表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/31

後編

 イギリス首相が来日するまで、もう時間も無い。

 首脳会談の後、銀座の街を視察する予定と聞いて、実際のコースを歩いてみた。

 途中、喫茶店に立ち寄って考えてみる。もし俺がアイアン・ハッグなら、どこで首相暗殺を(こころ)みるだろうかと。

 テラス席から銀座の街を行き交う人々を(なが)めつつ、頭の中で想像を広げる。


(……それにしても、注文したコーヒーが出てくるのが遅いな)


 辺りの席は全て埋まって、混雑している。気長に待つこと数分、やっとコーヒーをトレイに乗せたウェイトレスがやってきた。


「お待たせしました――あっ!」


 ウェイトレスがテーブルの上にカップを置いた瞬間、彼女の指がカップの取っ手に引っ掛かった。

 テーブルの上でカップが横に倒れ、中に入っていたコーヒーが流れていく。俺も膝の上を、少しばかり()らしてしまった。


「申し訳ありません! 大変失礼しました! お着替えをお持ちしますので、こちらへ……」


 ウェイトレスは大声で謝りながら、グイグイと俺の腕を引っ張る。

 そこまで大事には(いた)らなかったが、彼女は俺の言葉なんかには耳を貸す気配を見せない。

 ウェイトレスに引っ張られるまま、俺は店の奥へと連れられていった。

 やがてドアが開けられ、押し込まれたのは更衣室。そこで俺は、彼女と向き合い言ってやった。


「その制服は、ここで調達したのか……アイアン・ハッグ?」


 その名前を出されて、ウェイトレスの表情が凍り付く。

 悪いが、その綺麗な顔と何よりHカップのおっぱいは、一度見たら忘れられないぜ。


「今回は俺も、ズボンを脱がざるをえない状況だな……」


「えぇ、そうね……ねぇ、ここなら誰にも見つからないし、声も聞こえないわよ……」


「そうか、そいつは都合が良い……誰かを暗殺するにはな」


 アイアン・ハッグが俺を更衣室に連れ込んだのは当然、情事のためじゃない。

 俺も、そんな気は起こしていないし、敵の作戦も読んでいる。振り向きざま、曙光(ショコウ)を構える。

 俺を狙った凶弾は、曙光の鞘に弾かれて壁へとめり込んだ。

 更衣室の窓が半分だけ開かれ、そこから銃口が差し込まれている。

 窓の向こうにいる人物の顔は見えない。そいつは俺の暗殺に失敗したと分かると、凶器を引っ込めて素早く退散していった。

 チラリと見えた拳銃は、形状からサイレンサー付きのワルサーPPKだったと判断できる。


(ヤツを追うのは、後だ。今は――)


 相変わらず、はしっこい。

 アイアン・ハッグは、俺が窓の外に気を取られている内に更衣室を出ていった。

 が、今度はお前の思い通りには行かないぜ。


「動くな! アイアン・ハッグ、お前には首相暗殺の計画を企てた嫌疑が掛けられている。事情聴取に応じてもらうぞ!」


 アイアン・ハッグが開けたドアの先から、ベスの声が威勢よく響き渡る。

 私服警官の大群を従えて、得意気な様子だ。

 アイアン・ハッグは驚愕(きょうがく)の表情で俺を振り向く。

 そう、俺を(わな)にハメるつもりが、逆にお前がハメられたって訳だ。

 銀座の下調べをしていたのは、俺だけじゃない。俺が立ち寄った喫茶店の客も、全員がイギリス側の人間だったのさ。


「本当に……私の負けね。ねぇ……貴方が取調べしてくれるなら、何でも話してあげるわよ」


 観念したアイアン・ハッグが、俺にすり寄りながら(ささや)いてくる。

 俺が身を引くと、彼女の腕を両側から私服警官が取り押さえて、外へと連行していった。

 ベスは、俺と並んでそれを見送る。首相暗殺を未然に防げた自信からか、ベスはいっそう尊大な態度で接してきた。


「オイ、ヤマト。お前がホテルで言った意見を、私が取り上げてやったおかげで解決できたな。もし本当に日本で暗殺事件など起きようものなら、日本は世界中からバッシングの嵐だったぞ」


 全ては、自分の手柄と言いたいのか。可愛くないヤツめ。

 だが、見下した物言いの中にも感じられるものがある。こいつ自身、俺に借りがあると分かっているようだ。


「ベス、一つ提案がある。アイアン・ハッグからは、まだ有力な情報を聞き出せる見込みがある……連合王国(UK)にとって、有益な情報だ」


「何だ? ここで言ってくれれば、我が国の捜査官が聞き出してやろう」


 この女なら、そう言うと思ったさ。

 しかし、ここで強硬に出ては水の泡。あくまで下手に出るのが、得策。

 ちょうどベスも、アイアン・ハッグを()らえたことで慢心していることだしな。


「……その捜査官に、東アジア出身の人間はいるのか? これは、極東の人間だけに通じる、微妙なニュアンスが必要なんだがな……」


「ふむ……よし、その聞き出した情報は全て我々に開示するという条件で、お前もヤツの取調べに協力することを許可しよう」


 やはり、俺への警戒を緩めているな。

 忘れるなよ。最初にお前自身が言った通り、俺は貴国の防諜機関を破ったスパイなんたぜ。


 * * *


 そして、イギリス首相来日の日がやってきた。

 スケジュールは(とどこお)りなく進み、首相は今、銀座三越を訪問中だ。

 アイアン・ハッグの自供によれば、殺し屋はもう一人いるとのことだった。

 それが、喫茶店の更衣室で俺を狙った犯人に間違いない。

 その情報は約束通り、ベスに伝えた。その暗殺者が当日、どこから首相の命を狙うかの情報も“アイアン・ハッグが言った通り”教えてやった。

 案の定、ここにベスたちの姿は無い。

 この場所――三越を見渡せる位置にあるビルの屋上にいるのは、ミズホと俺……そしてアイアン・ハッグの情報通り、ライフルを構えた殺し屋だけだ。


「引き金から指を離して、両手を上げろ。お前の計画は、完遂(かんすい)すること無く終わりだ」


 殺し屋より先に、この場所に来て隠れていた俺たちが敵の背後から飛び出す。

 三越から首相が出てくる瞬間に意識を集中させていた敵は、突如(とつじょ)として上がった声に相当驚いたようだ。ライフルを放り出さんばかりの勢いで、こちらを振り返ってきた。


