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夏世の憂鬱②

 すぐに返事があるかと思ったが、一晩たっても着信音は鳴らなかった。

(怒ってるんだ、きっと。恋人が他の人とお見合いするなんて、怒って当然だよね)

 夏世の気分は最悪だった。蘇芳に嫌われてしまったのではないかという恐れと、父や兄の相変わらずの冷たい態度に、昔の牢獄のように感じていた生活がオーバーラップして、自分を保つので精一杯という状態だった。送信したメッセージに既読がついているあたりがさらに不安をあおる。

「何か召し上がりませんと」

 まったく食欲がわかない夏世にさとがコーヒーとサンドイッチを持ってきてくれた。夏世の好きなツナサンドだ。

「食べたくないの」

 夏世はベッドに突っ伏したまま答える。さとがサンドイッチのトレイをそっと机に置いた。

「お見合いがよっぽどお嫌なんですねえ」

「――」

「誰かほかにいい人がいらっしゃるんですね?」

 ぴくりと肩が反応してしまう。いい人――恋人、その顔を思い出して。夏世はベッドの上で体を起こした。

「お父さんにはちゃんと言ったの、好きな人がいるって。でもお父さん、相変わらず話を聞いてくれない。ただ頭ごなしに見合いしろ、その男とは別れろって命令してくるだけで。それに彼も――お見合いのこと連絡したけど、それっきり返事もくれなくて」

 言葉にしたらますます不安がつのってきた。

 もしもあの暖かい腕から離れなければならなくなったら? もしももう顔も見たくないと思われているとしたら? そこにあるのは奈落へ通じる真黒な穴。自分にとって一番大切な人、家族のように思っている人たち、そのすべてを失ってしまう。

 ここにきて夏世は自分が蘇芳や一平に依存していることに気づかされてしまった。だから尚更、怖い。

 けれど無情にもサイドテーブルの上のスマホは相変わらず沈黙したままだ。

「大丈夫、きっと大丈夫ですよお嬢様」

 さとが夏世の隣に腰かけた。

「もしお嬢様が逆の立場だったら。その人がどうしても顔を出さなきゃならないお見合いに行くって聞いたら、その人を嫌いになりますか?」

「ううん――ううん、絶対にない」

「なら大丈夫。お相手の方には何かお返事できない理由がおありなんですよ。そう信じて待つ。信じることで力が湧いてくることってありません? きっと今がその時です」

「さとさん……」

 さとがコーヒーのカップを夏世に手渡した。まだ熱いそれを一口含む。少しだけ頭がすっきりした気がする。

「そうね、そうだよね。ありがとうさとさん。私、蘇芳を信じる」

「すおうさん――とおっしゃるんですか? お嬢様のいい人は」

「うん。でも『お嬢様』はやめてってば」

「あらあら、そうでした」

 ほほほ、とさとが笑う。

「さ、腹が減っては戦はできぬ、ですよ。ちょっとだけでも召し上がれ」

「うん。いただきます」

 さとが作ってくれたサンドイッチを夏世はぱくりとほおばった。

 昔よく作ってくれた、懐かしい味がした。



 自宅に美容師が呼ばれ、メイクも髪もばっちり、そして着付けもしてもらう。

 髪はまとめ上げて花簪で飾ってある。父のあつらえた着物は淡い紫の手描き友禅、それに見事な金糸の刺繍が施された袋帯。

 実をいうと、夏世はこの着物を一目見てとても気に入ってしまった。どうしてあの父が自分の好みを知っているのだろうと首をかしげるほどだ。

 ひとつだけ残念なのは、この着物を蘇芳のために着るわけではないということか。

 昼前に車に乗せられ、夏世は父と一緒に見合い会場となるホテルへ向かった。車内でも夏世と父は無言だった。何を話していいかわからない。父は父でノートパソコンを持参しており、何やらずっと作業をしている。こんな時まで仕事なのか、と落胆の気持ちがじわりと広がった。

