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Hermit【改稿版】  作者: ひろたひかる
心の扉を開けたなら~蘇芳と一平
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7.夏休み明け

今回、子供が怪我をしているシーンございます。

苦手な方はブラウザバックでお願いいたします。

 そうして8月の最終週、蘇芳の学校は一足早い始業式を迎えた。

 連日やることが一杯で、結局拓海達と遊びに行く約束は果たせていない。今日会ったらそれを謝って――と考えながら教室に入った。少し早いからか、教室にはまだ三分の一程度の生徒しか来ていない。


「蘇芳! おはよう」


 拓海はもう来ていて、すぐに声をかけてくれた。


「おはよう拓海。高橋くんと堀川くんはまだ?」

「あいつらは割と登校ギリッギリだよ」

「そっか。夏休みに遊ぶ約束を果たせなかったから謝りたかったんだけど。拓海もごめん」

「謝ることないよ。蘇芳大変だったんだろ? 俺達の約束はいつでもいい話なんだからさ、蘇芳が落ち着いたら気晴らししに行こうぜ」

「ありがとう、拓海」


 ふわりと笑うと周囲がざわりとどよめいた。


「やばっ、古川くんの笑顔、破壊力すごい」

「番匠、いつの間に仲良くなったんだ」


 周囲の話が聞こえていない蘇芳は何があったんだろう、と首をひねる。少なくとも眼鏡があれば心の声は聞こえてこないのだが、あれ以来コントロールを心がけてきたせいか、眼鏡との合わせ技でほぼ完璧に他人の思考をシャットアウトは出来るようになってきている。そんな周囲の様子をちらっと見回した拓海がふん、と鼻を鳴らした。


「まったく、尻込みしてたくせに。今頃こいつの魅力に気がついたか」


 拓海がぼそっと言う。蘇芳には彼が何を言ったのかよく聞こえなかった。


「何?」

「いいの、いいの。蘇芳は知らなくて――そうそう、朝のニュース見たか?」


 あからさまに話をそらしたな、というのはわかったが、特に追求する気も起きなかったので新しい話題に乗ることにした。


「どのニュース? C国のトップが変わったってやつ?」


 登校途中、スマホでニュースをチェックするようにしているが、国際情勢や経済動向は目を通したものの、今朝は三面記事まで目を通しきれていない。蘇芳はスマホを出し、いつも読んでいる新聞社のネットニュースを開いた。


「違う違う、アパートで一家四人死傷ってやつ。あれ、この近所みたいだぜ? 四人家族で、生き残ったのは小二の息子だけだって。ああ、ほらそれ」


 やはりまだ蘇芳がチェックしていない話題のようだ。蘇芳のスマホを覗き込んで拓海が指差した。蘇芳はニュース記事に目を通していたが、次第に顔色が蒼白になっていく。

 拓海はそれに気づかず話し続けている。


「ひどい話だよな、犯人は一人暮らしの中年男でさ。自分が孤独な人生送ってるからって、たまたま見かけた幸せそうな見ず知らずの一家を殺してやろうって思いついたって。で、両親とまだ幼稚園の妹殺してさ、小二のお兄ちゃんだけが何とか助かって――蘇芳? どうした?」

「ごめん、拓海。帰らなくちゃ」

「へ? どうした」


 スマホを凝視したまま突然立ち上がった蘇芳に拓海が驚く。蘇芳の目はスマホの一文に釘付けになっていた。見間違いかと何度もその文を読み返すが、蘇芳の期待は読み返すたび裏切られる。

 そこにはこう書かれていた。


『死亡したのは会社員の麻生幸平さん(36)、妻の美智代さん(34)、長女の環ちゃん(5)の三名。長男の一平くん(8)は全治1ヶ月の重症だが命に別状はなく――』


 蘇芳はすぐ学校を飛び出した。一先ずいつもの公園のベンチに向かう。一平のアパートがどこかは知らないが、彼の通う公立小学校はすぐ近い。小さな子の足で歩ける距離だ、なら自宅はここからそう遠くはないはず。

 ベンチに座り、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着け、ゆっくりと眼鏡を外した。


(恐れるな、コントロールするんだ)


 静かな場所なのでそうたくさんの心の声は聞こえない。けれど眼鏡を外した途端にたくさんの人が思い思いに喋っているようなざわめきが蘇芳に襲い掛かる。

 その中から絡まった糸を解くように必要な情報を探し出していく。

 そして。


(――どうなるのかしら、一平くんは)

(まだ小さいのに)


 みつけた。

 その声は誰かと話しているようだ。


(命に別条はないって言っても、ご両親と環ちゃんが殺されるところを見ちゃったらしいわよ)

(今は入院しているみたいだけど、その後はどうするのかしら)

(どこに入院してるの?)

