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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第三章 小栗栖
55/166

55話 清正

 カーン……と鐘が鳴らされた。


 俺は向かいの加藤清正と名乗る男と対峙していたが、この男の気迫に圧倒され体に緊張が走っていた。

 しかし、それでも俺はその男、加藤清正に向けて棒を突き出した。


 パーンと棒を凄まじい力で弾かれた俺は棒を叩き落とされた。


「はぁ!!」


 と雄叫びをあげた清正は俺の胸元に向け鋭い突きを放ってきた。


 ……速い!


 俺はすんでの所で身を交わし地を這うように前転をしながらも落とした棒をさっと掴むと三歩後ろに後退し棒を構えた。


 こいつ強い……


 構えあった時点で分かったが、いざやり合うとその力を肌で感じる。


「やぁ!!」


 清正が声をあげ俺に棒を突いてくる。

 俺はそれを払おうとしたが……

 力が強くて払いきれん。

 俺は咄嗟に右に身を交わすと同時に男の胸元めがけ棒を突いた。


 パンッ!と突きを弾かれる。しかもかなり強い力で一瞬棒を離しかけたが俺は棒を強く握り直すと身構えた。

 清正も身構え俺を睨み付ける。

 そしてジリジリと間合いを詰めてくる。

 長身なので威圧感が強く俺は少しずつ後退をした。

 しかし、このままではただずっと下がっていくだけや。

 俺は素早く左に移動すると同時に清正の腹目掛けて棒を突いた。


 清正がそれを防ごうとするが……


 俺はすんでで棒を止めると瞬時に(もも)に向け思い切り棒を突いた。

 絶対仕留められる。胴を突くふりをして(もも)を突く戦法や。


 俺の棒の先が清正の(もも)に当たる寸前やった。

 棒を持つ俺の腕に強い衝撃が走った。

 清正が俺の棒を思い切り蹴っ飛ばした。


 バキッと鈍い音がし、俺の持つ棒が折れ、先っぽがこうべを垂れてしまった。


 なんやこいつ……力の強さが普通じゃない。


「待て!待て!」


 従者の男がそう言い俺に近付いてくる。


「武具の不具合にて勝負あり!こちらの勝ちとみなす!」


 そう言い男が清正を指してそう言った。


「負け?俺の負けか?」


 俺は男にそう尋ねた。


「貴殿の負けや」


 負けてもうたんかい……


 しかしこいつは確かに強かった。今までで一番強かった。

 俺は折れた棒を男に手渡しながらそう思った。


「まだ勝負はついとらん!きゃつに棒渡せ!」


 清正が不服そうに男にそう言った。

 言われた男は別の男の顔を見て困惑している。


「早ようせえ!」


 清正が男にそう告げる。


「……では……こちらを」


 男が俺に真新しい棒を渡してきた。

 清正は俺が棒を受け取るのを見ると再び棒を構え出した。

 俺も棒を強く握ると腰を落とし身構えた。


 ……ほんなら殺す気でいくぞ貴様……


 徐々に殺意の気を放ちだした俺は清正を睨み付けるとすぐに腹部へ向け突きを放った。

 清正がそれをカンッと払う。

 払うとすぐに清正からの突きが来た。

 俺もそれを払いのけ清正の喉元に向け突きを放った。

 俺の素早い反撃に対応出来ない清正は咄嗟に後ろに下がった。

 俺は清正の喉元に追撃するふりで突きを放ったが、すんでで突きを止め再び(もも)目掛け棒を突いた。

 清正はそれを見抜いていたのか俺の棒を再び蹴りあげようと足を上げだした。


 ……勝ったな……


 俺は再びすんでで棒を止めるとくるりと反転をし、隙の出来た清正の側頭部目掛けて棒を振るった。


 バシン!!と派手な音がする。


「なに……」


 清正は俺の振るった棒を右手で受け止めていた。

 そして俺の棒を右手で握った状態で左手で握る棒を俺の胸元に突いてきた。

 俺は咄嗟に身を交わすと同時に突かれた棒を握りしめた。

 お互いがお互いの棒を握りしめている状態やった。

 俺は渾身の力を込めて握られた俺の棒を奪おうと引きながら清正の棒を絶対奪われんと握りしめた。

 それは相手も同じで俺の棒を絶対離さんとしながらも俺が掴んだ棒を強い力で引き続けていた。



 どれ程経ったやろうか、俺と清正はお互いの棒を握り合いずっと硬直したままやった。

 すると従者の男二人が俺らの元へとやってきた。


「双方仕切り直し致して下されよ!」


 そう言い俺らが掴み合う棒を掴み、取り上げた。



 ……疲れた……なんやこいつの剛力は……化け物としか言いようがあらへんぞ……



 俺は肩で息をしながら広場の中心に戻った。

 清正も肩で息をし俺の向かいに立つ。

 奥の秀吉は手を叩いて笑っていた。


「こちらを」


 棒の先の布に再び朱色の液を浸され、男から棒を手渡される。

 清正も棒を手渡されている。

 お互い疲労が蓄積されている。

 しかし、ここまで来ると負ける訳にはいかん。

 いかんが、よう考えたら俺は棒を折られて一度こいつに負けとるんやったな。ほんなら何の為の戦いなんやろうか……

 そう言う疑問が湧くが試合が続くんなら全力でやってやるわ。


 俺は加藤清正と言う男に向け棒を構えた。

