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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第四章 丹波国亀山
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62話 久の行方

 今、俺は実家の居間の囲炉裏の前に腰を下ろしていた。

 俺の前には食事の並べられた膳が置かれている。

 白米に焼き魚に味噌汁やった。

 囲炉裏を挟んだ向かいには秀吉の使いの侍風の男が座り、俺の隣には兄貴が座っていた。

 俺らの後ろにはおとんが座っている。

 祖父の姿もある。

 おかんとお円さんとばあちゃんは縁側や庭に座る団体達の為に食事を運んどった。

 その為、米俵二つがすでに消耗されている。


 その事に対して文句は言われへん。彼らが運んでくれた米俵やし、秀吉様からの貰い物やし……


 使いの男は寡黙で黙々と飯を口に運んどる。

 恐らく侍であると思うので俺は隣の兄貴になんも話し掛けんかった。

 侍の前でべらべらと会話をするのは失礼に値するんちゃうかと思ったからやった。

 兄貴もそれを悟っているのか、俺に何も話し掛けてこんかった。


 しかし……


 久がおらん……


 どういう事や。

 その事が気になって気になってしょうがなく、早よう兄貴に聞きたかった。

 使いの男は相変わらず一言も話さずに黙々と食事をとっている。

 俺も黙々と飯を口に運ぶ。兄貴も同様やった。

 ついでに言うと後ろのおとんもじいちゃんも黙々と飯を食っとる。

 縁側では男達とは少し離れてお香がひとりで座り、食事をとっている。

 庭ではたくさんの男達が座り込んでご飯を食べていた。

 おかんとお円さんとばあちゃんは全ての人らに飯を配り終えると奥の台所へと消えていった。




 やがて食事を終えた。使いの男も食事を終えている。

 結局男は一言も話さずにいた。

 亀山に行く時も黙々と歩いていたし、ほんまに寡黙な男やと痛感する。

 そない思いチラリと男を見ると男が俺を見てきた。


「ご馳走さまでした」


 軽く頭を下げてそう言ってくる。

 俺も無言のままに頭を下げた。


「我らは食事が終わらば直ぐにも京へと戻ります故に」

「はい、ありがとうございました」


 俺はそう告げると再び頭を下げた。

 男も俺に軽く頭を下げる。


 その後、男は何も話し出す事はなかった。


 侍ってみんなこんなに寡黙なんやろか……

 この男だけが特別なんやろか……


 それは俺にはよう分からんかった。




「兄貴、ちょっとええか?縁側来とくれや」


 俺は兄貴の腕を掴んだ。

 今は使いの男へは俺の両親と祖父母が接待をしとる。

 米俵の御礼を頭を下げてひたすらに伝えていた。

 俺は兄貴の腕を引き、縁側へと連れていった。


「…………」


 兄貴はなんも言わんと縁側へと向かう。

 そして二人並んで縁側に腰を下ろした。

 庭では男連中が談笑をしてくつろいでいた。

 自慢ちゃうがうちの庭は広い。

 田舎やから敷地はそこそこある。

 兄貴と俺が座るすぐそばには頭に黒頭巾を巻いたお香もおった。

 お香は一人縁側に座り庭を見つめていたが、俺らが来るとチラリとこちらを見てきた。

 しかし、今はお香に構ってられん。

 俺は兄貴の目を見詰めて話を切り出した。


「兄貴、ひ、久はどないしたんや?!」

「……俺も分からへんねん。俺が帰ってきた時には……」


 俺は兄貴を真剣に見詰めた。次の言葉を聞くのが恐ろしい……


「おらんようになっとったんやけど……」


 兄貴が俺から視線を逸らす。

 側のお香は俺らをじっと見とる。


「おらん?おらんのか?この家におらんの?」


 俺は兄貴を見詰めそう尋ねた。


「そや、もうおらん……らしい。俺もよう分からん。お円に聞いてくれ」

「…………」


 俺は黙り込んだ。

 久がおらん……

 あいつ……どうしたんや……


 ただ一つ思い出す事があった。

 俺が戦に駆り出されたら京で毎日観音様にお祈りする、と……


 ……久……京に戻りよったんやろか……


 確かに全然知らん他人の家にずっと居続けるのは苦痛に感じるかもしらん……

 しかも帰って来るかも分からん俺を待つなんて尚更に……


「……ところで兄貴、戦はどこ行っとったん?山崎とか行ったか?俺は近江の安土言う所連れてかれて、そっから坂本に行って山崎で大戦(おおいくさ)させられたんやで?」

「坂本や、坂本の御城でずっと番させられとった」


 兄貴がそう言う。


「そ、そうなん、俺も坂本行ったけど」

