43話 小栗栖の森の中の静けさ
シーンと静まりかえった真っ暗な竹藪の中で俺は一本の大きな木に凭れ掛かり腰を下ろしていた。
俺をここまで案内した松明を持った男は火を消し、俺よりやや離れた場所で待機をしている。
もう一人の男も俺から離れた場で待機をしていた。
ここは小栗栖の竹藪の中。
刻は今どのくらいやろうか。
藪の木々が邪魔をして月も星も見えんから、今がどのくらいの刻なのか一切分からん。
辺りでは風に揺らされ、こすれ合う木々の枝や葉の音が、ただずっと響いているだけやった。
何もする事がなく槍を携えぼーっと座っていると眠気を感じ出してくる。
俺は使用者のお姉さんに貰った布に包まれた握り飯を取り出した。
視界が暗いから手探りやけど布をめくり、中の握り飯を確認する。
中には大きな握り飯が三つ入っていた。
その一つを手に取り口に頬張る。
……うまい……やや炙られた握り飯の中には漬け物が入っとる。
これは大根を塩で漬けたもん(沢庵漬け)やな。
味が濃くてうまかった。おおきにお姉さん。俺は心の中でそう呟きながら握り飯を頬張った。
握り飯三つ全てを食べ終え、水を口に含みただひたすらにぼーっとしていた。
刻々と時が過ぎ行く。
空が見えず辺りは真っ暗でほんまに今何刻なんかもさっぱり分からん。
俺は息を吐くと与右衛門から預かった槍の柄をそっと握った。
「遠い……相模から足利尊氏と付き添い、蛮人を退けた槍……とか言うとったな」
確かに重みのある槍や。
これを扱えば百人力な気もする。
そやけど俺は……
ほんまに明智光秀を討つんか?
討てるんか?
どれ程の人数で勝竜寺城を出たんかも知らんのに。
たった三人だけで明智光秀なんかを討てるんやろうか……
安土から坂本に向かう時の明智光秀を思い出す。
明智光秀の周囲には護衛の武士達がたくさんおった。
御所での明智光秀もたくさんの護衛の武士に身を守られとった。
あんなのを三人で襲ったとて、返り討ちに遭うとしか思えん。
それはつまり俺の死や。
やはり俺は捨て駒として使われたんやろうか。
そやけどこの槍は本物や。持てば分かる。この重々しさと力強さの感じはほんまに飯田家の家宝の槍なんやろう。
それを俺に手渡すとなるとただの捨て駒にされたとも思えん。
それに音羽さんを貰える事やいずれ飯田家の家督を継がすと言う話も嘘には思えんかった……
どれぐらい刻が過ぎたやろうか。
俺は木に凭れ掛かりウトウトとしだしていた。
今から大変な事をせなあかんのに握り飯を三つ食った事による満腹感の為に強い眠気を感じていた。
今が何刻なんか一切分からんが夜もかなり更けた真夜中やと思う。
眠うて眠うてしょうがなく、俺が目を閉ざし掛けた時やった。
ガサガサガサと音がした。
俺をここまで先導してきた男が俺の元に駆け寄ってきた。
「来よったぞ……間違いない……あの連中や……」
男が小声で俺にそう囁く。
男に言われる前から分かっとった。
遠くから松明の灯りを確認していた。
馬に乗った複数の連中の姿が遠くに見える。
真っ暗な森の中やからよう確認出来た。
連中の人数はおおよそ十人程やろう。
馬に乗る者は六名程、残りは武装した徒歩の者や。
十人か……
こちらは三名……
死ぬ可能性がごっつい高い。
「あんた、あの人数相手に俺ら三人で勝てるんやろか」
俺は小声で男にそう告げた。
「勝てんでもええ、ふいを突いて明智を襲えばええんや」
「…………」
ただ命を捨てて突進しろと言う事か。
飯田家に対してそこまでの義理も何もないのに命をかけてそこまでの事を……
「勘違いすんな兄ちゃん、あんたは俺らの仲間を殺した。四人もな」
男が静かにそう告げる。
「豊次はええ奴やったんや、逃げんなよお前」
いつの間にかもう一人の男も俺の側に来て俺にそう言う。
「……ふんっ、俺は警告したんや。俺に関わるなら殺す言うてな……それでもお前らの仲間は俺を殺そうとしてきよった。そやからやり返しただけじゃ」
「なんやと?ガキコラァ……」
もう一人の男が意気がり俺に悪態をつく。
「待て、争うな」
最初の男がもう一人の男をなだめている。
「兄ちゃん、どちらにしろお前は死ぬんや。それやったら潔く言われた事やりぃや」
「ふふふ……俺は死なんぞ……舐めんな貴様ら……もし俺になんかしようもんなら明智討った後に貴様らも殺すぞ……飯田の連中も皆殺しにしてやんぞ」
「調子に乗んなガキ……」
俺はさっと槍を持ち立ち上がるとぶるんぶるんと槍を回した。
「ほんなら……ここで殺ったろうか?貴様ら……」
俺は男二人に槍を構えた。
俺の殺気は再び山崎の頃に戻っていた。
すぐ側では明智光秀が馬に乗り歩いていると言うのに……