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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第四章 丹波国亀山
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57話 鬼女対盗賊

 米俵を運ぶ一行は京の町を西へ西へと進んでいた。


 あれから一刻(2時間)は経ったやろうか、京の都のだいぶ外れに来ていて廃墟や(あし)の草むらが増えてきていた。

 隣を歩くお香とは今は特には話はしてへんかった。

 先頭の秀吉の使いの男は相変わらず黙々と歩いとる。

 その後ろを歩く俺とお香は並んで歩いていた。


 俺は飯田家の槍を持ち、彼女も槍を手にして歩いている。

 俺らの後方は二十人程の男達が米俵を担いで歩いていて、その後ろには家紋の入った旗を掲げた者が数人いた。


 しかし武装をしとるのは俺と隣のお香と最後尾に槍を持った奴がちらりと確認出来ただけやった。


「亀山は京からそないに離れとらんわ、夕暮れ時か夜には着く距離や」


 俺は隣のお香にそう言った。


「分かってるよそんな事」


 お香がそう返事をする。


「そうなん?あんた遠くから来た言うからこの辺あんま知らんのかな思て」

「京に来て二年経つからそれぐらいは知ってるよ」

「あぁ……ほんであんたなんで京に来られはったんや?」

「仏門に入ったからだよ」


 そう言い頭に黒頭巾を巻くお香が俺を見詰める。

 俺は無言で彼女を見詰めた。

 彼女は俺を見詰めた後に俺に顔を近付けて、耳元で小声でこう囁いた。


「仏門に入ると諸国のお寺にただで泊めてくだされるんだ……」

「え?」


 俺はさっとお香の顔を見た。彼女はただ微笑み俺を見詰めとる。

 ……ただで泊まられる?


「それに坊主だと男たちからおなごだって舐めらんねえだろ?男らしい格好も出来るべ?」


 そう言い黒装束を指差す。


「……あんたなんで故郷から京に来たん?」


 俺はまだ微笑むお香にそう尋ねた。

 お香は俺から視線を外し前を向くと一息ついてからこう答えた。


「追い出されたんだ、家から」

「……追い出された?」


 俺は彼女から視線を外し前方を向いた。

 えらい複雑な事情がありそうな予感がする。


「おらの家系は一応、名の知れたもんでな?……常陸(ひたち)では名の通った家系なんだ」

「…………」


 俺は黙ったままにいた。


「だけんど…………」


 彼女が口ごもる。


「……ん?」


 俺はお香を見た。


「あんた塚原卜伝(ぼくでん)って知ってる?」


 お香も俺を見詰めてくる。

 塚原卜伝……


「知らん」

「おらの曾祖父(そうそふ)なんだべ。その家系であったが為にな、武藏の河越って所の父の館に教え請う者がたくさん来たんだ。そんで……」

「…………」


 俺は黙って彼女を見た。

 彼女は正面を見詰めている。


「そんでよ、おらの父に極意請うもんがいてさ、しつこくな、そんで……」

「……そんで?」

「そんで……くだらねえ奴だかんおらがこらしめたんだ」


 お香が静かにそう呟く。


「…………」

(あや)めてしまったんだ、そいつ。おらはそんで……家を出たんだ。頭剃ってよ、仏門入ろうと鎌倉行ったんだ。だけんど……断られ続けてよ、途方に暮れてた」

「…………」


 俺は無言で彼女の話を聞いた。

 言っている事は何となく分かる。


「こんな世の中だべ、争いの世だぁ、力付けんと殺されるべ?しかもおなごだからね、おら」

「あぁ、そやな」

「だからおら京に行って刀の力磨こうと思って」

「…………」

「ほんとはよ、日本中歩き回って腕磨く修行しようと思ってたんだ。だけんどおなごだから限度あるでしょ?だからとりあえず京で尼として居ながら剣の力付けようと思ったんだ」

「あぁ」

「二郎、おらと太刀の相手してくんろ。絶対おらの方がつええ。絶対負けねえ自信あるべ。おらの曾祖父はな、塚原卜伝と言ってな、関東では名の知れた剣術家だ。おら幼ねえ頃からよ……」


