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閑話・うたた寝の弊害

 ふと目が覚めた。

 体はぐったりと重く、頭もボーっとしていて、いかにも疲れが抜けていないのが自分ながらわかる。

 目を開くと見慣れた天井が見える。古川家の自分の部屋だ。そこまで考えて、一平はやっと何があったのかを思い出した。

『⒕』に拉致され、優と二人で逃げ出してきたんだった。早朝に家にたどり着き、すぐにベッドに叩き込まれて、そこから先の記憶がない。ぐっすり眠ってしまったんだろう。壁にかけてある時計は九時。カーテンを透かして光が見えるので、まだ午前中だろう。

 疲れは抜けていないが頭は覚醒してしまった。ずっと何日も寝かされていたのだからきっと寝飽きてしまったんだろうと一平は起きることにした。部屋を見回し、帰ってこられたことを実感する――が、視線を落とした時に初めてベッドサイドの異常に気がついた。

「優」

 優が寝ていた。ベッドの脇で椅子に座り、ベッドに突っ伏して静かに寝息を立てている。

 いつから寝ているんだろう。一平はそっと優の肩を揺さぶってみた。それでも優は起きない。

「優」

 もう一度呼んでみたが、やっぱり起きない。

 どうしようかと考えて、一平はそっとベッドから起きだした。少しフラフラするが、大したことはない。背中や腰が固まっているのを軽く動かしてほぐし、優を起こさないようにそっと抱き上げた。それから今まで自分が寝ていたベッドに優を横たえる。優の部屋まで連れて行くことも考えたが、自分自身が本調子でないことがわかるので、優の部屋まで落とさず抱いていけそうにない気がしたのだ。

 ベッドに寝かせても優は少し身じろぎしただけで一向に目を覚ます気配はない。

「疲れてたんだよな」

 よく考えたら一平はずっと寝かされていたが、優はまる一晩徹夜しているわけだ。それはうたたねもしてしまうだろう。心配して様子を見に来てそのまま寝てしまったのだろうか。昨夜気持ちが通じ合ったばかりの大事な女の子の寝顔を眺める。

 安心しきった表情で寝顔は穏やかだ。長いまつげや、少し赤みのさしている頬、桃色の唇。昨夜、星空の下で交わした口づけを思い出してしまい、一平は心中が全く穏やかでない。

 抱きしめた時想像以上に細かったウエストに驚いたことや、押し付けられた体の温度にじんわりとした充足感を覚えたことを思い出してしまう。今、二人っきりの部屋の中で、目の前で優がベッドに横たわっているという事実に、一平の中の天使と悪魔がせめぎあう。

 そのせめぎあいの中、優の顔に一筋髪がかかっているのに気がついて、一平は手を伸ばしてそっとその髪をどけた。だが、頬に触ったのが気になったのか、優が顔の前でぐるりと払うような動きをして、一平の手とぶつかった。そのまま優の手は一平の手を取り、ちょうどぬいぐるみでも抱っこするように自分の懐へ引き寄せて、一平の腕をぎゅっと抱きしめた。

「んー……」

 優は気持ちよさそうにすやすや寝ているが、一平はたまったものではない。心拍数も体温も急に上がり、頭から湯気を噴きそうだ。

(やべ、触ってる、触ってますよ!)

 一平の二の腕が優の胸のふくらみに触れる位置に来てしまっている。

(いやこれ不可抗力だって言ってもまずいだろ、今優が起きたら俺完全に変態扱いされるぞ、あ、あと、夏世とか蘇芳とかに見られたらますます変態扱いされるぞ、こりゃどうすべきか、そっと腕を抜かなきゃだけど優がぎゅっと握りしめてるし、第一役得だしもうちょっと触って――いやいやいや、そうじゃなくて!)

 一平が血の上り切った頭で焦っている間に、うっすらと優の目が開いたもんだからたまらない。

「うわ、わわわわっ!」

 一平は取り乱してテレポートでその場から消えた。ひとり残された優はぼんやりと目を開けていたが、そのまますっと瞼が降りて眠ってしまう。

 廊下の方からは、どすん! と何かが落ちる音と、がたん! と何かが倒れる音が同時に響いた。どうやら一平がテレポートした先はドアのすぐ外の廊下らしく、置いてあった家具にぶつかって倒してしまったようだ。


「おい一平、何やってるんだ」

 物音を聞きつけた蘇芳と夏世が上がってきた。

「あ、ええと――うん、目が覚めたからシャワー浴びたいなと」

「シャワー?」

 蘇芳は、一平がどうやらテレポートに失敗したらしいことは何となく読み取れたが、理由まではわからず一平がいたはずの部屋へ目を向けた。

「――」

 それから、無言で一平を振り返る。座った目でじとっと一平を見やる。

「一平――おまえ」

「ちっ、違う! 誤解だ!」

「何? 何がどうしたの」

 夏世が不思議そうに話しに加わってくる。蘇芳が一平から目を離さずに返事をする。

「優ちゃんが一平のベッドで寝てる」

「えええええっ! どういういこと?」

「だ、だから誤解だって! 俺、今目が覚めたばっかりだし! 起きたら優がいて、寝てて、座ってて、だから、ちゃんと寝かせてやろうと」

 しーん。

 嵐のようなパニックの後に、重たい沈黙があたりを支配する。

「――」

「――」

「――ぷっ、くくく」

 沈黙に耐えられず笑いだしたのは蘇芳だ。おまけにちょっと涙目だ。

 いつもはやさしいオニイサマもたまにこうして義弟をからかって遊ぶこともあるのだ。

「夏世、優ちゃんを起こしてちゃんと自分のベッドで寝ろって言ってあげて。一平も、もうしばらくはベッドで横になった方がいいだろうから」

「ねえ、ねえ、どういうこと?」

「だから多分、一平が寝てるところに優ちゃんがお見舞いに行って、そのまま寝ちゃっただけだよ」

「なぁんだ。つまんない」

 そう言うと夏世はおとなしく一平の部屋へ入っていった。夏世が優を起こす声が聞こえる。

 二人にからかわれて一平が一気にがっくり来てしまった。所詮、この二人に一平は勝てないのだ。

「――俺、本当にシャワー浴びてくる」

「無理するなよ――ああ、ところでな、一平」

「あん?」

「いつから優ちゃんのこと呼び捨てにするような関係になったんだ?」

 がたん!

 バスルームに向かって歩き始めた一平が、さっき倒した棚につまずいて転んだ。

 蘇芳は笑いをこらえるので必死のようだった。


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