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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第四章 丹波国亀山
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58話 談笑

 お香は刀を地に置くと手を合わせ念仏を唱えだした。

 松明(たいまつ)の灯りは美人のお香と、横たわる生首と胴数体、そして俺と入れ墨男を照らしていた。

 お香は手を合わせ、ずっと念仏を唱えとる。

 俺も一応手を合わせ目をつむり無心となっていた。

 入れ墨男も手を合わせとる。


 しばらくするとお香の念仏が終わった。

 俺も手を合わせるのをやめた。同時に入れ墨男も手を合わせるのをやめる。


「おめえさんみんな呼んどくれ、ここに」


 お香が入れ墨男にそう言う。


「……あ?」

「おめえ何もしてねえべ、連中ここに呼んどくれ、俵運ぶべさ」

「……あいつら呼んでこいって?しゃあないのう」


 入れ墨男はそう言うと素直に戻っていった。

 お香は去る入れ墨男を見た後に転がる死体を見た。


「……本当は穴でも掘って埋葬してあげてえんだけんどね……」


 彼女はじっと死体を見詰めながらそう呟く。


「……しゃあない……どないしようもあらへん」


 俺もそう呟いた。


「二郎、おめさんのおかげだべ死者増やさなかったのはよ、おめえがああ言ったからみんな逃げてったんだ」

「……どうなんやろうな……」

「おめさんのおかげだべ、あのままならおらもっともっと斬ってたど」

「…………」


 俺は黙り死体を見詰めた。

 目を見開いたままの生首が近くに転がっとる……


 お香はじっと俺を見詰めていた。

 松明(たいまつ)に照らされる彼女はこんな場でも美しく見える。


「……そ、そやけど凄い腕前やな、鬼が如く強かったで?」


 俺はお香にそう言った。


鹿島新當流(かしましんとうりゅう)だ」


 かしましんとうりゅう…………よう分からんが凄いんやろう……


「おらの……ひいじいさんの血だべ」

「あぁ……そうなん?そやけど……ごっつかったで」

「ふふ、ごっつ?」

「凄かったで?」

「ありがとう」


 お香が微笑む。


 ……しかし賊相手に刀を振るっとったお香はまさに鬼やった。

 俺と棒で戦った時とはまるで別人の、まさに鬼神やった……


「しかし遅いねあいつら」


 お香が遠くを見詰めそう呟く。


「あぁ、あいつは足遅かったからなぁ」


 俺は入れ墨男の事を思いだしそう言った。


「おめえさんの知り合い?」


 お香が俺にそう言う。


「いや全然、昨日初めて会ったわ、秀吉様の槍使いの一人として。あんたもその一人やったけど秀吉様の知り合いなんか?」

「違う、おらは……私は元々京のお寺にいた頃から武術の腕の事知られていて民や子供達に指導してたんだ、剣の」

「あ、そうなんか」

「ひいじいさんの塚原卜伝の名が京まで知られてるとは思ってなかったけんど、そのせいだ。だけんども嬉しかった……こんな遠い都までもひいじいさんの名が知られてるなんて」