 ……お香の話が止まらん……


「でよ、おら十の歳の頃に三十の男に試合で勝ったんだ」

「あぁ……それは大したもんやな……」

「そんでさ……」


 まだまだお香の話は続く。俺は一応その話を全て聞いていった……




 それから更に一刻(2時間)は過ぎたやろうか。

 夕暮れ時になり、周囲は薄暗くなりかけていた。

 しかし初夏であり、まだ完全には薄暗くはなっとらん。


「今日はここまで、この辺りで休もうと思いまする」


 何一つ喋らずにずっと歩いていた先頭の男が急に立ち止まるとこちらを振り返り俺にそう言ってきた。

 後ろの連中も立ち止まっている。

 中には米俵を下ろす奴等もちらほらといた。

 昼から休憩無しに延々と歩いとったから大分疲れたんやろう。


「あぁ、お任せ致します」


 俺は先頭を歩いていた秀吉の使いの男にそう告げた。


「…………」


 しかし、その男は俺に返事をする事もなく後ろをじっと見詰めとる。


 ……殺気がする……


 俺はさっと後ろを振り向いた。

 隣のお香も同時に後ろを振り向く。

 米俵を担いでいた男達の更に後ろから武装をした男達の集団がこちらへと向かっとる……

 その数はおおよそやけど三十人程はおる。


「賊や!」「賊や!」と男達がそう騒ぐ。

 秀吉の使いの男は腰に携えていた刀を鞘から抜いとる。

 米俵を担いどった男達は武器を持っておらず道の脇のススキの荒野や田んぼへと散り散りに逃げていった。

 ここに残るのは俺とお香と使いの男と、あと一人後方におる武装した男の四人だけやった。

 三十人程の男達は刀や槍を手にし、どんどんと俺らの元へ近寄ってくる。


「……あんた弱そうだね!その太刀おらに貸せ!」


 お香が使いの男にそう言った。


「……渡してなんになる!」

「……おら一人で蹴散らす!いしは逃げなされ!」

「…………どうなっても知らんぞ!」


 そう言うと男はお香に刀を渡すとススキが生い茂る道の脇へと駆けていった。


「……またや!二日前の朝も賊に襲われたんや俺は!」


 俺は槍を構え、こちらに向かう男達を見ながらお香にそない言うた。


「いし狙われてんだべ!なんかによ!」

「知らんがな!そんなもん!」


 すると最後尾にいた武装した男が駆け足でこちらにやってきた。


「多勢過ぎるで!逃げた方がええ!」


 そう言う男は昨日俺が最初に戦った大柄の入れ墨の男やった。


「……逃げるか?」


 俺はお香にそう言った。

 お香は刀を握りしめ、迫り来る連中を睨み付けている。


「逃げるなら逃げろ!おら一人で追っ払ってやんべ!」

「……無理や!逃げるぞ!」

「逃げねえ!おら一人でやってやる!」


 お香は逃げるどころか集団に近寄りだした。


「ほんならわしもやったるわ!」


 入れ墨男もそう叫ぶと槍を構えだした。


 ……こいつら阿呆か?


 やっと亀山に帰れる思うたら俺はこんな所で死ぬんか?