(吉田総合病院みたい)


 それを聞いてすぐに眼鏡をかけ直して立ち上がった。吉田総合病院はこのあたりで1番大きくて設備の整った病院だ。場所は知っている。蘇芳はすぐに病院へ向かった。



 ***


 吉田総合病院は大きな病院で敷地も広く、病院の建物を取り囲むように広い庭がある。そこには散歩ができるような道があり、ところどころにベンチが設置されていた。真夏の日差しは暑くて、今この庭を歩く人はほとんどいない。どこのベンチも選び放題だ。

 その中でも日陰にあるベンチを選んで座り、今度は眼鏡をかけたまま精神を集中した。病院は人が多すぎるので、さっきほどに容易く一平の声を見つけ出すことはできないだろう。

 座ってスマホをいじっているふりをしながら探していく。


 しかし探すまでもない。院内は忙しい医療関係者達、病気や怪我で辛そうな患者達で一杯だったけれど、その中で一際真っ黒な闇を抱えた心がめだっているからだ。だからすぐにわかってしまった。

 一平が、そこにいる。


 一平は電動ベッドを斜めに起こしてよっかかって座り、ただぼんやりと窓の外を見ている。怪我は腕の骨折と頭や足の擦り傷といったもので、どうやら命に別状はなさそうだと少しだけほっとする。けれど頭や足にガーゼを貼られ、左腕はギプスを嵌められた様子はとても痛々しい。

 一平の無事を確認して、蘇芳はほっと安堵のため息をついた。そして少しだけ冷静になる。

 事件の一報を聞いて慌ててここまで来てしまったが、自分に何ができるだろう? 今は面会謝絶だろうし、会いに行っても追い返されるのが関の山だ。患者本人と親しくしていても赤の他人なのだ、今はひとまず一平の居場所が確認できただけでも良しとするべきか――


「あれ……?」


 そういえば、今、病室にいるはずの一平をはっきりと「見る」ことができていたな、と気がつく。これも自分の能力なのだろうか?

 やり方が何となくわかったので、試しに正面に見える壁の向こうを意識する。すると、事務服を着た職員がせわしなく仕事をしているのがはっきりと見える。受付のあたりなのだろうか。


(透視、それか遠見――かな?)


 どうやら自分が持っているのは人の心が聞こえる能力だけではなかったらしい。まさかの新しい能力の発見だ。


「増えなくていいのに……」


 とはいえ、その力があったおかげで一平の様子がわかったのだ。ありがたい。


 今日は学校もさぼってしまったし、ひとまず家に帰るかと考えて、最後にもう一度一平の部屋へ意識を向けた。

 けれどその時、小さな波のようなものを感じた。波というかゆらぎというか、とにかく違和感があって蘇芳ははっと顔を上げた。

 それは自分と似ていた。常人とは違う、特別な気配だった。


 今、蘇芳は一平の居場所を透視しているだけで、一平の心の中を覗いているわけではない。それでも、はっきりとわかる。

 ボーッと外を見ているように見えるけれど、逆に一平の精神は恐ろしく研ぎ澄まされている。おそらく周りから見ればショックで茫然自失としているようにしか見えないだろう。だが、蘇芳にはわかる。今、一平は自分の精神活動のすべてをひとつの方向に向けているのだ。


 彼は見てしまった。今まで失うことなど考えてもみなかった家族の命が、次々に奪われていくところを。命の炎の、最期の輝きのすべてを一平を逃がすことに費やして「逃げて」と微笑んだ母の顔を。


 ――そして、その惨劇を引き起こしたひとりの男の顔を。


「一平」


 蘇芳は思わず声に出してしまった。

 ベンチから立ち上がり、一平の病室を見上げる。このままではいけない、と心の中で何かが訴えかけてくる。そしてそれを証拠づけるかのように誰かの心の声が響いてくる。


(止めて、お願い)

(頼む、止めてくれ)


 誰の声かはわからない。けれど、一平を止めなければならないという確信が生まれてくる。


 そしてすぐに一平の心の声がだんだんはっきりと聞こえてくるようになった。

 ふつふつと小さな泡がたつように、絶え間なく沸き起こってくる、マイナスの感情。

 蘇芳は気がついた。一平の心が、離れた自分のところにまでこんなにはっきりと聞こえてきている。それほどに強い思い。


<オレ、あいつを許さない>


 それと一緒に感じる、他の人間とは違う気配。


<わかる。オレ、あいつを同じ目に遭わせてやれる力がある>


「いけない、だめだ、一平!!」


 蘇芳は駆け出した。一平の病室へではない。病院の敷地から出てすぐタクシーを捕まえて行き先を告げる。


「すみません! 見社警察署のそばまで行ってください!」


 そこは一平の一家を襲った犯人が拘束されている警察署だ。つい今まで一平を感知していた蘇芳にはわかる。一平はそこへ行った。


 テレポートして。


 そう、一平も蘇芳と同じ超能力を持っている。ただし、蘇芳が持っているテレパシー能力ではなく、テレポート能力だ。そしておそらくそれだけじゃない。本人が思っていたように、おそらくは念動力とかPKサイコキネシスと呼ばれる能力も持っている。力の使い方次第では人を殺せてしまう。

 そんなことを一平にさせるわけにいかない。


『お願い……』

『止めて…』


 走るタクシーの中でも悲痛な訴えが追いかけてくる。

 誰の声なのかは想像がつく。そしておそらく今その声を聞くことができるのは蘇芳だけなのだろう。


(させないよ、絶対に)


 そう心の中で声に返事をする。返事は届くだろうか?


 タクシーは滑るように走っていった。



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