9.蘇芳の決心
「蘇芳!」
登校したら、待ち構えていたように拓海がすっ飛んできた。拓海と友達になったとはいえ、まだ友達の存在に慣れていない蘇芳はびくっと固まってしまった。
「お、おはよう、拓海」
「昨日はどうしたんだよ、登校するなり帰っちゃってさ。先生には具合が悪くなって帰ったって言っといたけどさ」
「そうなの? ありがとう、助かるよ」
昨日の朝、一平の家族についての新聞記事を見て学校から飛び出し、すったもんだの末に強盗の犯人を害そうとした一平を止めたり慰めたりして1日を過ごしてしまった。さすがに夜は家に帰ったが、今日も学校が終わったら一平のお見舞いにいくつもりだ。身寄りのない一平はかなり不安定で、昨日病院から帰る時は寂しそうな笑顔で手を振っていた。
あんな顔をされてはますます心配になってしまう。
「で? 何かあったのか?」
「うん――実は」
拓海に話していいことなのかどうなのか。ちょっと考えて、当たり障りのない事情を話すことにした。
「その、昨日見てたあの事件なんだけど」
「あの一家惨殺! ってやつか」
「うん。生き残った子がいるだろ、実はあの子とは知り合いで。それでびっくりして」
「え! そうなんだ。そりゃびっくりだよな。親戚か何か?」
「じゃなくて、友達っていうか――」
友達、なのかな。一平と自分との関係をどう捉えていいのかちょっと考えるが、まあ友達でも合ってるだろうなと自分の言葉を肯定することにした。
「へえ、友達――あれ? あのさ、まさかと思うけど例のプラモの」
「うん、実はそうなんだよ。あの飛行機をあげる相手」
「まじか――」
拓海が絶句している。
「大変だったんだな。で、その子には会えたのか?」
「会えたよ。詳しいことは話せないけど、今は入院してる」
「そっかぁ……うちの弟と同じ、小2だっけ。かわいそうになあ」
二人でしんみりと黙ってしまう。
「じゃあさ、その子が親戚とかに引き取られるまで力になってやれよな。俺も手伝えることがあったら手伝うよ。同い年の弟がいる身としてはやっぱり、な」
「そのつもりだよ。何かあったら――頼っていいかな?」
「おう。頼れ頼れ」
にかっと笑う拓海の笑顔が頼もしい。蘇芳としてはかなり意を決しての言葉だったのだが、拓海はそれをさらりと受け止めてしまった。すごいな、とシンプルに思う。
「拓海はいいヤツだなあ」
「へ?!」
「あの時思い切って声を掛けてよかったよ」
「やめ! やめろ! ハズい!」
思いっきり拓海が動揺している。挙動不審になっているのをぽかんと見ていたが、なんだか
おかしくなってきて蘇芳は肩をふるわせて笑ってしまった。
「ふふ……拓海と知り合えてよかったよ」
「だからハズいからやめろって。照れるじゃん」
わいわい話しているうちにホームルームが始まり、担任の教師が連絡事項を話し始めた。話を聞きながら蘇芳は一平のことを考えていた。
そうだ、拓海の言うとおり、せめて一平が引き取られるまで一緒にいよう。できるだけ寄り添っていてやりたい。なんだかんだ言って、蘇芳は一平のことが好きなのだ。
精神的に不安定な一平が、昨日は蘇芳が来た後にかなり落ち着いたこともあり、病院側も蘇芳を通してくれることにしたようだ。この日はスムーズに病室へ向かうことが出来た。
「あ! 蘇芳のにーちゃん」
蘇芳が病室に顔を出すと、一平がにこりと笑った。
「具合はどう? はい、おみやげ」
「わ、チョコケーキだ! ありがとう!」
箱の中を覗いて嬉しそうな声を上げている。どうやら一平は甘いものがお好みのようだ。部屋にあった皿にケーキを載せてフォークを添えてやると、動かせる右手でフォークを握ってうれしそうに食べ始めた。左手はまだギプスでがちがちだ。
「にーちゃんはもう学校始まったの?」
「うん。今日から授業だよ」
「そっかあ。学校終わってから来てくれたんだねえ」
「できるだけ顔を出すようにするよ。一平がいやじゃなければ」
「え! 来てくれるの! いやなわけないじゃん!」
「そっか」
自分でもこの子にこれほど肩入れするとは思わなかった。同じ超能力者同士だからなのか、同じ天涯孤独だからなのか。蘇芳にはどうしても一平のことを放っておけないと感じていた。だからせめて一平が退院して引き取られていく間だけでも、彼の心の拠り所になれればいい。蘇芳はそう考えていた。
