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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第五章 飯田家
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90話 葬儀

 葬儀は小栗栖の里にある寺で行われる。

 黒い着物を着させられた俺とお香は屋敷の使用人の男に連れられ、寺へと向かっていた。


 黒頭巾を頭に巻いたお香は正宗の刀を手に持ち歩いとる。お清めするかお祓いするまでは他の刀で代用しろと言ったんやけどお香は一切言う事を聞かんかった。

 結構な頑固者のおなごやから言う事聞かんやろなぁ、と覚悟はしとった。

 この正宗を持たすと飛んでもない事やらかしそうで内心不安に感じるものはあった。

 頼むから与右衛門殿の葬儀で派手な事せんようにしてくれ、強くそう思った。


 白と黒の幕が張られた寺に入ると若いお坊さんが深々とお辞儀をし、そして俺らを案内しだした。

 彼の後に続くと二十畳程はある広い畳の部屋に案内された。


 部屋の奥には棺桶があり、その脇に四人程の人が座っている。

 その内の一人は音羽やった。

 音羽は俺らを確認すると座ったままに頭を下げてきた。

 広間には座布団が綺麗に列をなして並べられている。

 まだ葬儀は始まっとらんがすでに十人程の人らが座布団に座していた。

 俺らは広間の左端の最後尾の座布団に腰を下ろすと音羽と、そして与右衛門殿に対し頭を下げた。

 俺の隣に座るお香は正宗をそっと脇に置いとる。


 葬儀に刀持参するって……ええんやろか……

 まぁそやけどしゃあないか、命狙われる危険性は確かにあるから。


 そう思っていると前の棺桶の脇に座っとった音羽がスタスタとこちらへとやってきた。


「本日はおいで下さいまして誠にありがとうございます」


 そう言い畳に手を付いて深々と頭を下げとる。

 俺らも頭を下げた。


「当主、与右衛門貞秀のお顔、是非見られて御別れしておくれやす」


 十四の音羽が丁寧にそう告げる。


「はい……」


 俺はまた頭を下げると立ち上がった。お香も立ち上がるが正宗は手にしていた。


 与右衛門……


 俺は音羽の後に続き最前列の棺に歩み寄った。

 棺の脇の連中が小さく頭を下げる。

 俺は軽く頭を下げた後に棺の中を覗いた。


 白装束を着た与右衛門が静かに眠っとる。首筋には若干の刺し傷が窺えた。


「与右衛門殿……」


 俺は彼の顔をじっと見詰めた。

 何ゆえに彼が命を落とさなあかんかったんや。


 畜生め……


 俺はうっすらと涙ぐみながら手を合わせた。隣のお香も手を合わせとる。

 その様子を窺っていた音羽は顔を両手で覆い、声を出して泣き出してしまった。


 ……与右衛門殿……どうぞ成仏してくださいませ……


 俺はひたすらにそう祈った……




 葬儀は淡々と行われていた。

 俺も亀山でひいじいさんひい婆さんや近所の知り合いの人らの葬儀に出た事は何度かあるが、今回の葬儀はやたらと長かった。

 数人の坊さんが同時にお経を唱え、それが終わるとまた別の坊さんが複数でお経を唱えだしとる。


 ……終わらへん……ちょっと長過ぎひんやろか。

 最前列の音羽はじっと座ったままでおる。

 隣のお香も何も言わんと座っとるが……


 ……俺、小便したなってきた……


 どないしようかな。

 この広間にいる葬儀の出席者は俺らを除いておおよそやけど二十人ぐらいおる。

 音羽は午前の内は屋敷の使用人だけしか呼ばん言うとったはず。

 あの屋敷ってそんなに人多かったんか、もちろん屋敷以外の関係者もおると思うが……


 まぁそれはええ、それより(かわや)(便所)どこやろ。


 坊さんがお経唱えとる時に厠なんか行ってもええんやろか、そやけど……


「お香……厠行きたい……」


 俺は小声で隣のお香にそうささやいた。


「我慢しなっせ」

「あかんっぽい」

「何言ってんだ」

「行ったらあかんもんなん?葬儀中に」

「みんな我慢してんだ、我慢できねえの?」


 お香が小声でそう言う。


「あかんっぽい」

「……ふふ、良いんでねえの?どこに厠あんの?」

「知らん」

「ふふふ」


 お香が笑っとるが、そろそろ限界が来とった。


「ちょっと俺行くわ、漏れてまう」

「ならおらも行くよ」


 そう言うと俺らは立ち上がった。幸い最後尾に座っとったから言う程目立たん。

 俺らは広間の出入り口に向かった。

 若い坊さん二人が出入り口の左右に座っとる。

 俺らを見ると軽く頭を下げた。


「もし、厠はどちらに?」


 俺はやや恐縮しながら坊さんにそう尋ねた。


「はい、御案内致します」


 そう言い座っとった坊さんが立ち上がった。


「恐れ入ります……」


 俺はそう告げ、坊さんの後に続いた。お香も正宗を手にして俺の後ろに付いてくる。




「おらも用済ますからこれ持って待ってて」


 先に小便を済ました俺にお香がそう言うと名刀正宗を俺に預け厠の中に入っていった。


 しかし……


 全然出てこえへん。どんだけ待たすねん。

 与右衛門の葬儀やぞ、どんだけ待たすつもりやねん。



 だいぶん待たされた後にようやくお香が厠から出てきた。


「待たせたね」


 お香が笑いながらそう言う。


「待たせ過ぎや阿呆、葬儀終わってまうぞ」

「ごめんごめん」


 そう言い俺の肩をぽんぽんと叩く。


「恩人の葬儀なんやから」

「あんたが厠行きたいっつったんだろ?お互い様だべ」

「しゃあないのう、そやけど長過ぎやぞ」

「仕方ねえべ、出るもんは出るんだからさ、ふふふふふ」


 一応ここに案内してくれた若い坊さんも脇に控えて待っててくれとったが、若干呆れ顔をしとったのを俺は気付いていた。

 お香は全くそんな事気にもしとらんかったけど……




 厠へ行った後もまだ葬儀は続いとったが、半刻(1時間)もせん内に葬儀は終わった。

 葬儀が終わると最前列の音羽が棺の前に座り、出席者に向けて丁寧に頭を下げとった。

 俺とお香も、広間の出席者も全員が頭を下げる。

 音羽は頭を下げた後に号泣をしとった。


 その姿を見ると胸が締め付けられ俺も少し涙ぐんでしまった。

 色んな経緯(いきさつ)があっての与右衛門の死、音羽も俺も彼の死に関わっとるんは事実やから複雑な心境になってしまう。


「二郎?もう帰る?それとも与右衛門様の御遺体もう一度拝む?」


 隣のお香が俺の背に手を当ててそう言った。


「……いや、もうお顔は拝見したからええ、部屋戻ろう」

「分かったよ、ほら泣きなさんな」


 お香が俺の背をさする。

 俺は遠くの棺を見詰めた。



 ……与右衛門……さらば……



 俺はそっと立ち上がり、涙ぐむ瞳を手でぬぐうと広間の出入り口へと向かっていった……

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