 到着した先では、ホテルの敷地内にある離れの日本建築へ案内された。広い和室からは計算されて整えられた庭園がよく見える。夏世としてはそれを楽しむ精神的余裕はないが。


 上品なしつらえの和室で座卓を囲んで夏世の父と相手の両親は機嫌よく談笑している。一方、夏世の向かいには見合い相手の男・槙尾浩市が座っている。写真で見た通りのぎらぎらした雰囲気の男だ。筋肉質の体をぴたっとしたダークスーツで包み、くせのある剛毛を整髪料でかっちりとなでつけている。きつい印象を受ける目は無遠慮に夏世を品定めしているように見えて、はっきりいって居心地悪いことこの上ない。夏世はただひたすら「早く終わらないかなあ」と頭の中で呟き続けていた。

 早く古川の家に戻りたい。蘇芳や一平や優の顔を見て安心したい。

 床の間に活けられたオレンジ色の花ですら色あせて見える。


 親同士の話がひと段落したところで、夏世の父が浩市に話しかけた。

「それでどうだね浩市くん。うちの娘は」

 自分に話が向いたことに気がついて夏世ははっと我に返った。向かいの浩市がにやっと笑って父の問いに答える。

「美人ですね、光栄です」

 その視線は相変わらず夏世を嘗め回すように目を離さない。正直、気持ち悪い。が、直後の父の言葉に夏世は目をむくことになる。

「気に入ってもらえたかな。それでは結納の話だが」

「え?」

 なんと突然の急展開だ。

 普通お見合いといえば「では若い二人で」とかいって浩市と夏世の二人きりにされるものではないのか。大体、夏世と浩市は最初にあいさつしたきりろくに口をきいてもいない。

 それが、結納? どういうことだ。

「待ってお父さん、今日はお見合いなんでしょ? なんで結納の話になるの」

「もう決まっている話だ。今更四の五の言うな」

「な――!」

 何を言われているのか理解できないししたくない。

「夏世、おまえは浩市くんと結婚する、それが一番幸せなんだ。わからないか」

「わかるわけないでしょ!」

 ふつふつと怒りが湧いてくる。

 ここまで馬鹿にされているとは思わなかった。しおらしい気持ちでこの人の言うことを聞いてやろうなどと思うなんて、自分が愚かだったんだろうか。

 要するに見合いなどではなく既に決まった結婚のための顔合わせ。このまま結納までする予定だったから、わざわざ手描き友禅なんて立派なものを誂えておいたのだろうか。そう考えたら夏世は悲しくなってきた。父にとって「落伍者」な自分は所詮ただの駒に過ぎなかったのだ。史孝が言っているように会社の役に立てるため、理由はそれだけなのだ。

「私、帰る」

 バッグを引き寄せ腰を浮かした。夏世の中は怒りとか悲しみでぐちゃぐちゃだ。有り体に言ってブチ切れている。いつもなら父に委縮して何も言えなくなる場面なのに、もう歯止めが利かない。

「浩市さんには悪いけど、お父さんの顔を立てるためだけにここに来たのよ。この話を受ける気なんかないわ。私に何も言わずに勝手にここまで話を進めて、馬鹿にするのもいい加減にしてちょうだい」

「夏世!」

「槙尾さんには申し訳ないと思うわ。でも、こんなふうに全部決まってるなんて聞いてなかったんだからしょうがないじゃない」

「夏世! いい加減にしろ!」

「お父さんは何でも勝手に決めちゃうのよ。昔と全然変わってない。私は井原夏世っていう一個人であって、お父さんの所有物じゃない。どうしてこんな形で結婚して私が幸せになるなんて決めつけるの? 私にとって何が幸せかはお父さんに決めてもらう必要はないの。ちゃんと自分で決められるわ」

