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夜の屋上①

 学校から古川家に戻ってきた時、優はそれまで抑えていた気持ちが堰を切って溢れ出してしまった。南美と再会できた喜び、ずっと音信不通で心配をかけた申し訳なさ、それから南美を危険な目にあわせたこと、自分の能力を晒して怖い思いをさせてしまったこと――そんな思いが古川家に戻って気がゆるみ、一息に出てしまったのだろう。

 でも一平の目の前で泣いてしまったら、せっかく学校へ連れて行ってくれたのに申し訳ない。だからひとこと「ありがとう」と告げて自室へ駆けもどってしまった。

 途中すれちがった夏世が驚いて声をかけてきたが、構わず部屋へ戻った。それからベッドの横にへたり込むように座り、ベッドに突っ伏して少しだけ泣いた。

(南美――せっかく会えたのに)

 あの時の驚いたような怯えたような南美の表情、あれだけで充分堪えた。今の優には南美に会いに行く勇気はない。もしもう一度拒絶されたら心が折れてしまいそうな気がする。

(やっぱり私は隠れていなくちゃいけないのかな。これから先、ずっと)

 では隠れているのが嫌ならどうする? 組織と事を交えるのか? ひとりで?

 本当にそうするとしたって、いったいどこから手をつけていいのかもわからない。

 まるで濃い霧の中にいるような不安が優の中を渦巻いている。

 でも、とりあえず今やらなければいけないことはわかっている。自分のことにかまけている場合じゃない。

「今は、南美の安全を確保しないと」

 優は涙でシミのできてしまったベッドカバーから顔を起こし、腫れぼったい目をごしごしこすった。それからもう一度目を閉じて集中を図り、南美の自宅付近へと意識を飛ばしていった。


 夕食も食べられる気がしなかった。食事のわずかな時間でも南美に何かあったらと思うと怖かったのだ。優はずっと必死に彼女の周りを警戒して透視していた。

 けれどさすがに集中力も限界をとっくに過ぎていて、おまけに食事も摂っていない状態では透視の精度もガタ落ちだ。

 時計を見ると時間はもう夜の十時近い。戻ってきたのが夕方の日が落ちる寸前だから、ずいぶん長いこと透視を続けていたことになる。今まで何の気配も南美の周辺にはなかったのだから、少しだけ休憩しようか。でも万が一ということもあるし――

 どうしようか考えていた時だった。

 コンコンコン。

 優の部屋の扉をノックする音が聞こえた。一平が来たのだ。


 一平と一緒に夜食を食べて話したことで、少し落ち着くことができた。ただ、一平が優を学校へ連れ出したことを申し訳なく思っていたのは想定外だったけど。

 蘇芳が南美のガードを請け負ってくれたことは申し訳ないと思いつつもありがたい。実際かなり疲れていたので休まないといけないとは考えていたので、思い切ってお願いすることにした。

(一平さんは真面目な人だなあ)

 再びひとりになった部屋の中、ベッドに横たわって優はぼんやりと一平のことを考えていた。夏世も蘇芳もそうだが、いい人すぎる。見ず知らずの自分をここまで面倒を見てくれて、信じてくれて。一平に拾われたことは本当に幸運としかいえない。

 甘えすぎるのはだめだけど、今夜はお言葉に甘えさせてもらおう。

 とりあえずまだパジャマに着替えていないので、億劫だけど起き上がらなくちゃ。横になると自分が疲れていることがよくわかる。

 そうだ、廊下ですれ違った夏世さんにも心配させちゃっただろうから明日謝らなきゃ。

 そう考えながら何気なくもう一度南美の様子を伺って――

 異変に気がついた。


 南美がいる部屋、そこからそう離れていないところに異質な気配を感じる。そんな気配は一平と夜食を食べる前にはなかったはずだ。気配のする方に探知の網を伸ばしてみると、南美の住むマンション、その屋上が出処だった。

(男の人――蘇芳さんが手配してくれた人? でも、この感じって……わかる。私と同じように能力を持ってる人、だ)

