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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第三章 小栗栖
41/166

41話 館にて

「…………」


 ゆっくりと目が覚めた。

 頭に温かく柔らかな感覚がする。

 部屋の隅に設けられた四つの蝋燭(ろうそく)の灯が室内を照らしている。

 すぐ真上に美しい女性の顔があった。

 女性は俺を見つめ、俺の頬を優しく(さす)っていた。


 ……ん?なんや……

 久?


 そう思うと、


「よう眠らはられてましたなぁ」


 女性がそう呟く。


「……ん?」


 あっ……そうや……俺は賊に連れられて館に連れて来られたんや。

 そんで部屋に連れられ、少女に徳利(とっくり)の酒を飲むように促されそのまま寝てしもうた……

 少女はにこやかに微笑んどる。

 俺は今仰向けになり少女に膝枕をしてもらっていた。


「す、すまん、酔い潰れてもうて……」


 俺は身を起こそうとしたが、


「まだしばしお休み……」


 少女が優しくそう言い俺の頬をさする。

 一瞬どきりとした。

 膝枕をする少女の表情や雰囲気が、遥か遥か遠い日、まだ幼い俺をあやしてくれた母の様相に瓜二つやったから……


 ……心地がいい……


 このまま目をつむれば、そのまま再び眠りそうやったが俺は……


「すまん、お嬢ちゃん」


 そう言い身を起こした。

 余りにも心地好すぎて俺があかんようになりそうな気がしたからや。

 ……今日何人もの人の命を奪った俺がこんな快楽を得ていいんやろうか。

 いくつもの命を途絶えさせた俺がこんな極楽のような状況に浸っててええのか。


 その答えは、あかん、や……


「おおきに、えろう良くしてもろうて」


 身を起こした俺は少女にそう告げた。


「……無理しはらんと……」


 少女は頬を赤らめ、自身の太ももをぽんぽんと叩いとる。

 もう少しこのももで寝とき、と言う事やろう。

 少女は可愛らしく独特な妖艶さがあり、再び膝枕をしてもらいたい衝動にかられたが俺は理性を保った。


「おおきに、もう十分やわ」


 少女にそう告げた後に、俺の右肩に違和感を覚えた。

 ちらりと右肩を見ると片袖外した俺の肩には真っ白な布が巻かれとった。

 眠る前まではズキズキと痛んどった傷、今は不思議と痛みが治まっとった。


「…………」


 そう言えば眠る前に少女が肩の治療してくれてたな。

「肩治してくれたん?」

 俺は少女にそう尋ねた。


「刺し傷塞ぎました」


 少女がそう言う。


「…………縫うたん?」

「はい、縫わんとあかん傷でしたえ」

「それは……えらいおおきに」

「いえ……」


 こんなあどけない少女に面倒見てもらうとは……


 戦とは言え人をたくさん(あや)め、修羅の道へと片足を突っ込みかけた俺をまるで神様か仏様が手を差し伸べて、現世の地へと引っ張ってくださっとるように感じてしまう。


「俺は葛原二郎と言います。あんたの名教えてもらえませんやろか」

 俺は神々(こうごう)しく見えた少女にそう尋ねた。


「飯田の音羽(おとは)と申します」

「音羽さん、えらい美しいお名前や」

「いえ……」


 少女は照れてうつむいとる。


「おいくつでおられるん?俺は二十一や」

「十四にあいなりまする」


 十四か……よう俺の肩の傷の治療出来たな。

 この少女は何者なのか、と言う事も気になるがあの与右衛門と言う男はなんなのか。そしてここはどこなんか。

 何を目的として俺をここに連れてきたんか。

 謎だらけや。

 とりあえずひとつひとつこの十四の可愛らしい少女に質問していこう、俺はそう思った。


「こちらは武家のお屋敷なんやろか」


 俺は部屋を見渡してそう尋ねた。


「……武家……と言えるんかは、よう分からしまへん。昔々のご先祖様の頃は源氏さまや足利の上様に従いとうました身であったようですが、今はただこの小栗栖(おぐるす)の地に居を構えとります家柄です」

