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Hermit【改稿版】  作者: ひろたひかる
山猫は雑踏を走る
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Side優(1)

本日は2話同時投稿しております。

こちらは2話目となりますので、最新話からおいで下さった方はひとつ前のお話からどうぞ。

 昨日の一平はずっと機嫌が悪かった。電車に揺られながら優は昨日のデートを思い返していた。


 仕事で疲れていたのかもしれないし、何か嫌なことがあったのかもしれない。でも、一週間ぶりに会ったというのにずっと不機嫌なのはどうかと思う。

 話を聞こうとしてもやんわりとはぐらかすばかりで決して口を割ろうとしない一平が、優はちょっと悲しかった。


 吉祥寺で電車を降りて駅から外へ出る。目の前は大きなバスロータリー。それを横目に人通りの多い歩道を歩く。道沿いにはアイスクリームショップやスマホショップ、最新のファッションを取りそろえたショーウインドウ。どれもにぎやかで華やか、見ていて楽しい筈なのに。


「はぁ」


 小さく嘆息して空を見上げる。青く晴れ渡った空は春から夏へと移り変わる時期特有の澄んだ青色だ。雲一つない様子にひとりで取り残されたような気持ちになってくる。


(悩みとか、相談してほしいんだけどなあ――やっぱり私じゃ頼りないのかなあ)


 わかっている。もし会社での出来事ならば優には話せないだろう。でも、会社で嫌なことがあったのかどうかすらわからないのだから、優にはもやもやとした不満だけが降り積もってしまう。

 だから今日は気を紛らわせようとひとりで出かけてきたのだ。

 賑やかな通りを流してかわいい雑貨や洋服でも見て、ちょこっとだけ散財して、ケーキでも食べて帰れば少しは気も晴れるだろう。優は大きな交差点を渡り、まずは以前行ったことのある雑貨屋に行こうと細い路地を左に曲がった。


「あれ?」


 目当ての店が見当たらない。

このあたりは賑やかな商店街を中心に左右へ幾筋も細い路地が伸びていて、雑貨屋はその細い路地の一角にあった筈だ。どの路地にあったか覚えていると思っていたが、どうやら間違えたようだ。優は地図を確認するためにバッグからスマホを取り出した。


「あ、着信がある」


スマホのランプがぴかぴか点滅し、電話の着信があったことを知らせている。そういえば電車に乗っている間マナーモードにしてそのまま解除していない。

 その時ちょうどスマホがぶるぶるっと振動した。無料通話アプリにメッセージが来たのだ。立ち上げると

『おはよう、優』

と一平からのメッセージが表示されている。優はすぐに返事をしようとスマホの画面に指を滑らせたが、電話で話した方が手っ取り早いかと思い直し一平に電話をかけることにした。無料通話アプリを閉じ、通行の邪魔になってはまずいだろうと道のはじっこまで移動して――


 どしん!


 優が移動した先にあるビルから飛びだしてきた人と、思い切りぶつかってアスファルトに倒れこんでしまった。とっさにPKで支えたので怪我はない。ただ、勢いで手に持っていたバッグを取り落としてしまった。


「悪い! ごめんね!」


 ぶつかった相手の声がした。けれど優が振り向いた時には声の主は慌てたように走り去って後ろ姿が見えるだけだった。それは背の高い女性で、どこにでもありそうなグレーのパーカー、カーキ色のキュロットという印象に残りにくい服装に、肩ぐらいまで伸ばしたまっすぐな黒髪。声の感じでは若い女性だろう。


「ああ、びっくりした」


優は立ち上がって服の埃を払いバッグを拾い上げた。けれど、ふと首をひねる。


「あれ? これ、私のじゃない」


 優が持っていたのは大ぶりの青いバッグ。A四が入るくらいの大きさで、チェック柄のポケットがついている。けれどここに落ちているのは、同じような大きさのやはり青いバッグだけど、ポケットどころか何の飾りもついていない。

 ――さっきぶつかった人が間違えて持っていったんだ。

 そう思い至って慌てて手に持っていたスマホをポケットに押し込み、優は彼女を追いかけ走り出した。

 路地を出てすぐに、少し離れた先にその人を見つけた。さっきは急いでいたみたいだったけど、人通りが多くて走れなかったのだろう。優はその間を縫うようにして小走りに追いかける。