 百歩譲って蘇芳の配下に能力者がいるのかもしれない。その可能性も考えるけれど、それにしてはいやな雰囲気を纏っている。これは優の勘だけれど。

 その時だった。透視して脳裏に映っている男がふと顔を上げてこっちを見た。

「!」

 バレている。優が透視していることが。驚きと恐怖に心臓が嫌な音を立てる。

 男はこっちを見たままニヤリと意味ありげに嗤い、それから視線を下に落とした。男の真下には――南美の部屋。

 とっさに優はテレポートしていた。


「よお、遅かったじゃんか。P7」

 背の高い痩せた男がマンションの屋上で鉄柵にもたれかかっている。白いジーンズにえんじ色のアロハシャツなんて目立つファッションで、とても組織の刺客とは思えない。けれど男は優を「P7」と呼んだ。それが男の立ち位置を雄弁に物語っている。

「――」

「なんだ、だんまりかよ。かわいい顔が台無しだぜ?」

「組織の人、ね」

「そんな怖い声出しなさんなって。アンタがおとなしく俺についてきてくれりゃあ、大事なオトモダチにゃ何もしねえよ」

 男はニヤニヤ笑いを顔に貼りつけたまま、履いているデッキシューズで床をトントン、と踏みつけてみせた。ワンフロア真下には南美が寝ているあたりだ。

 男のニヤニヤ顔が癪に触る。自分の優位を微塵も疑っていない顔。

 ただの勘だけれど、この男も能力者だ。さっき部屋で南美を透視した時に感じた異質な感じ、あれが能力者を現しているんだろうか。けれど一平や蘇芳、夏世はあんな気配は感じない。何というかもっと透明な感じ。

 対してこの男は濁った気配に思える。この濁りは悪意とか害意とか、そういったものなんだろう。

 その濁った男に南美をおさえられていることがたまらなく不愉快だ。

「あの子に何かしたら許さない」

「アンタに選択権はないんだよな、あいにく。そもそも俺がひとりでここに来てると思うか?」

 男の言葉はハッタリだと優にはわかっている。最初に男の存在を見つけたときも今も、他と違う気配はひとり分だけだ。それにもしバリアシステムを使っている人間が他にいるのならシステムの効果範囲内は優には感知できない「何もない」空間があるはずだ。

 だが組織の人間は優の能力を知っているのに、優はこの男の能力を知らない。それは優にとって大きなディスアドバンテージだ。

 ここにきて優は一平たちに一言も残さず飛んできてしまったことを後悔し始めていた。

 あのやさしい人たちを巻き込みたくないと思っているが、自分だけでなく南美の身の安全がかかっているのだ。せめて南美のことだけでも頼んでくればよかった。もっともそんな余裕はなかったが。

「ま、そんなわけで一緒に来てもらうよ、P7。どうやらあんたは貴重なケースらしいしな」

「貴重?」

「そう、あんた、薬飲んでないんだろ?」

「薬って、あの――っあ!」

 男の言葉を疑問に思った瞬間だった。

 急に頭の奥がぐらりと揺れたかと思うと、優は膝から崩れ落ちてしまった。まるで無理矢理脳をかき回されたような不快感が襲ってくる。

「ちょーっとしゃべりすぎたか。ま、おとなしくしてな」

「う……う」

「結構気持ち悪いんだってなあ、それ。俺は仕掛ける方だからわかんないけど」

 倒れ込んだ優を覗き込むようにしゃがんで男が軽薄そうにけらけらと笑う。

 今のは何だろう、この男の能力だろうか。優は回らない頭で必死に考える。脳を掻き回されるあの感覚は、ダイレクトに脳に攻撃を受けたような感じがする。

 だとしたら、この男の能力は――

「あなたの――能力……PK?」

「すげえな、これだけでわかるのか。おまけにそんな脳味噌揺さぶられた状態で。さすがは池田博士の娘ってか?」

 総一郎の名前を出されて、あの時の光景が蘇る。胸を真っ赤に染めながらか細く微笑んだ父の顔。優の心に怒りが湧きあがり、男をギッと睨みつけた。

「ふうん。元は普通の学生だっつーからあんまり期待してなかったけど、いい顔できんじゃん」

 ざらりと硬い指先が優の顎を上に持ち上げる。

「親父さんが撃たれたのがそんなに悔しいか。なるほどなあ。

 そうだ。ついでだから下にいるオトモダチ、その子のことあんたの目の前でグチャグチャにしたらもーっといい顔になるんじゃね?」


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