「ずっと坂本の御城の番や、お前山崎での大戦行かされたんか……」


 兄貴は少しだけ驚きの表情を浮かべている。


「あぁ……大変な戦やった……」


 俺はあの大戦を思い返した。

 何度死にかけた事か……何度人を殺した事か……


 二度と……

 二度とあんな戦に行きとうない……


「どうぞ」


 突然俺の横にお円さんが現れ、兄貴と俺の側の床にお茶の入った茶碗をそっと置いた。

 居間では相変わらず祖父母と両親が侍であろう男に接待をしとる。

 ただなぜか男は微笑み、両親と談笑をしとった。


 なんの話しとんねん……


 それは気になったが、更に気になる事をお円さんに尋ねた。


「お円さん、久はどないしたんや?」


 お円さんは俺をチラリと見た後、息を吐くと小さな声でこう言った。 


「……お久さん……突然出て行かれましてん」

「……なんでやの?」


 俺はお円さんを見詰めてそう言った。

 側のお香は相変わらず俺らを見詰めとる。


「わかりません……お世話になりました言うて……」


 あいつ……


「ただ子を産めん言う事気にしてはって……この家におっててええんかってよう言うてはりましてん、ひょっとしたらそのせいかもしれません」

「……どこ行くとかは聞いてへんの?」

「京に……と」


 お円さんが静かにそう言う。

 兄貴は黙ったままお茶を口に運んどる。


 ……やっぱり……京に戻りよったか……


「兄貴、お円さん、俺また京戻らなあかんねん、小栗栖(おぐるす)言う所や」


 俺は兄貴とお円さんにそう言った。


「小栗栖?」


 兄貴がそう言う。


「京のすぐそばの所やんねぇ」


 烏丸(からすま)出身のお円さんがそう言う。


「そや、ちょっと……お世話になった人がおって戻らなあかんねん。そこ寄った後、京で久探してみるわ」

「…………」


 俺がそう言うも兄貴は黙っている。


「二郎さん……お気持ちは分かりますけどお久さんは…………」


 お円さんが静かにそう言う。


「え?」

「……辛そうでしたよ?ここにおるのが」

「…………」


 俺は黙り込み、うつ向いた。


「そやから……」


 お円さんが言葉を続けようとした時やった。


「聞けばいいべ、本人にさ」


 側のお香が口を挟んできた。

 俺ら三人はお香を見た。


「本人にさ、聞けばいいべ、逃げた理由をさ」


 俺ら三人は何も言わなかった。


 このでしゃばりめ……


「二郎、京戻るんだろ?小栗栖言う所にも行くんだろ?おら、おめさんの護衛するよう秀吉公から仰せつかってんだ。おらもお供させて貰うよ」

「……え?小栗栖まで付いてくんのか?」


 俺は呆然としながらお香にそう言った。


「そのつもりだ、ついでに京までもついて行くよ」

「ふっ……」


 俺は呆れ笑いをしてしまった。


「でさ、京でその女探し一緒に付き合うよ?おら京詳しいんだ。おめえさんよりもさぁ」

「……そ、そうなん」


 別にそこまで頼んどらんのに……


「今日出るのか?」


 お香がそう尋ねてくる。


「い、いや、明日か明後日ぐらいと思っとったんやけど」

「ならおらもここ留まらさせてくんろ?邪魔はしねえべ?」


 お香がそう言う。

 兄貴とお円さんはただ無言のままでお香を見ていた。


 おそらく何やこの女は、と思っとるんやろう……


「あ、あの、東の国から来た尼さんやねん、ごっつい剣術家の子孫らしいねん」


 俺は兄貴とお円さんに彼女を紹介した。


「香と申します。しがない尼でございます」


 そう言いお香が二人に対し頭を下げた。

 兄貴とお円さんも頭を下げて名を名乗っている。

 そして二言三事と軽い会話をしだした。

 居間では相変わらず祖父母と両親が使いの男相手に接待しとる。

 庭では男達がくつろいでいた。巌中は一人でぼーっと座っとるけど……


 ふぅ…………

 俺はそんな様子を見ながら息を吐いた。


 小栗栖に戻りどうなるんか。


 そして、久……


 やはり辛かったんやろか、この家におる事が……

 帰ってくるかも分からん俺を待つ事や色々な事が……


 俺は彼女の心に対する配慮が足らんかったんやろうか……


「大丈夫だよ?おら京に詳しいからさ、すぐ見つけてやるべさぁ」


 明るい性格のお香が俺に微笑み掛けてそう言ってきた。

 まるで人の心の内を読むかのように。


「ふっ……」


 俺はただ小さく微笑んだ。


 縁側の縁には小さなトンボが止まり、羽根を休ませてじっとしていた……

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