 清正も俺を睨み付け棒を構える。


 カーン……


 広場に再び鐘の音が響いた。

 俺は棒を構え相手の出方を待った。

 相手も棒を構え俺の様子をうかがっている。

 慎重に清正の隙をうかがっているんやけど隙が無く突く機会がない。

 しかし俺も相手に隙を与えずにいるから相手からの攻撃もない。


「…………」


 ただ棒を構え合いながら時が進んでゆく。


 突きたいのにあまりにも隙がなくほんまに攻撃出来ひん……


 どうするか、どうやって相手に隙を作らさせるか……

 そう思っていた時やった。

 一匹の白い蝶がヒラヒラと俺らの間を舞ってきた。

 その瞬間清正が隙を見せた。ほんまに一時の隙やけど。

 俺はその瞬間を見逃さなかった。

 一瞬で飛び込んだ俺は真っ直ぐに清正の喉元目掛け棒を突きつけた。


 カン……と鈍い音がする。


 棒は再び清正の棒で弾かれたが……


 俺は弾かれた反動のままに体を一回転させ思いっきり棒を清正の胴へと振り抜いた。


 バキンッ!!


 棒が折れ、散らばる残像がゆっくりと見えた。

 俺が清正の胴に振り抜いた棒は見事に当たり、その衝撃で棒は真っ二つに折れてしまった。


 しかし、胴を打たれた清正は棒を振り上げると俺の頭目掛け棒を振り下ろしてきた。


 俺は両の腕でその打撃を防ごうとした。


 バキンッ!!


 再び棒の折れる音がする。

 清正が振るった棒は俺の頭には直撃せずに咄嗟に防ごうとした俺の両腕に当たり見事に真っ二つに折れてしまった。


 俺は両の腕を頭上に上げたままで清正は折れた棒を手にし、茫然としていた。


「ええわ!鐘鳴らせ!」


 奥の秀吉がそう叫ぶとカーン、カーンと鐘の音が広場にこだました。

 俺はその音を聞くと両腕をゆっくりと下ろした。

 清正も肩で息をしながら戦意を失なわせ始めた。

 秀吉が立ち上がりこちらへと向かってくる。

 清正は肩で息をしながら秀吉に対し、深々と頭を下げている。

 俺も一応頭を下げた。


「ええもん見せてくれたわ、光丞(こうすけ)も虎之助もなぁ」


 秀吉が俺ら二人にそう言う。


「はっ!ありがたく存じまする!」


 清正が肩で息をしながらそう言う。


「しかしよ光丞、おみゃあの負けだで」


 秀吉が俺を見詰めそう言った。


「はい……」

「おみゃあ始めに棒折られてまったろ、あれ戦なら死んどったわ、あれで終わりだがや」

「はい……」

「その後の続きはおまけみたいなもんだわ、だでそのおまけだとおみゃあが勝っとったわ。虎之助おみゃあの負けだでよありゃあよ」

「はっ!」


 清正がそう答える。


「おみゃあおもしれえもん見せてくれたのは認めるけどよ、ちと下がり過ぎだわ、後ろ後ろ下がってばかりだったわ」


 秀吉が俺をじっと見詰めそう言う。


「はい……」

「最後も虎之助の勝ちだでな、おみゃあ召し抱えるのは白紙だわ」

「はい……」

「だで、おみゃあどえりゃあつええのはよう分かった。虎之助よりつええがや、おみゃあの故郷によ、米俵いくらか贈ったるわ」

「……は、はっ!ありがとうございます!」


 俺はそう叫び頭を下げた。


「米いくらか贈ったるわ、どこのもんだ?」

「丹波亀山の保津村でごさいます!」

「亀山ぁ?光秀のところか?」


 秀吉が一瞬怪訝な顔をした。


「はい……」

「……まぁええて、おみゃあに褒美与えるわ。親まだ御健在か?米ぎょうさんやるで、喜ばしたれ」

「はい!ありがとうございます!」

「後で使いのもん寄越すで、詳しい話はその者に聞いてちょ」


 そう言うと秀吉は幕の出口に向かい去っていった。

 秀吉の後には数人の男達が付いていっている。


 はぁ……

 と俺は息を吐き、小柄な秀吉の背を見詰めた。

 出口付近の与右衛門達も立ち上がり秀吉に深々と頭を下げている。


「光丞殿、お見事なお力であった」


 俺が秀吉の背を見詰めていると側にいる加藤清正と言う大男が俺にそう言った。


「いや……あなたも相当なお力で……私の負けであります」


 俺は丁寧にそう告げた。


「たまたまな事、光丞殿の胴への払い……まだ痛みが残ります」


 俺が思い切り胴に打ち込んで棒を真っ二つに折ったあれか……


「いえ……私も……」


 そう言い俺は両腕を見た。

 見事に赤く腫れ上がっている。

 その腫れを見ると急に痛みを感じだした。


 ……痛い……痛いぞ腕……


「……い、いずれにせよ秀吉様がおっしゃられた通り……私の負けであります」


 腕が痛い……なんなんやこの妖怪男の腕力は……

 俺はなるべく痛みを顔に出さないようにしながら加藤清正を見た。


「随分な槍の達人とお見受け致しました。戦場では是非御味方であればと存ずる!では!」


 そう告げると彼は幕の出口へと向かっていった。


 俺は大柄な彼の背を見詰めながら腕をさすった。

 骨折まではしていないが腕がジンジンと痛む。


 しかし褒美を貰えるんならええわ。

 おとんとおかんも喜ぶやろ。

 俺は大きな満足感に包まれていた…………

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