「…………」


 俺は知らん……俺が田舎者やからやろか……


「そんでおら……私の事を聞いた信長公が私の剣の腕を見てくださってな、御褒美いただけたんだ。その(ゆかり)だよ。秀吉公とは面識ねえもん」

「……信長様……」

「そんで二日前かな?寺いたら夕べに秀吉公の使いの方が来られなすって明日試合するべっていきなし言われたんだ」

「そうか……」

「いし五人と棒の突っつき合いしたんだろ?大変だったべ?」

「あぁ、初めの三人は大した事あらへんかったけどあんたと最後の大男が大変やった。ほんで最初に戦ったんがさっきの坊主頭の男や」

「弱かった?」


 お香が少し微笑みそう言う。


「力は強そうやったけど動きが鈍い」


 俺がそう言うとお香は声を出して笑いだした。


「おらはどうだった?」

「動きが……ごっつい速くてさばききれんかった……そやから棒を掴むしかなかったんや」

「おめさん……飛んでもなく動き速かったべ、身のこなし」

「え?」

「突いても突いても当たんねえんだ、なんだこいつはって思った。怖くなったよ、したら棒掴まれて負けちまったんだ」

「あぁ……咄嗟の事や」

「あれが?卑怯だべ」

「知らんがな」


 そんな談笑をしているとようやく松明(たいまつ)を持った団体がこちらへとやってきた。

 先頭は秀吉の使いの男と槍を持つ入れ墨男やった。

 その後ろに男二十人程がついてきとる。


「やっと来たね。まだるっこいね、あいつ」


 そう言いお香は笑っていた……





 今は俺とお香が賊が使っていた松明(たいまつ)をかかげ街道を進んどった。後ろには米俵を担ぐ二十人程の男達がおる。

 最後尾には入れ墨男が羽柴の家紋の旗を掲げて歩いとるようやが暗いのでよう見えんかった。

 先程の賊の死体が転がる場所は物騒で気味が悪いと言う事でどんどんと先を進んどったが半刻(1時間)程、西へ進んだ時先頭を歩く男が、


「今宵はこの辺で休みまする。よろしいか?」


 と、立ち止まり俺にそう言ってきた。


「はい、構いません」


 俺がそう言うと、「此度はご苦労であった!!今宵はここまで!!ご苦労やった!!」


 大声で後方の男達にそう叫んどる。


「葛原殿、災難が御座り申し訳ありませんでした」


 そう言い男が頭を下げる。


「い、いや、このお香さんのお蔭で無事やったし構いません。誰も被害のうて良かった」

「上様より預かりました物資が無事で何よりでありました」


 男がまだ頭を下げてそう言う。


「全部このお香さんのお蔭やと思います」


 俺はお香を見てそう言った。彼女は黙ったまま男を見ている。


「今宵はここで御休みを、しばらくお待ち下さりませ。おい!!宿営の支度を!!」


 男は後方の男達にそう叫んどる。

 すると六人程の男達が道の脇に松明を立て、棒を四本四方に等間隔に立てて布を貼り出した。

 しばらくぼーっと見ていると簡易の寝床の布の小屋が作られた。


「葛原殿、こちらで御休みを」


 男がその小屋を指す。


「あ、あぁ……恐れ入ります」


 俺はそう言うと即席で建てられた布の小屋に向かった。

 布なので松明に照らされた中は何となく見える。

 俺は小屋の中に入った。

 何て事はない、野にゴザが敷かれとって、その上に布の屋根があるだけの狭い小屋や。

 そやけど休めるだけマシや。俺はゴロンとゴザの上に横たわった。

 横たわったが、尿意を覚える。俺は起き上がると小屋の外に出た。

 一行の男達はそれぞれに腰を下ろしてくつろいどる。

 が、小屋の出入り口ん所にお香が座り込んどった。


「あ……」


 俺は小屋を出るとすぐ側にいるお香を見て小さく声を出した。彼女は無言で俺を見とる。


「…………」


 俺も何も言わずに道の方へ戻っていった。

 確か道の脇に小川があるんや。

 数回この街道を通っとるからよう知っとる。

 俺は小川の側に来ると小川に向かい小便をしだした。

 そして小便をし終わると小川で手と、そして顔を洗い水をすくうとゴクゴクと水を飲んだ。


 ……そう言えば竹の水筒どこやったんやろ……ずっと持っとったはずやったのに……どっかで無くしたか。

 そやけど一応首には袋を掛けていて中には龍涎香と久に貰った銅板が入っとる。


 俺は小便をし終えると小屋へと戻った。

 お香が小屋の入り口の脇であぐらをかいで座り込んで頭を下げとる。


「お香、そんなんやったら寝られんやろ」


 俺はお香に話し掛けた。彼女は頭をあげ俺を見る。

 側に立て掛けられた松明が彼女の顔を照らす。


 綺麗な顔しとんな……


「大丈夫だ、こんぐらい」

「あの、そ、その、あんたには助けてもろうたし、あの……」


 俺は言葉を詰まらせた。お香はじっと俺を見詰めとる。


「中で寝たらどうや?一応ゴザ敷かれとって寝れるようやし」

「…………」


 お香がじっと俺を見詰める。


「変な意味ちゃうぞ?こんな所より中の方がええやろ思うて」

「では御言葉に甘えて」


 そう言いお香が小屋の中に入っていった。

 俺も彼女に続き小屋の中に入る。


 ……内心、胸が高鳴る、彼女はべっぴんやから……


 お香は頭の黒頭巾を外しだした。つるつるの坊主頭が現れる。

 ちらりと俺を見るとゴザの上に腰をおろした。

 俺も続いてゴザに腰をおろした。


「はぁ、疲れたな今日は色々あって」


 俺は小屋の外を見詰めそう言った。


「おら仏門に入ってるんだ、仏に仕える身だべ」


 そう言い俺を見る。


「あぁ……」

「なんもしねえし、なんもさせねえよ?」

「……あ、あぁちゃうちゃう、そう言うつもりやあらへんから」

「だけんどお話なら良いよ?二郎の生い立ちやら、おらの生い立ちやらずっと聞くし話すべ?」


 ……こいつ話し出すと延々と続きそうやねんな……


「そうやな……」

「腹減らね?何も貰えねえの?」


 確かに腹は減る。

 そう思っとると男が一声掛け小屋の入り口に現れた。

 焼き魚と握り飯の乗った皿が運び込まれたが、俺だけにや。


「すまん、この方にもいただけんか?」


 俺は男から食事を受け取るとお香をちらりと見てそう言った。


「すでにあります」


 そう言うやいなや、もう一人の男が焼き魚と握り飯を乗せた皿を持ってきてお香にそれを差し出しとる。


「ありがとうございます」


 俺は二人にそう告げた。お香も礼を言っとる。


「おめえさんのおかげだべ、こん中に入れさせてくれたから飯くれたんだろ」


 お香がそう言い笑ってる。


「いやちゃうで、お前の働きを認められたからや」

「…………」


 お香は俺をじっと見詰めたが、


「知らねえ、そんなもん。いただきます」


 そう言うと焼き魚を手に取り食らいついとる。

 俺も焼き魚を手にし食らいついた。


 うまい…………

 猛烈にうまく感じたんは身体的な疲労よりも精神的な疲労のせいやろう。

 何人もの人の命が消えた瞬間を目の当たりにしたと言う精神的な疲労のせいや。


 隣のお香は焼き魚を(むさぼ)り食っている。

 多分彼女も同じ心境なんやろう、多分……


「うまいね!」


 彼女は夢中で魚に食らい付いていた…………

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