91話 黒豆
葬儀を終えた後、俺とお香は寝泊まりする部屋へと戻った。
何事も無く無事に部屋に戻ってこられた事に安堵する。
……良かった……恩人の与右衛門の葬儀の日に何事もなくて……
また誰かに襲われてお香が正宗を振り回し、滅茶苦茶に暴れまわるんちゃうかと心配していた。その心配事が無かったのが何よりやった。
昼食の膳が運ばれ、俺らは昼食をとっていた。
音羽の姿は無かった。彼女は午後からも葬儀があると言うとったからまだ寺におるんやろう。
若干十四歳の少女が今はこの飯田家の当主やから、まだ寺に残っているはず。
「そんでさ」
お香が食事をとりながら俺に声を掛ける。
「ああ」
「もう部屋から出ても良いんだよね?屋敷の外は分かんないけどさ、庭程度なら良いんだよね?」
「あぁ……どうやろな、庭ぐらいなら良いんちゃうか」
「だったらご飯食べた後さ、鍛練すんべ?太刀の」
お香が俺を見詰めそう言ってきた。
「……えぇ?ここでやんの?この屋敷で?」
「やるよ?しばらく鍛練してなかったろ?やる」
「……この屋敷ではあかんやろ……」
「何があかんだ?繰り返し続けねえと今までの鍛練が無駄になんだ」
「嘘やろ……ほんまかい」
「ほんまや、ふふふふ」
お香が笑う。
俺は無言のままに煮魚を口に運んだ。
ここの庭で鍛練なんかしてええんかよ……殺戮を繰り返したこの庭で……
昼食後、俺は飯田邸の庭で本物の刀を持ち、構えながらさっと前に踏み込む練習を延々とやっていた。
刀は徳二から奪った例の刀で正宗では無かった。
正宗はお香が持っとる。正宗が収められた鞘を持ち俺の踏み込みをじっと見つめとるが……
「そんなんじゃ駄目だ!!」
「甘い!!」
「軸がぶれてんだ馬鹿!!」
「何で出来ねえんだ!!」
なんかめっちゃ厳しくなっとるんやけど……
「ふざけんでねえ!!やる気あんのか二郎!!」
お香が怒鳴り続けとる……
「ちょ、ちょっと待って、どないしたお香」
「うるせえんだよ!!さっさと続けな?!」
「ちょっと一度休憩しよ?」
「うるせえ!!それはおらが決めるこった!!」
「ちょっと正宗置けや、持つなって」
「うるせえよ!」
「ちょっ、置けって」
「うるさい……」
俺は彼女の手を掴むと、続けて正宗の鞘を掴んだ。
お香から正宗を奪う為やったがお香も鞘を離そうとせん。
「お香、ちょっと離せや、お前様子おかしいぞ」
「うるせえ!!離せ!!」
「取りあえず刀置けや、この刀、今はずっと持っとったらあかんて……」
俺がそう言った時やった。お香が素早く鞘から正宗を抜いた。
「……え?」
「触るな……」
お香は俺を睨み付け正宗を構え出した。
彼女から殺気を感じる。
こいつ……俺を斬る気や……
「……え?お香?」
「……尊氏公……の……御命……狙う不届き者……め……」
「……おい、お香……お香!!」
「…………」
「……ちょっ……」
雰囲気がやばい……
俺は一歩後ろに下がった。
「はぁ……いけない……」
そう言うとお香がしゃがみ込み正宗を離した。
「……大丈夫かお前」
「はぁ……すまね……」
お香が肩で息をし、うつ向いている。
俺が正宗を持ち徳二を斬り殺したろうかと思った時と全く同じ状況や。
「もう持つなって、お祓いするまでその刀持つな」
「……だけどおらこの刀……」
お香が地に置かれた正宗を見詰める。
どうやら相当この刀に魅せられとるんやろう。
「お祓いした後持ってくれ、お前の様子おかしかったぞ。なんやねん尊氏公って」
「昔の将軍様だ、だけんど何でそんな事口走ったかおらもよく分かんね……」
「もう無理すんな、まだ首の傷も癒えてへんのやし」
「……分かった、すまないね二郎」
お香がそっと立ち上がった。
俺は地に置かれた正宗を手にした。そしてじっと正宗の刃を見詰める。
刃は陽に照らされて妖しく輝いとる。
その刃の鋭さは見事なまでに美しく、じっと見ていると俺ですらも魅入られてしまう。
「ふぅ……」
俺は魅入られる前に息を吐いた。
ごっつい鋭い刃やな、触れれば全ての物を斬りそうで少し恐怖心すらも湧く程や。
この刀、過去に色々と何かあったんやろうな。
俺は正宗に魅入られる前に鞘を拾い刀を収めた。
「すまね、二郎」
お香が少し涙目になり俺にそう言った。
「かまへん、お前のせいちゃう、一度部屋戻るか?」
「すまね……」
今は夕刻、夕御飯を食べていた。
部屋には音羽もおる。俺とお香と音羽の三人で食事をとっていた。