「あぁ……」


 なんやよう分からん……


「あの、与右衛門様と言うお方は……何者なんやろか」

「はい、与右衛門はこの飯田家の当主であり、わたくしめの叔父でございます」

「叔父?」

「はい、わたくしめの叔父でございます」


 叔父か……血縁か……


「なんで俺の傷の手当てしてくださったんやろか、俺は……実は明智の兵として山崎で戦ってただけの足軽なんやが……」

「与右衛門より傷の手当てを、と申し付けられました。ただそれだけでございます」


 美少女音羽は俺を見詰め静かにそう言った。


「そう……えらいおおきに……ありがとうございました」

「いいえ」


 少し頭を下げて音羽が答える。


 ……従順で可愛らしいな……


 さっき俺の幼少の頃の遠い記憶を思い出させてくれたから尚更に愛しく見えてしまう。


「あの……俺はなんでここに連れて来ら……」


 そう言い掛けた時、男二人に担がれた徳二が突然ここに運び込まれてきた。


「……徳二!」


 徳二は真新しい羽織りを着せられて顔や身体の汚れも落とされていたが意識が朦朧としとる状況やった。


「音羽、こいつの手当てしといたれ」


 遅れて後ろから与右衛門も姿を現し、音羽と言う少女にそう告げとる。

 徳二は部屋に仰向けに寝転ばされていた。

 はぁ、はぁと息をしとるが意識は半分ない状態や。

 見ると徳二の左腕、右脇、右太もも、左脛には生々しい傷があった。


 これは……

 戦で出来た傷やろう。傷の出来かたが俺の肩の傷によう似ている。

 槍で刺された傷やろう。

 こいつここまでの傷負ってずっと歩いていたんか……元気がないなとは思っとったが全然気付かんかった。


「二郎、手当て終わったんなら俺に付いて来い、少し聞きたい事がある」


 与右衛門が俺にそう告げると廊下を歩みだした。

 俺はちらりと横たわる徳二を見た後に立ち上がり部屋を出て与右衛門の後に続いた。

 音羽は徳二の傷を見詰めながらつづらに手をのばしていた。





「その衣服はどこで手に入れた?」


 とある部屋で俺は与右衛門と向かい合って座っていた。

 蝋燭の灯が揺れる室内、静かに与右衛門が俺にそう尋ねてきた。


「本能寺」


 俺はじっと与右衛門を見詰めそう言った。


「本能寺、織田信長公が亡くなられた場か?」


「そうや、そこの武家の少年、ぼうまると呼ばれた少年の衣服を借りた」

「ぼうまる……」

「詳しい事はよう分からん。森の……よしなり言うお人のご子息さん言うぐらいしか分からん」

「……森可成様の?」


 与右衛門が神妙な顔をしとる。


「よう分からん俺も……ただ……器量の良さそうな少年で、死んでるんが不憫に思えて、せめて服だけでも俺が着て生きて行ければええかと思うてそれでつい……」


 そこまで言うと与右衛門がふふふと笑いだした。


「…………」


 なんで笑っとるんやろ、そう思い与右衛門を見ていると、


「よう分かった。服の事はよう分かった。それはええ、まだ聞きたい事がある。お前あの森で四人討ってたやろう」

「…………」

「ほんまにお前一人でやったんか、それを聞きたい」


 笑っていた与右衛門は真顔になり、真っ直ぐに俺を見詰めてそう尋ねた。

 ふぅ……と息をついた後に俺は答えた。


「……戦で死にそうなったから森に逃げ込んだんや。そこで休んどったらあの四人の男が来て……」


 与右衛門は真剣な顔をして俺の言葉を聞いている。


「俺を殺す言うからやり返しただけや」

「四人相手にか、一人でか」

「そや、俺一人でやった。やらんと殺されるからや」


 じーっと与右衛門に見詰められる。

 俺も黙ったままに与右衛門の目を見た。


「肩はどうや、音羽に診てもらったやろ」


 与右衛門がそう言う。


「……痛みはもうあらへん、えらい腕の良い娘さんやなぁ」


 俺は右腕をぐるりと回しそう言った。

 完全に痛みが消えてる訳ちゃうけど殆んど痛みを感じん。


「……貴様ともう一人のあのガキを使い、明智の残党の様子見させようと思うていたが……」


 与右衛門がぼそぼそと意味の分からん事を呟きだす。


「…………」

「……貴様の腕は確かなようやな、二郎」

「…………」

「……今より我らは再び勝竜寺城の方へと向かうつもりや」

「…………」

「貴様の腕を見込み頼もう、我らと共に明智日向守光秀が率いる者達の討伐の手助けをお頼み申し上げたい」