 それから槙尾親子に振り向いた。

「槙尾さん、申し訳ありません。今回のお話、こんな事情ですのでなかったことにしてください。私には、ほかにお付き合いしている男性がいます」

「まあ、んまあ! なんてことでしょう――井原さん、どういうことですの」

 槙尾夫人が目をつりあげて夏世と父をにらみつけた。にらみつけられた父も顔を真っ赤にして目をつりあげている。

「夏世、お前というやつはどこまで俺の顔に泥を塗れば――」

 父が夏世に向かって立ち上がった。


 コンコンコンコン。


 その時部屋の扉がノックされて、誰何する間もなくふすまが開かれた。全員が一斉にそちらを振り向く。

「お話し中に失礼します」

 淡いグレーの上品なスーツ。面差しは恐ろしく整っていて、きれいな青い瞳とプラチナブロンドがけむるように輝く。

 そこにいたのは蘇芳だった。

 蘇芳は室内の全員が呆気にとられる中すたすたと部屋に入り、夏世に近づいた。

「す、蘇芳?」

「夏世、迎えに来たよ」

「どうして――」

 顔を見た途端にガチガチに張りつめていた心からすっと力が抜けた。顔を見ただけでこんなに安心できる人、そんな人は蘇芳しかいない。夏世は鼻の奥がツンと痛くなった。目頭も熱い。

「嫌われちゃったかと思った」

「まさか。僕が夏世を嫌いになるわけないでしょ」

「だって、全然返事くれないし」

「ごめんね、いろいろあって返事できなかったんだ。不安にさせちゃったね」

「ううん、もういいの」

 そういって夏世はうれしそうに微笑んだ。

「誰だ、おまえは!」

 やっと気を取り直したのか父が怒りだした。夏世がびくっと肩を震わせるのを蘇芳がかばうように前に出た。

「夏世さんのお父さんですね。僕は古川といいます。お嬢さんとお付き合いさせていただいています」

 蘇芳が丁寧に頭を下げたが、夏世の父は蘇芳をぎろりとにらんだ。

「どこの馬の骨だか知らんが、娘をやるわけにはいかん」

「やめてお父さん!」

「夏世は浩市くんに嫁ぐことに決まっている。君は知らんだろうが、浩市くんはアレクシス・ジャパンの御曹司だ。資産も家柄も文句のつけようがない。

 それ以上のものを夏世に与えられなければ話にならん。出ていけ」

 それを聞いた蘇芳は驚いた顔で夏世に振り向く。

「なんだ、僕のこと話さなかったの?」

「だって、蘇芳には蘇芳の考えがあってやってることなんだから、私がむやみに話すわけには」

「こういう時はいいんだよ」

 そう言って夏世の父に向き直った。

「どうしてもそれなりの肩書が必要だとおっしゃるなら、改めて自己紹介します。僕は古川蘇芳といいます。現在は昴グループの会長を務めさせてもらっています」

「――昴? 古川?」

 おそらく蘇芳の言っていることと、あの「昴グループ」が父の頭の中で結びつかないのだろう。少しの間怪訝な顔をしていたが、やがてゆるゆると理解が及んだらしく、瞳に驚愕の色が浮かんでくる。

 だが、まだ認められないらしい。

「い、いい加減なことを言っちゃいかん。君が本当に、その、昴グループの会長だという証拠はあるのかね」

「お望みなら証明しましょう」

 穏やかないつもの表情のままそう応じ、蘇芳はスーツのポケットからスマホを取り出して通話し始めた。

「ああ、僕だ。ちょっとこっちに来てくれ」

 それだけ言って通話を切り「少しお待ちください」と室内の全員に告げた。

 二分と経たないうちに再びノックの音がして、スーツ姿の男性がひとり現れる。入ってきたのは番匠だった。

「失礼いたします――お呼びでしょうか」

「悪いね番匠。僕が会長だということを、君なら証明してくれると思って」

「左様でございますか」

 父も、槙尾氏も、番匠の顔はよく知っている。昴グループの系列会社ではないが、どちらの会社も昴グループとは取引がある会社なのだ。

 昴グループは会長が顔を出したがらないため、外部との接触は会長代理の金城老人がやっている。番匠はその金城老人にいつも付き従ってくる秘書なので、二人とも面識がある。ただ、番匠は本当は金城老人ではなく、会長その人の秘書だと聞いたことがある。