「今日はわざわざ御葬式おいでくださりまして、ほんまにありがとうございました」
音羽が膳に箸を置き、俺らにそう告げると軽く頭を下げた。
「いや、こちらこそお招きいただきありがとうございました」
俺も膳に箸を置き、音羽にそう告げると頭を下げた。隣のお香も頭を下げとる。
「二郎さんお越しいただいて与右衛門様も喜んどると思います」
音羽がじっと俺を見詰めそう言う。
「そうであれば嬉しく思います」
俺がそう言うと音羽は軽く頭を下げた。
「そやけど疲れたやろ、あんなに長い葬儀出た事ないわ俺」
俺はそう言い、煮た黒豆を口に運んだ。
「うちは何度か御座います、うちの祖父母とか両親の」
「あぁ……」
そういや、この少女にはすでに両親おらんかったんやな。
十四歳の若さやのに気の毒に……
「二郎さんとお香さんはお疲れやないですか?」
「あ、あぁ大丈夫やで」
途中で小便しに行ってしまったが。
俺は再び黒豆を口に運んだ。黒豆は丹波国の名産品で家でも毎日とは言わんが頻繁に晩飯に出とった。
お国の味やし母の味やから手が止まらずにいる。
俺の大好物の内の一つやった。
「そや、うち気になっとった事が御座いましてん、二郎さんの豪華なお着物なんやけど」
音羽が何かを思い出したかのようにして俺を見詰めた。
今の俺の着物は葬儀用の黒い着物でぼうまるの服ではなかった。
「あれ、袖切られましたやろ?お香さんが傷付かれた時に」
「あぁ……」
お香の首の出血を抑える為に咄嗟に袖を刀で切り裂いたな。
「うち、あれ修復しますわ。ごっつ豪華なお着物やし勿体無いでっしゃろ?」
「出来るん?直せんの?」
「うち元々織物織ったりしとりましてん」
前もそないな事言うとったな、その腕前が良くてなぜか医療の方を任されたって。
「あぁ、そやったら是非ともお願いしたい」
「分かりました、うちにお任せください」
「あぁ、頼みます」
俺はそう言い黒豆を口に運んだ。
服が直るんは良かった。
そやけど……
さっきからお香が何も話さん。
俺はチラリと隣のお香を見た。
お香は無言で膳を見詰めとる。
「……お香?」
「…………」
お香は何も言わん。
「……どうした?」
「……大丈夫……」
お香が小さくそう呟く。
「どないした?」
「お香さん?」
俺と音羽が心配して声を掛けると……
「はぁ……ちょっと……」
そう言うとお香はふらふらと立ち上がった。
その顔色はすこぶる悪い。
「……大丈夫か?」
俺も立ち上がりお香に声を掛けた。
しかしお香は無言のままに襖の戸に近付き、戸を開けると廊下に出た。
「どうした」
俺も彼女の後に続く。
お香は庭に続く戸を開けると、
嘔吐しだした……
「大丈夫か?!」
俺は彼女の背をさすった。
彼女はゲエゲエと嘔吐を続ける。
「……大丈夫どす?」
音羽も廊下にやってきて心配そうにお香を見詰めている。
「お香……」
俺は彼女の背をさすり続けた。
彼女の嘔吐は治まったが、廊下の床に頭を付けてグッタリとしている。
「お香?!」
「お香さん?!」
お香はグッタリとし、返事はしなかった。
「お香さん?!」
音羽がお香に近付き額に手を当てる。
「凄い熱い……すぐ横にさせましょ!」
音羽が血相を変えて俺にそう言う。
「分かった!」
俺はお香の体を渾身の力で抱き上げると部屋へと戻っていった。
「じろう……」
俺に抱き抱えられたお香が小さくそう呟く。
彼女の意識はまだあるが朦朧としとる。
俺は彼女をじっと見詰めた。
音羽は膳を部屋の隅に置き、大慌てで布団を敷いていっとる。
布団が敷かれると俺はお香をその上に寝かせた。
「待っとってください!うちすぐお薬とか御用意しますよって!」
そう言うと音羽が駆け足で去っていった。
「大丈夫かお香」
「はぁ……」
お香は目を閉じとる。どないしたんやろ急に……
首の傷のせいか、それとも……
俺は隅に置かれている正宗を見詰めた。
もしや、あの刀の呪いか?
「正宗のせいか……」
「……違う……関係ないよ……」
お香が小さくそう呟く。
俺は彼女の手を右手で握った。彼女も弱々しく俺の手を握りしめる。
そしてお香の額に左手を当てた。
「…………」
熱いな……かなりの高熱や。
「……すまね……二郎……情けないよ……おら……」
そう言うお香は涙をこぼしだした。
「気にすんな、大丈夫やから」
俺はそう言い彼女の手を柔らかく握りしめた。
お香は目を閉ざしながらも涙をこぼしていた……




