74話 修羅の道に堕ちようとも
お香の勢いが止まらんかった。
若干怖じ気付き、怯んだ相手に対し斬り付けまくっとる。
相手はまだ十人以上もおると言うのに構わず敵方の腕を斬り、胸を斬り、首を斬りまくっとる。
敵方も怯えだし、逃げる者すらも現れたが依然槍や刀を構える者もいる。
このままやとあかん、これ以上人を殺傷さすとお香が修羅の道に堕ちてまう……
「去れぇぇぇ!!俺は何もやっとらん!!貴様ら勘違いしとるんじゃあぁぁ!!」
俺は対峙する連中にそう怒鳴り付けた。
連中は武器を構えたまま硬直しとる。
地には死体達がたくさん転がっとる。
お香も刀を構えたままでいた。
「これ以上かかってくんな、ほんまに死ぬぞ……俺はこの里をこれ以上荒らしとうない!!俺は与右衛門には何もしとらん!信じてくれ!すぐに去るよってに!!」
俺は半ば涙目になりながらそう訴えた。
これ以上死人を出しとうない。これ以上この里を荒らしとうない。
これ以上、お香に人を殺めてもらいとうなかったからや……
しかし……
「黙れ葛原ぁ!!」
対峙していた一人の男が刀を振り上げ俺に突進してきた。
その瞬間にお香がその男に斬りかかり、刀を持つその腕を斬り落とした。
ぽとり、と両腕が地に落ちた時……
俺はその男の喉を、この重い槍で貫いていた。
「はぁ……」
クソが……もう去ってくれ……
死体の数はもう十を遥かに越えとる。
これ以上は殺傷したくない……頼むから去れ……去ってくれ……
「二郎、連中は殺る気だよ?こちらもその気で無いと死ぬよ?」
お香がそう言うと同時に連中に向けて刀を構えた。
「去れ!!去ってくれ!!俺らはな!!!」
俺は大声でそう怒鳴った。
「…………」
連中は武器を構えながらも、黙り込み俺を見詰めとる。
「織田信長様の使いのもんやぞ……これ以上妙な事すれば小栗栖の里を滅ぼすぞ……」
咄嗟にそう言ってしもうた。無心で発した言葉はそれやった。
そやけど……何となく信長様の加護があるような気がした。
そして……
「無礼者どもぉ!!某は織田家家人!!森長隆ぞ!!大殿様に楯突くならば!全て成敗してくれようぞ!!」
そう怒鳴ってしまった。
隣のお香も少しギョッとしとる。
又や……又、訳の分からん事を叫んでしもうた……
ぼうまる……まだ俺に取り憑いとるんか……
この服のせいか……それとも龍涎香のせいか……
俺を見守ってくれとるんか?
俺がそんな予期せぬ言葉を叫んだせいなんか、対峙した奴等の中で、一人二人と駆け出して逃げ出しとる者がいた。
しかし、依然として槍や刀を構える者もいる。
そやけど始め二十人はいた集団も今は六人となっていた。
……たかが六人、されど六人……
まだ俺らは死ぬ可能性があるんや。油断は出来ん。
出来んからこそ先手必勝やと思った俺は素早く踏み込むと男の腿を突いた。
突くとすぐに腿から槍を抜き、男の胸目掛けて槍を突く。
隣のお香も俺の攻撃により怯んだ他の男に斬りかかっとる。
スパンッと再び空を切る音がすると同時に男は胸を深く斬られていた。
それと同時に別の男にも斬りかかっとる。
刀を得たお香は、水を得た魚が如く躍動し、暴れ回っとる。
俺は男の胸から飯田の槍を抜いた。
お香は別の男の胸も深く斬り付けとる。
『確かに殺らな殺られる……そやけどお香にここまでの殺戮をさせてええんか……』
そう思いながら相手に槍を構えた。
残りは三人しかおらん。
勝てるんちゃうか……
そう思った時やった。
お香は斬り付けた男の胸から刀を抜こうとしたが、深く斬り過ぎて刀を引いても抜けずにいる。
その瞬間、ザッと足を踏み出す音がすると同時に脇の男がお香に向けて槍を突いていた。
「あっ……」
槍がお香の首を突き刺そうとしている……
「…………」
その瞬間に俺は素早く踏み込み、その男の首に槍を突き刺していた。
俺の突いた槍はその男の首を貫通させていた。
しかし……
「お香!!」
その男の放った槍はお香の首筋を突いていた。
俺に刺された男はお香の首を槍で突いたままに、その場に崩れ落ちた。
それと同時にお香もその場に倒れ込んでいる。
「お香!!!」
俺は男の首から槍を抜くと、地に倒れたお香に駆け寄った。
「二郎……相手……相手まだいる……」
首から血を吹き出すお香がそう呟く。
「待っとれ!!死ぬな!!絶対死ぬな!!」
俺はそう叫ぶと敵方に向け槍を構えた。
「貴様らぁ!!許さんぞぉ!!」
修羅の道に堕ちようとも……鬼畜道に堕ちようとも構わん……
こいつら全て蹴散らせたる。すぐにでもお香の手当てをせんとあかん。
残り二人の男は槍を持ち構えたままや。
「ふんっ!」
俺は摺り足で素早く近づくと同時に槍を構えた男の喉を突いた。
いちいち腿を突いて、チンタラと戦ってられん。即に喉を突くと俺はすぐに喉から槍を抜き、最後の男のこめかみに向けて槍を振るった。
カンッ!!と音がし、重い槍の柄がこめかみを打つ。
男は真横に吹っ飛んだ。
タタッと素早く駆け寄った俺は倒れた男の首目掛けて槍を強く突いた。
ザクリと肉を貫く感覚がする。
俺は男の首から槍を抜くとすぐにお香の元に駆け寄った。
お香は倒れ込み首から血を流している。
窓から様子を窺っていた音羽の姿はもう無かった。
「お香!!!」
「…………」
お香の意識が朦朧としとる。
俺はお香の持っていた刀を手にすると、俺の着るぼうまるの服の袖を切り裂いた。
そしてそれをお香の血の溢れ出る首に巻き付けた。
「お香!!!お香!!!死ぬなぁ!!!」
俺は彼女の首を手で押さえ、叫び声をあげた。
しかし彼女は目を閉ざして意識を失っている。
「お香ぉ!!!」
「二郎さん!」
見ると、庭の奥から音羽が駆け寄ってきていた。
手にはつづらを手にして……
「音羽……助けて……」
俺は涙を浮かべ、こちらへと駆けてくる音羽を見詰めた。
お香の首からはじわりじわりと血が溢れ出ていた…………