「ば、番匠くん」

「井原社長、槙尾社長、ご無沙汰しております。古川は確かに私どもの会長でございます。何か問題がございましたでしょうか」

「い、いや、問題なんてとんでもない――」

 槙尾社長が口ごもる。

 昴グループは、ひとつの会社ではない。いくつもの会社を傘下に置く巨大な企業集合体だ。今や日本の経済に大きな影響を及ぼすといっても過言ではない。その会長ともなれば、はっきり言っていち企業の社長とでは格が違う。

「槙尾さん」

 蘇芳が声をかけた。

「は、はい」

「せっかくの縁談を台無しにしてしまって申し訳ありません。後日改めてお詫びさせていただきます」

「と、とんでもない」

「いつも顔を出さず申し訳ありません。なにしろこんな若輩者ですから、皆さんを動揺させてしまうのではと思いまして」

「そんなことは」

 これは父も槙尾も本心から同意見だ。実際、前会長であった蘇芳の父が他界してから、昴グループは発展こそすれ経営状態が悪化したという噂はみじんも聞かない。この何年かで、顔を出さない会長の手腕は評判になっていた。

 それがこんな青年だったとは。

「井原さん」

 蘇芳が頭を下げた。

「改めてお嬢さんとのおつきあいに許可をいただきたいのです。よろしくお願いいたします」

 父が呆然と蘇芳を見ている。それから視線を夏世に向ける。

「お父さん……」

「――勝手にしろ」

 無表情にそれだけ言うと、父は部屋から出て行ってしまった。


 離れから本館へ戻り、夏世、蘇芳、番匠の三人で地下駐車場へと向かった。

 地下へ向かうエレベーターの中、夏世はぽつりと言った。

「ごめんなさい。私のために正体を明かす羽目に」

「正体って、特撮ヒーローじゃないんだから」

「もう! 真面目に謝ってるのに」

「ごめんごめん、でも相手はそもそも夏世のお父さんじゃないか。話して当然だろう?」

 いいのかな、と思いつつも夏世は正直うれしかった。迎えに来てくれたことも、父相手にはっきりと交際を申し込んでくれたことも、もちろんお見合いをぶち壊してくれたことも。そして何よりも蘇芳に嫌われたかも、という不安が笑い話になってしまったことが。

 だから、その話題を軽く話せる。

「でも、本当に嫌われちゃったかと思って眠れなかったのよ? あんな連絡するんじゃなかったって後悔してたんだから」

「でもその連絡が来なかったら僕は夏世を迎えに来られなかったよ」

「う、それはそうなんだけど」

「大体、僕が夏世を嫌うわけないじゃないか。さっきも言っただろ? 第一僕は夏世のこと信頼してるし」

 甘ったるい視線を絡ませて蘇芳がささやく。が、それと同時に今まで風景に溶け込むくらい気配を絶っていた番匠が思い切り吹き出した。

「番匠さん?」

「い、いや――くくっ、夏世ちゃん、メッセージ貰った時の蘇芳の様子を見せてあげたかったよ」

「拓海っ!」

「朝からイマイチ仕事乗り気じゃなかったのにさ、メッセージ貰ったとたんに目の色が変わって『番匠、ローズヤード化粧品とアレクシス・ジャパンの資料を十分以内にそろえてくれ』ってさ」

 番匠の蘇芳モノマネが意外と似ていて吹き出しそうになる。

「んでそれからその日予定していた仕事は全部キャンセルして、見合い相手の浩市ってやつのことを調べさせられたり見合い会場探させられたり」

「たーくーみー!」

 蘇芳の顔が赤い。つまり、夏世のメッセージを見てから蘇芳はお見合いのことで頭がいっぱいになって、いろいろ画策していて忙しく、夏世のメッセージを既読スルーしていることにすら気がついていなかったらしい。