 相手の女性は混みあった商店街から別の細い路地へと足を踏み入れていた。メインの通りとは打って変わって人通りのない細い路地だ。


「あっ、あのっ!」


呼びかけた優の声に女性は振り返り、ぴりりと警戒した空気を纏う。優は手にしたバッグを掲げて見せた。


「あ、あの、バッグ、間違え、て」


 息が上がって途切れ途切れだか、差し出したバッグで相手にも意図が伝わったらしい。


「え? あっ! うわあ、ごめん! あたしが間違えたんだね!」


 追いかけてきた相手がふわふわした雰囲気の女の子だったからか、すぐに女性は警戒を解いた。自分の持っているバッグと優が持っているバッグを見比べて、申し訳なさそうにバッグを肩から下ろした。優は「いいえ」とにっこり笑ってみせる。


「ホントに申し訳ない、走らせちゃったし。お詫びしたいところなんだけど、ちょっと急いでて」

「とんでもない、気にしないでください」


 お互いにこやかにバッグを交換しようとしたその時。


「おっ、いたぞ! おい女!」


 ダミ声とともに数人の男が路地になだれ込んできて、あっという間に優と女性を取り囲んでしまった。


「――何か?」


 女性が声をかけてきた男を睨みつけた。その視線は鋭く、背筋が寒くなる。男も気圧されたのか、うっと言いよどんでいる。


「用がないなら退いてもらえる? 私も暇じゃないから」

「よっ、用があるから呼び止めたんだろうが!」


 気を取り直した男が詰め寄った。が、すぐ後ろにいた別の男に制される。

 制した男は背が高く筋肉質で、一人だけ仕立てのいいピンストライプのスーツを着ていた。いかにもチンピラ然とした男達の中でも浮いて見える。どこか気障ったらしいが胡散臭く、チンピラ達のスーツ男への態度を見るにどうやら偉い立場にありそうだということはすぐにわかった。


「最近な、この辺りでネコがうろついてんだよ」

「ネコくらいいるでしょ。いいじゃないネコの一匹や二匹」

「ああ、だがなお嬢さん。このネコが手癖の悪い奴でな。俺達の大事なゴハンを盗んでいきやがるんだよ。それも、アレだ。お高いマグロの大トロ盗って行きやがった」

「へえ、それはご愁傷様。ちゃあんと戸締まりしとかないとねえ?」

「いや、その通りだよ。だから、ネコには大トロ返してもらわなきゃ――なあっ!」


 言葉と同時にスーツ男が女性に掴みかかる。が、女性は手が届く寸前に体を捻ってそれを躱す。そのまま伸びてきた男の腕を両手でがっちりホールドすると、ブワッとその勢いを乗せてスーツ男を投げ飛ばした。


「ギャッ!」


 投げ飛ばしたその先にいた数名を巻き添えにしてスーツ男が倒れ込むと同時に、女性が優の手をとった。


「ほら、逃げるよ!」

「え、わきゃっ!」


 引かれるままに走り出そうとして――


「あっ、待ちやがれ!」


 男達の一人がそれに気づいて逆に優を引っ張った。女性に比べずっと力が強かった男の力に負け、女性を道連れにひっくり返ってしまった。


「まったく、手間をかけさせて」


 まだ痛むらしいらしい頭を片手で押さえながらスーツの男が近づいてくる。


「とりあえず連れて行け」

「二人共ですかい?」


 どうやら関係ない優も連れて行くつもりらしい。いや、ここまで巻き込まれてしまえば関係ないとは言えないが。


「ちょっと待ちなよ、こっちの子はただの通りすがりだよ!」


 女性が慌てて声を上げる。


「そういう訳にゃあ行かねぇんだよ、野良猫ちゃん。ま、運が悪かったと思って、な」


 そう軽く言われても困る。

 優に事情はわからないが、大勢のあからさまに柄の悪い男達に拉致されようとしているのだ、女性に味方するのは決して間違っていないだろう。

 腕力はないが超能力にはちょっとばかり自信のある優は、目の前の男を何とかしようとすっと精神を集中させ――


「んっ!」


 けれどすぐに集中はとぎれてしまった。いや、とぎれさせられてしまった。

 スーツ男がポケットから取り出した布で口と鼻を塞がれ、きつい匂いがしたと思った次の瞬間にはすうっと意識が暗闇に飲み込まれていってしまった。


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