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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第三章 小栗栖
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54話 虎あらわる

「やぁぁぁ!!」


 黒い頭巾を巻いた女は、鐘の音が鳴るや否や声をあげ棒を突いてきた。


 女の顔に見とれていた俺は不意を突かれ一瞬焦ったが……


 遅い、突きが遅い。


 俺はその棒を払うと同時に女の胸目掛け、棒を突こうとした時であった。

 払ったはずの棒が再び俺の顔目掛け突かれていた。


「え……」


 俺は咄嗟に顔を背け、その攻撃を交わしたが女は更に俺の胸目掛けて棒を突きつけてきた。

 棒の先が俺の胸に当たりそうになる。しかし、その瞬間がまるで時が止まったかのように見えた。


 カンッ!と俺はその棒を棒で弾くと三歩ほど後方に下がり身構えた。

 女も身構え俺を睨み付けている。


 ……なんやこの女、尋常やない程に突きが速い……


 まさか伊賀の女やないやろうな。その動きの速さは安土で会った伊賀のお結さんに似ている。

 そない思っとると再び女が俺の胸元目掛け突きを放ってきた。

 猛烈な速さの突きで俺は後ろに下がる事しか出来ない。

 さっきの少年のように短い腕を活かした小回りの利く突きで脛のみを狙う訳ではなく、長い腕にも関わらず俺の顔や首、胸元を的確に高速で突いてくるからタチが悪かった。

 しかし俺も負けてはいられない。

 即、その棒を弾くと同時に女に反撃をしようとしたが、反撃をする前に女が更に突いてくる。

 またその攻撃を弾くも女は更に棒を突いてくる。

 俺の攻撃の芽を潰すかのように……


『これは……やばいかもしらん……速すぎる……』


 俺は女の攻撃を必死に弾きながら徐々に、徐々に後退していった。


『このままやと負ける……何とかせなあかん……』


 どうするか、どうするか、どうするか……


 カン!カン!カン!と相手の棒を弾きながらどんどんと後退をしていく。


 このままでは埒があかん……

 もう打開せんとあかん。


 そう思った俺は突かれた棒を弾くのを止めた。

 女が突きを放つと、さっと右に左にと身を交わし始めた。

 初めはギリギリで交わしていたが、徐々に女の突く攻撃に眼が慣れていく。

 突きが遅く感じだした。


『勝てる……』


 女が俺の首元に向け棒を突いてきた瞬間、身を交わした俺は左手で棒を掴んだ。

 女は棒を掴まれた事に一瞬戸惑ったが力を込め掴まれた棒を奪い返そうとしている。

 しかし俺は渾身の力で棒を握りしめ続けた。

 動きは素早いが掴むとさすがに男の腕力には勝てんはず。


「貴様……」


 女が俺を見詰めそう呟いた時、左手で女の棒を掴んだ俺は右手に持つ棒で女の胸を軽く突いた。

 女の着る黒装束に朱色の液体がべっとりと付着する。


 女は茫然とし、力を抜いた。

 その瞬間、広場に鐘の音が響いた。

 女は無言で俺を見詰めていたが、


「……卑怯だろ」


 そう呟いた後、俺に背を向け広場の中心へと向かっていった。

 俺のすぐ後ろには与右衛門達がいる。

 随分と後方まで追い詰められたもんやな。

 俺はそう思いながら女の背を見詰めて広場の中心へと戻っていった。

 遠くの羽柴秀吉はじっとこちらを見詰めている……


 広場の中心に来ると女は従者の男に棒を渡した後、俺をジロっと見た後に突然に黒い頭巾をほどきだした。

 俺も男に棒を手渡しながらもじっと女を見詰めていた。

 さっと頭巾がほどかれると、俺の予想に反したものが目の前に現れた。


 ツルッツルの坊主頭や。


 綺麗に剃り込まれた見事な坊主頭は陽の光に照らされて輝いていた。

 彼女は俺に背を向けると秀吉の方に向かい深々と頭を下げた。

 頭を下げた後、くるりとこちらを向きじっと俺を見詰めている。

 その瞳には初めに対峙した時のような殺気はなかったが妙な怒りを感じる。


「…………」


 しかし、女は何も言わず俺に対し丁寧に深く頭を下げた。俺も釣られて頭を下げる。

 女は頭をあげた後に再びじっと俺を見詰めた。

 不思議とその瞳には先程の怒りすらも消えているように感じる。

 坊主頭とは言えど美しい顔の女に若干心奪われ、俺も彼女をじっと見詰めた。

 その美しい瞳を見詰めているとドキリと胸が高鳴り妙な気持ちになりかけた。

 彼女に魅入られかけた時、彼女は俺から視線を逸らし、幕の出口へと向かって歩いていった。


「ふぅ……」と深い息を吐き彼女の背を見詰める。


 さすがに疲れた。体力的にはまだまだ余裕はあるが精神面の方で疲れてきた。


 もうさすがに終わってくれ……


 とは言うものの秀吉は十人力の俺の力を見たいと言うとったはず。

 今はまだ四人としか戦っとらん。

 まさか後六人と戦わすんちゃうやろうな……

 そんな嫌な予感を抱きながら去る女の背中を見詰めていたが幕の中に入ってくる者の姿はなく、やがて女は幕の外に消えていった。


 終わったんかな……ようやく終わりか……


 そない思い、秀吉の方を向くが彼はまだずっと椅子に座ったままやった。


「我が御相手!!お願い申し(そうろう)!!」


 秀吉を見ていると後方から怒鳴り声が聞こえ、俺はビクッとし後ろを振り返った。

 見ると一人の男がじっと俺を見ながら足早にこちらへと向かってくる。

 まだやんのかい、と思ったが……こちらに来る男の気迫が強くて俺は茫然と男を見詰めた。

 出で立ちは立派で武士かそれに準ずる者と言うのは何となく分かる。

 更にかなりの長身で俺より頭一つ程高く、一番初めに戦った入れ墨の大男程の背丈であったがあの男に比べると若干体躯(たいく)は細かった。

 それでも肩幅は広くがっしりとした肉付きの良い体である。

 男はやがて俺の向かいに来た。

 まず奥に座る秀吉に対し頭を下げた後に俺の方を向くと俺を睨み付けた。


「…………」


 目の鋭い若い男や。

 殺気や怒気は感じんが気迫が今までの連中とは比べられん程に強く感じる。

 何度も戦で戦った俺ですらその気迫に押され、心が若干気後れしてまう程やった。


「よろしくお願い致す!」


 男が声を張り上げる。

 じーっと俺を見詰めながら。

 負けじと俺も男を睨み付けたが気迫が凄まじく、一瞬頭がくらっとし、目を逸らしてしまった。


「こちらを」


 従者の男が棒を俺に手渡してくる。

 俺はそれを受け取り男に向け棒を構えた。

 長身の男も棒を受け取ると、トンッと棒の後部を地面に突いた。

 そして……


葛原光丞(かつはらこうすけ)殿!此度の御前試合!この加藤清正が最後で御座る故!遺憾無くお力尽くして頂きたく存ずる!」


 と怒鳴るようにそう告げると俺に向け棒を構えた。


 ……なんやこいつ……異様な気迫を感じる……


 俺も棒を構えて男を見た。

 男からは何も感じん。

 怒気も殺気も恐れの心も何も。

 無に近い感じがするが気迫だけは猛烈に凄かった。


 その圧に押され、俺は若干気後れしてしまっていた……

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