然と机やパイプ椅子が置いてある。そして向かって右壁に、扉。外への出入り口だ。
「優、聞いて」
扉に向かおうとした優をジュンが止める。
「あそこから出て、この建物から充分離れたらそこで別れるよ」
「え!」
「優を巻き込んだのは私だからね、優の身の安全を確保することを優先する。
別れたらさっき渡した番号に何とか電話して、たかあきに経緯を話して助けを求めて。いいね?」
「待って、ジュンはどうするの?」
慌ててジュンの袖を引く。
「私はあのバッグを取り返さなきゃいけないんだ。だから、優を安全なところに逃がしたらここに引き返してくる」
優は開いた口がふさがらなかった。戻ってくるとか、正気の沙汰じゃない。
優はジュンに超能力者であることを知られたくないから、二人で簡単に逃げ出す手段を持っていることを隠している。けれど、ここでひとり黙って逃げ出すほどには薄情になりきれない。さすがにジュンにだけ苦労をかけてしまっていることを悪いと思っているのだ。
「ジュン、だめだよ、助けが来るまで待ってからの方がいいよ」
「めんどい」
「めんどい、って」
「待つの嫌いなんだよね。だからばーっと行ってばーっと探す」
何となくジュンの性格がわかってきた。
あれだ、今流行の脳筋って奴だ。
もしこのままジュンの言う通り別れたら――何だか嫌な予感がする。そしておそらくその予感は外れない。超能力者の勘にかけて。
とはいえ『一緒に行く』と言ったところで押し問答になるだけだろう。優は窓の外を見ながら言った。
「ジュン、ここって森の中っぽいし、近くに公衆電話とかなさそうじゃない? 先に二人で荷物を探しに行って、バッグを取り戻そうよ。スマホがあればすぐ電話できるでしょ」
「む」
その辺りは考えていなかったらしいジュンが唸る。
「ね、一緒に探しに行って、一緒に逃げよう」
「――しょうがない、わかった」
迷っている時間はない、ということだろう。