「なっ……いつから、そこに……!」


 そいつはアイアン・ハッグとはまるで違う、凶相の男だ。いかにも、殺人を生業(なりわい)にしてるってツラだな。


「お前の企みは、とっくに知られていたんだよ。さっさと、銃を捨てな」


 まさかアイアン・ハッグが口を割るとは、(つゆ)ほども思ってなかったようだな。

 敵は冷や汗で顔を濡らして、(ひる)んでいる。そして言われた通り、ゆっくりとライフルを下に置いていく。

 その動きに注視していると、奴は反対の手で拳銃を取り出した。喫茶店で俺を狙ったのと同じ、ワルサーPPKだ。

 俺とミズホは、あらかじめ手にしていた互いの刀を合わせる。


「曙光!」


暁光(ギョウコウ)!」


 青空に浮かぶ太陽と、同じだけの輝きが俺たちの手から生み出される。

 それは、二人の絆を象徴する希望の光だ。


「日いづる国の天照らす聖剣!」


 俺が持つ曙光とミズホの暁光が重なる時、俺の手には陽光の輝きをたたえた真剣――旭光(キョッコウ)が握られる。

 殺し屋は俺に向かって、拳銃を撃とうと狙いを定める。引き金が引かれるタイミングに合わせて、俺は旭光から発せられる(まばゆ)い光を奴に浴びせてやった。

 目がくらんだ奴が撃った銃弾は、まるで見当違いの方向へと飛んでいく。


(ひど)ガク引き(ジャーキング)だな。それじゃ、プロは名乗れないぜ」


 敵が視力を取り戻す前に、俺は素早く距離をつめて旭光を振りかぶる。

 奴が持つ拳銃もライフルも、この一撃でバラバラに吹き飛ばしてやる。


「旭光・爆裂無尽斬り!」


 光の剣は、銃器もろとも敵の身体にも衝撃を与える。

 あえなく気絶した敵を抱えて、俺たちは屋上から地上へと下りた。


「ヤマト……そいつはッ!」


 一階まで建物を下りて外に出ると、そこでベスと出くわした。

 屋上を照らした旭光の光に気付いて、ここに辿(たど)り着いたみたいだな。


「今回は、そちらの手を借りずに済んだな。この男が、アイアン・ハッグと一緒に日本に入り込んだ……もう一人の殺し屋だ」


 (いま)だ気を失っている男の顔を(おが)ませてやれば、高慢なベスの顔がわなわなと震え出す。


「どういうことだ……? アイアン・ハッグの話では、こいつの配置場所は“セイコー”の建物の屋上じゃなかったのか?」


「あぁ、そう言ったな。だから、お前は三越の向かいにあるセイコーの時計台に上っていたんだろう。そして、俺たちは“ココ”に目を付けた訳だ」


 俺たちが下りてきた建物の一階に入っている店を、ベスに指し示す。

 ベスは俺の言葉の意味が理解できないといった具合に、目をしばたたいて(つぶや)いた。


「フルーツ……ショップ?」


 そう、そこは銀座の千疋屋。

 俺は最初から、ここに目を付けていた。そして、それをベスにも伝えた。


「俺は、確かに言ったぜ。敵が現れるのは、フルーツの建物の屋上だとな。ただし、香港出身のアイアン・ハッグの言葉通り……“水果(セイクオ)“の建物とな」


「コレ、広東語でフルーツって意味だよ!」


 語学に精通したミズホが、横からニッコリと笑いながら補足する。

 ミズホにそのつもりは無くとも、自信家のベスにとっては大層な皮肉だ。

 不勉強を指摘されて、さてベスは(いきどお)るか(くや)しがるか。反応を待っていると、思いがけず自嘲(じちょう)した。


「フッ……私の期待通りの男で、安心したよ。私の言いなりになるような、つまらない男に用は無いからな……」


 負け惜しみかと思ったが、あるいはそれがベスの本心なのかもしれない。

 初めから、俺の実力を試すつもりでいたのか。素直じゃない女だ。


「あぁ……今回は、お前の手柄にしておいてやろう。だが、常に私の上を行けると思うなよ? また、いずれ……世界的に大きな事件が起きた時にでも、楽しませてもらうぞ」


 俺たちに背を向けて、自分が(まも)るべき対象のいる三越方面へと戻っていくベス。

 俺自身、ベスの鼻を明かすつもりが無かった訳じゃない。そういった思いからも、何としても俺の手で暗殺を防いでやろうと意気込んだのも確かだ。


(ああいう手合いと張り合うことで、任務もより上手く行くことがあると言ったところか。次に会う時にも、そうして俺が解決に導いてみせるぜ)


 ベスが言うような、世界的な大事件……そいつは、この一九九〇の夏に早くも発生することとなる。

 中東にあるイラクが、隣国クウェートとの国境を越えて侵攻するという大事件。その足音が、そこまで聞こえていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