面会時間のぎりぎりまで一平と一緒にいた。精神的な疲れか、ちょっとはしゃいですぐに疲れて眠ってしまう一平の横で学校の課題をしたりして過ごす。眠っている間にうなされたりするが、蘇芳が名前を呼んで頭をなでてやると落ち着くようだった。
この病院の個室でひとりで大丈夫だろうか。怖い夢を見てうなされて起きても、そばに誰もいないのは心配だ。
そうして何日か病院へ通っていたある日、蘇芳は一平の病室があるフロアで男性とすれ違った。女性と連れだって一平の個室から出てくるのが見えたので、一平のところへ来たのだろう。大きな封筒を手に、首からタグを2つ提げている。ひとつはこのフロアへ入るためのタグ、もうひとつはどうやら都の職員の身分証らしい。
気になりながらすれ違い、その時に二人の会話がちらっと聞こえてきた。
「――やっぱり施設しか……」
「両親とも肉親がいないから……――」
え、とつい足を止めた。今のは一平の話だろうか。
さすがに呼び止めて話を聞くわけにも行かず、漠然とした不安が沸き起こる。
一平の病室に入ると、一平はベッドに横たわってテレビを見ている。
「一平」
「あ、蘇芳のにーちゃん」
ひらひらと手を振っているが、一平はどこか元気がない。まあ入院しているのだが。
「どうしたの。今、誰か来てた?」
「うん、児童――なんとか、ってところから来たって」
一平が手元に持っているプリントを見ると「児童相談所」の文字が見える。
「あのさ、俺、お父さんもお母さんも親戚がいなくてさ。だから退院したら養護施設ってところに行くんだって」
「え」
「俺みたいに親のいない子とかが一緒に住んでるんだって。友達をたくさん作って、みんなで仲良く暮らしましょうってさ」
正直に言ってショックだった。てっきり親戚か誰かが一平を引き取るのだと考えていたからだ。まさかの天涯孤独、それもこんな小さな子が。
「大丈夫だよ、にーちゃん。俺、友達作るのうまいんだぜ。すぐ施設じゅうの子と仲良くなっちゃうよ」
にかっと笑って言う一平が痛々しくてたまらない。
――何とかできないだろうか。しなくちゃ。
そんな気持ちがむくむくと湧いてきてしまった。
「え! 引き取るっておまえ、意味わかってんのか?」
数日後、学校でこそっとその話をしたら、拓海にひどく驚かれた。昼休みの学食は混んでいて、ちょっとくらい声を上げたって誰も気にも留めていない。食べ終わった皿が載ったオレンジ色のトレイを少し脇にずらし、机の上に身を乗り出して拓海がまっすぐに蘇芳を見つめる。
「俺たち自身がまだ高校生だぜ? そりゃあ施設にいるよりは蘇芳んちの方がいいかもしれないけどさ、ひとりの人間の人生に責任を負うんだぜ。俺なら無理だ」
「はっきり言ってくれるね。うん、拓海の言うとおりだよ。でも、どうしても放っておけないんだ」
「感情論だけで出来ると思ってんのか?」
「ううん、感情論じゃないよ、冷静だよ僕は。すごく考えたし、すごく調べた。大変そうだってことはわかったし、多分わかったつもりでも実際に一緒に暮らしたらもっと大変なんだろうね。それでも一平をひとりきりにするって選択肢は選べない」
「――蘇芳さ、ひとりで抱え込みそうで怖いんだよ、俺は」
今まで気が立っているような口調だった拓海がすっとトーンダウンする。
「俺と弟さ、年が離れてるじゃん。うちの母親がさ、やっぱりがんばって抱え込んじゃうタイプの人でさ。反抗期の俺と赤ん坊抱え込んで、家事もあって仕事もあって、って頑張り過ぎちゃったんだよな。親父も協力はしてたけど、やっぱり無理してたみたいで一時期精神的にきちゃってたんだよ。あ、今はもう大丈夫だぜ? 家族みんなですんげえいろいろ分担してさ、ちょっとずつ落ち着いてきたんだよ。だからさ」
拓海がまっすぐに蘇芳を見る。
「どうしてもっていうなら絶対にひとりでやるな。人を頼って話をしろ。家の人でも俺でもいいから」
まあ、俺なんて話聞くだけだけどな! と拓海がにやっと笑ってみせる。
人と話をしろ、と言われるのは二度目だ。父が夕食の席で言った言葉が脳裏によみがえって来て少しばかりセンチな気分にさせられる。
(父さん、本当だね。話してみるって大事なことだ――おかげですごい友達ができちゃったよ)
そら見たことか、と蔵人が笑っているような気がする。拓海はグイグイ来るタイプだけど、実際に話してみるときちんと引き際を心得ていてありがたい。つきあい始めてそれほど時間は経っていないのに、つい拓海には何でも話せてしまう。それがこんなに心を軽くしてくれるとは思ってもみなかった。