 その答えは『(いな)』やった。


「ここで死ぬな!!一旦退け!!退くぞ!!阿呆な事せんでええ!!」


 俺はそう叫ぶと二人の腕を掴み強引に引っ張った。

 入れ墨男は俺をチラリと見たが、


「うるせえ!」


 そう言いお香が反抗する。


「阿呆!!みすみす死ねるか!こんな所で!!退け!後でやり返すんや!!退くぞ!!」


 俺はお香に怒鳴り付け渾身の力を込めて腕を引っ張った。

 お香は俺を見た後に抵抗するのを止め、俺と共に走り出した。

 入れ墨男も俺と共に走り出す。

 俺ら三人は急いで背の高いススキの野の中に逃げ込んだ。

 ススキの野の中に入り、どんどんと奥へと走っていった……




 しばらくした後、息を吐きながらススキを掻き分けてゆく。

 辺りが薄暗くなった頃に俺ら三人はススキの茂みから出ていき、元の道へと戻った。

 暗くなった道には、俺らと共に居た一行の男達がすでに戻っていて突っ立って話し込んでいたが、俺への褒美の米俵は跡形もなく消えていた。

 ひとつ残らず全て奪われてしまっている。


「葛原殿、此度の災難、すぐにも上様にご報告致す」


 道に戻ると先頭を歩いていた男が俺にそう話し掛けてきた。

「は、はい」


 俺はそう返事をした。


「つまらん盗賊の類い、恐らく京からずっと目を付けておったんやろう」


 男がそう言う。


「…………」


 俺は何も言わずに暗くなった道の奥を見詰めた。

 京方面の道を……


 しかし遠くに何らかの灯りが見える。

 複数の火の光や。


「あれ、奴等だべ」


 お香がそれを指差してそう言った。

 暗くなった道の先にゆらゆらと揺れる複数の光は明らかに松明や。


「やり返すか」


 俺の隣の長身の入れ墨男が火の光を見詰め、そう言う。


「……あんたらは無理せんでええ、死ぬやもしれんから。秀吉様に任せよう」

「わしはお前に負けてイラついとるんや、更にあんな賊に負けたんは我慢出来ひんねや」


 入れ墨男が俺にそう言う。


「おらも腹立つよ、秀吉公におおせつかった護衛の事なぁんもしないままなのは我慢出来ねえ!」


 お香も刀を握り遠くの灯りを睨みつけとる。

 確かに俺も腹立つ。折角貰った米俵をあんな訳の分からん連中に奪われるなんて。

 そやけど、死ぬ可能性がある。

 俺も死にたくないが、俺の褒美の為にこの二人も巻き添えにして死なせる訳にはいかん。


「気持ちはよう分かったがあんたらを危険にさらさせる訳にはいかん。とりあえず今回は大人しくしよう」


 俺は二人にそう告げた。


「短い間の付き合いだったね、強かったよ葛原二郎殿」


 お香が俺にそう言う。


「はぁ?何言うとんねん!」

「わしも行くわ!秀吉様から仰せ付けられた事も出来ひんと京に帰る訳にはいかん」


 入れ墨男も俺にそう言う。


「では!」


 そう言うとお香は遠くで松明を灯しとるあの盗賊集団の方へと駆け出した。

 入れ墨男も俺をチラリと見た後にお香の後に続く。


「……阿呆過ぎる……阿呆にも程があるやろ!」


 俺は飯田家の名槍を携え、二人の後を追いかけていった……





 松明を灯す賊どもは道の脇を外れた荒野で小休止をしているようやった。

 俺への褒美の米俵は丁寧に積まれて荒野の脇に置かれていた。

 連中は座り込み談笑をしているようやった。

 何かを飲んでいるようにも見えたから、ひょっとしたら酒でも飲んどるんかもしれへん……


 先頭を走るお香は女やのに足が速かった。

 俺が必死に追いかけるも全く追い付かん。

 入れ墨男は足が遅く、すぐに追い付き追い抜いたが……


 そのお香は刀を片手に賊達の集団の元に来ると唐突に賊の男の首に斬りかかった。

 酒を飲んどった男の首が見事に跳ねあがっとる。

 その瞬間、猛烈な速さで別の男にも斬りかかった。

 一瞬で二人の男の首が跳び上がっとる。


 なんやあいつは……


 俺は槍を手に、お香の元へと駆けていったがその間に更に別の男の首をも跳ねていた。


 こいつ……鬼か?


 三人の男の首が斬られた時、ようやく集団の男どもが立ち上がり騒ぎ始めだした。

 しかしお香は猛烈な素早さで騒ぎ出す男達を斬り続けとる。

 俺がようやく賊の集団の元へ来た時には、お香はすでに六人の男を斬っていた。

 しかし今は十人以上の男達がお香に向け、槍や刀を構えとる。

 俺はすぐにお香の隣に来ると槍を構えた。


「貴様らその米俵は羽柴秀吉公のもんやぞ!!ただで済む思うな!!死にとうなければ今すぐこっから去れ!!」


 俺は賊連中にそう怒鳴り付けた。


「二郎、下がって」


 隣のお香が俺にそう言う。彼女は刀を構えたままや。


「いや、俺も戦う」


 俺も槍を構えながら小声でお香にそう言った。


 スパンッ……


 と、空を切る音がする。

 俺がお香に話し掛けている最中にお香は刀を構えていた男に一瞬で近付き、男の肩から胸にかけて一太刀を浴びせていた。


 ……え?


 そう思った瞬間隣の男にも一太刀浴びせ、その男の首はぽろりと地に落ちていった。


 彼女はさっと下がり再び俺の隣に来る。

 最初に斬られた男も前のめりに倒れている。


「さ、去れ!!このままいれば貴様らいずれ秀吉公に捕らえられ死ぬぞ!!すぐに去れ!!」


 俺は賊にそう告げた。

 連中は武器を構えながらも後ろに後退すると暗闇の中を駆けて去っていった。


 しばらく俺は槍を構え、お香は刀を構えていたが……


「全員去ったね」


 お香がそう言い刀の構えを下げる。

 すると、はぁはぁと息をつく音が聞こえた。

 今頃になってようやく入れ墨男が来たようやった。


「……はぁ……はぁ……はぁ……さ、去ったか?」

「おせえよ、おめえさん」


 お香がそう言い笑っている。

 俺も入れ墨男を見て笑ったが……


 この女、とんでもなく強いぞ……


 そう思い、ちらっとお香を見た。

 彼女は男から視線を俺に移した。その顔に笑みは消えている。

 辺りには賊の生首が地に転がっていた。


「おらの事軽蔑した?こんな殺傷するおなご」


 そばにある松明の灯に照らされたお香が真剣な表情で俺にそう言う。


「……俺も戦で何人も討ったから……殺らな殺られるからしゃあない……それに、あんたは秀吉様に俺の護衛するよう言われたんやろ?」

「…………」

「それを全うしただけの話、むしろ俺は感謝しとる」

「そう、良かった」


 お香は俺をじっと見詰めながらそう言った。


 しかし……こいつの速さと強さはとんでもなかった。

 鬼のように強く、刀でやり合ったら絶対負けるやろう……


 お香は刀を手にし、遠くを見詰めている。

 俺は松明の灯に照らされた彼女の美しい横顔をじっと見詰めていた……

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