 きまり悪そうにそっぽを向いてしまった蘇芳に、番匠は車のキーを投げてよこした。蘇芳がすかさずそれをキャッチする。

「俺はこのまま帰るから、おまえ夏世ちゃん連れて帰れよ。せっかくだしデートでもしてけばいいじゃん。今日の仕事は明日詰め込んでやるからさ」

 丁度その時エレベーターが地下駐車場フロアへ到着した。

「そうさせてもらうよ。ありがとう、拓海」

 番匠がにっこり笑って手を振っている前をエレベーターのドアが静かに閉まっていく。

 薄暗い駐車場には高級車が並んで停めてあり、その中に見知った蘇芳の車があった。夏世はそのまま数歩歩き出したが、蘇芳がそのままエレベーターの前で立ち止まっていることに気がついて足を止める。

「ど、どうしたの」

「うーん……くやしいなあ」

「え?」

「だってすごくきれいで似合ってるから。それ、他の男とのお見合いのために着たんだと思うとちょっと、ね」

 そう言いながら歩み寄ってきた蘇芳に抱きしめられた。夏世も蘇芳に体重を預ける。さっきまでの不安も怒りもすっかり溶けて消えてしまった。甘い安堵で胸がいっぱいだ。

 そのまましばらく二人で抱き合い、どちらからともなく唇を重ねた。

「夏世、ロビーに戻ってお茶でもしていこうよ」

「うん、いいね」

「きれいな夏世を見せびらかしたい」

「もう! すぐそういうこと言うんだから!」


 翌週、出社した蘇芳を待っていた番匠は、朝一番で手渡す資料と一緒に一冊の雑誌を手渡した。

 いわゆる写真週刊誌、ゴシップ満載の雑誌だ。

「何、これ」

「付箋貼ったところをご覧ください」

 言われた通り黄色い付箋のついたページを開いた蘇芳は少なからず驚いた。

 あのお見合いの日、ホテルのロビーで仲良く並んで歩いている蘇芳と夏世の写真が大きく載っているのだ。

『昴グループ会長、社長令嬢を見合い会場から略奪』『隠された美貌の会長、その素顔』などと刺激的な煽り文句が紙面に踊っている。

「これは――すごいね」

 驚いたらいいのか呆れたらいいのか笑ったらいいのか。蘇芳が反応に困っていると番匠が付け足した。

「これから発売予定の号です。調べましたところ、どうやら写真を撮ってこの雑誌に売り込んだ人間がいたようです。編集部でも言葉を濁していましたが、どうやら槙尾浩市氏ではないかと」

「なるほどね。親の方は納得しても、見合いした本人は気が収まらないんだろうな」

「いかがいたしましょうか。発売を差し止めさせますか」

 記事を読むと、見合い自体はとてもいい雰囲気で進んでいたのに、見合い会場に蘇芳が乗り込んできて嫌がる夏世を無理やり権力を振りかざして連れ去ったような、かなり歪曲した内容になっている。

「――もういいかなあ」

「差し止めしなくていいんですか? かなり酷い内容だと思いますが」

「あ、いや、そうじゃなくて――そろそろ顔を出す潮時かとは思ってたんだ、タイミングがつかめなかっただけで」

「本気ですか?」

「うん」

 そういって蘇芳は座っていた椅子をくるりと回し、窓の外を見た。何もかも透明になってしまいそうな、きれいな青空だった。

「あ、でもこの記事の内容はちょっとね」

「――かしこまりました」


 数日後発売されたこの雑誌には『秘められた若き美貌の会長』『社長令嬢と熱愛』と方向性をちょっと変えた記事が掲載された。そして元記事には明かされていなかった蘇芳のプロフィールや、蘇芳と夏世が長年交際していることなどまで書かれている。

「ここまでバラしちゃう?」

 嫌そうな顔で蘇芳がぼやく。手を回して内容を修正させた番匠はニヤリと笑った。

「ま、いいじゃねえか。おまえ、顔出したら絶対縁談が雪崩みたいに来るんだから。牽制牽制」

 と言いながら、今回の雑誌の対応に走り回らされたことへのちょっとした嫌がらせだということは胸の奥にしまっておこうと思う番匠だった。


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