とはいえ超能力のことと、自分が昴グループ会長であることはまだ秘密だが。
「うん、ちゃんと人を頼るよ。ひとりで抱え込まないって約束する」
「聞いたからな。約束守れよ」
「拓海」
「ん?」
「心配してくれて、叱ってくれてありがとう」
「だから! そういうとこだって!」
拓海と友達になれて本当に良かった。
蘇芳は拓海にいろいろ注意をされながらついにこにこしてしまうのだった。
そうして蘇芳は駿河や金城、弁護士の石川も交えて一平を引き取るための行動を起こしていく。
★★★★★
それから2ヶ月ほどが経過した。
季節はだいぶ涼しくなり、空の雲もすっかり秋らしくなった。
この日蘇芳は誂えたばかりのスーツに身を包み、ネクタイを締めて外出した。駿河と石川弁護士を伴い、都内のとある施設で必要な手続きを済ませるためだ。
実のところ、何度かここには来たことがある。けれど今日のようにきちんとした格好で来るのは初めてだ。少しばかり緊張する。
「はい、では必要書類は揃っていますね。それでは話しに行きましょうか」
施設長が事務室のソファーから立ち上がった。
蘇芳は施設長と石川弁護士、駿河と一緒に部屋を出た。施設の廊下をまっすぐ進み、突き当たりにある庭に出る扉を開こうとしたちょうどその時、目当ての人物が蘇芳に気がついて彼を呼んだ。
「蘇芳のにーちゃん!」
一平だ。庭で施設の他の子供と何やら遊んでいたらしいが、蘇芳に気がついてぱっと遊びの輪を外れ、手を振りながらうれしそうな顔で駆け寄ってくる。
「やあ、一平。しばらく来られなくて悪かったね」
「ううん、忙しかったんだろ? また――何だっけ、ちゅーかんテスト?」
「テストはまだ先かな。いろいろ手続きしなきゃいけないことがあってね、それで来られなかったんだ」
そう、一平は腕の骨折もやっとギプスが外れ、退院して今はこの児童養護施設にいる。一平の両親には身寄りがなく、引き取ってくれそうな当てはなかったのだ。
蘇芳は時々ここに来て一平と会っていた。家から少し離れているので長時間は会えないが、顔を見て話をするだけでも一平がうれしそうだ。まだ環境の変化や家族を亡くしたショックから立ち直ったとは言えない一平は不安定で、でも蘇芳と会った日はうれしそうにしている、と職員からも歓迎されている。
もう秋だというのに、一平の顔は真夏の太陽のようなきらきらの笑顔だ。蘇芳にはまぶしくてしょうがない。
しゃがんで一平と視線を合わせ、駿河が持っていた紙袋を一平に渡した。
「何、これ?」
「実は誕生日プレゼントなんだ。買ったままずっと渡せなくて」
「え! マジ! 何だろ、うれしい! ありがとう、蘇芳のにーちゃん! 開けていい?」
「ああ、もちろん」
包み紙を開けると、中から飛行機の絵が描かれた箱が出てきた。あの日、拓海に付き合ってもらって買った、あの飛行機だ。
「え! 飛行機だ! かっこいい! 俺、乗り物の中で飛行機が一番好きなんだ。よく知ってたね」
「うん、前に工作で作ってるの見たのを覚えてたんだ。これ、プラモなんだよ。中に入ってるパーツを組み立てて、この箱の絵みたいな飛行機を自分で作るんだ」
「ええ……出来るかな、俺。工作とかそれほど得意じゃないんだ」
途端に一平の眉がへにょりと下がる。実に表情豊かだ。
「でね、一平に相談なんだけど。このプラモ、うちで一緒に作らないか?」
「にーちゃんの家で? いいけど、夜は施設に戻らなきゃいけないだろ? 1日じゃ多分作れないよ」
「だからさ」
立ち上がっておもむろに一平を抱き上げた。
「わ! わわ!」
「だからさ、これからずっと僕と一緒に暮らさないかってことだよ」
抱き上げられて慌てている一平だったが、蘇芳の言葉にきょとんと目を丸くした。
「一緒に?」
「うん」
「蘇芳のにーちゃんと?」
「そうだよ、一平がよければ、だけど」
少しの間ぽかんとしていた一平だったが、やがていたずらっ子っぽい表情を浮かべてにやりと笑った。
「何だよ、朝から晩まで俺に愚痴とか聞かせるつもり?」
「はは、いやか?」
蘇芳もいじわるっぽい笑みを浮かべて切り返す。すると一平は満面の笑みで蘇芳の頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。
「しゃあないな! 行ってやるか!」
言葉とは裏腹に嬉しくてたまらないという顔で蘇芳の首に抱きついた。
抜けるような青空の下、心底嬉しそうな顔で。
それが一平の返事だった。