 そう言うと与右衛門は手をつき俺に頭を下げた。

 囚われの身の俺に、である。


「…………」


 どうするか……とは言えやはり囚われの身の俺に選択肢はないんやろう。


「……分かりました」


 俺がそう告げると与右衛門は頭をあげた。


「恩に着る、まだ知らせが届かん故うかつに動けんが貴様……お前の腕は確かなようやから期待するで二郎」


 先程よりかはやや表情を緩めて与右衛門がそう言う。


「……先程音羽さんに尋ねたんやが、ここは武家の館か?」

「武家やない、どなたにも仕えとらん。昔は武家やったが」

「ほんならなんでそこまでして明智勢の事を狙う」

「…………」


 与右衛門は黙ったままに俺を見る。

 そして……


「手柄や、手柄をあげ……この飯田の名を上げる為」

「…………」

「それに我が家は織田家に御恩もあるんでな、何かせな信長公に顔向けも出来ひん……」


 そう言うと与右衛門はやや視線を落とした。


 ……織田の信長様か……


 本能寺を襲い、信長様の部下のぼうまるから着物を奪い、更に本能寺で龍涎香(りゅうぜんこう)を頂いた俺にとって、


『信長』


 と言う言葉を耳にすると心より活力が湧き出していた。

 何かしらの事をしたい……何かしらの働きをしたい……


 織田信長様の為に何かしらの事をし、明智日向守光秀に対して何らかの……


「是非にやらせてくれ!逆賊め!!その身を討ち!上様の仇かならずや晴らしてくれようぞ!!」


「…………」


 あれ?


 俺はいつの間にか立ち上がっていた。

 与右衛門はぽかーんとして俺を見ている。


「……す、すまん……」


 俺は与右衛門にそう告げるとすぐに腰を下ろした。


 与右衛門はしばらくしたのちクスクスと笑いだしていた。


 何やっとるんや俺は……

 そやけどふと心の底からそう言う感情が湧き出した。


 信長様の仇を……


「与右衛門様!!与右衛門様!!」


 唐突に声をあげて男が部屋の出入り口の廊下で声をあげ、頭を下げている。


「おう!」


 与右衛門がその男にそう答える。


「明智光秀!!勝竜寺城を出て、北へ向かっておるとの報があります!!」

「ほんまか!よう分かった!我らもすぐに南へ向かう!皆に伝えろ!」


 与右衛門がそう言うと男は去っていった。


「二郎、そう言う事や、今からまた出ていくぞ。ただ……お前はここに留まっとってくれ」

「……ここ?」

「森の中におっとってくれ、すぐそこの小栗栖(おぐるす)の森の中で」

「なしてや?」

「お前は俺の仲間を殺めた。お前に悪い感情持っとる奴もおる。そやから俺らの隊と共に連れていく訳にはいかん。お前は森の中におって待っとれ」

「なんで森の中に」


 俺は与右衛門にそう尋ねた。


「明智は坂本に帰る。ほんなら必ず小栗栖(おぐるす)の森を通るはずや。お前はそこで待っとれ」

「あんたはどないするんや」

「森を越えて明智の隙を突いて討つつもりやがどうなるかは分からんな」


 ……うまい事抜かして俺を捨て駒にするんやろ……


「俺を甘く見んな、俺は今趙雲(いまちょううん)やぞ」

「……ちょううん?ふふふ、(しょく)の趙雲か!はははははは!」


 与右衛門は声高らかに笑っている。


「ならばよう期待しよう、そやけど二郎、お前を連れて先へは行けんのや。俺の事をもっと信用せえ」

「…………」

「お前は森の中に潜み……この集落へ来ようとする者共をことごとく退けてくれんやろうか、もちろん他にも何人か配備さすんでな」


 与右衛門は真剣な眼差しでそう言った。


 どうやら俺を捨て駒にするんではなくこの小栗栖(おぐるす)の集落を守りたいようやった。


「退けた(あかつき)には、金銀の褒美をとらすと約束する」

「そう言う理由ならよう分かった。全力でここを守ってみせるわ」


 俺は本心でそう告げた。


「お頼み申す。では参るぞ!」


 与右衛門はそう言い立ち上がった。

 俺もそれに続いて立ち上がる。


 肩の痛みはほぼない。


 鋭気も養われた。


 そして……


 織田信長、その名を聞いてから俺の心の奥底からは異様に湧き立つ何かを感じていた…… 

 まるで自分ではない何かを…………

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