24話 近江の国の淡海
あれから一度休憩があった。
そやけど食事の支給は無かった。
握り飯を食らう者も居れば持参で干物を持ってきて、それに食らいつく奴も居たし水をがぶがぶと飲む奴もいた。
中には空腹でぐったりとしながら頭を下げている者もいるが気の利いた奴がキュウリを渡してやっていた。
俺は……紙の袋から握り飯を取りだし一部をちぎるとそれを口に入れて米を味わった後、水筒の水を飲んだ。
次の休憩場で水を補給出来るかも分からんから水筒の水全てを飲む事は無かった。
それから更に一刻(2時間)。
今山科の峠を下っていた。
山科の山道は山城国丹波国の狭間の大枝山よりも舗装されとって広く歩きやすかった。
ただ昨日の雨のせいで道がぬかるんどって滑りやすい場所は多々あった。
滑って転ぶ奴も何人かおったが引率する男は特に何も言ってこんかった。
まだ正午にもなっとらん時間。
峠降りたらもうすぐにも近江国に着くやろ。
前に一度、明智の殿様の護衛で近江に行った事あるけど山科越えたら間も無く近江の坂本の御城に着いたと言う印象が強かった。
ただ今回の安土がどの辺にあんのか、よう知らんからいつ着くんか見当もつかんが……
山科の峠を降り、しばらく歩くと広い湖が見えた。
淡海(琵琶湖)や。
……俺は海を見た事が無い……
そやから海がどんなもんかはよう知らんが、親父や村の者が言うには、それは淡海(琵琶湖)によう似とるんやと……
そやけど淡海よりもっともっとずっとずっと広くて荒々しいと言うのを敦賀や小浜まで丹波の作物届けに行った連中が言うとった。
海がどんだけ凄いんか知らんが眼前に広がる淡海の壮大な光景には興奮を覚える。
ごっついなぁ……ごっついなぁ……
そない思いながら田畑に挟まれたやや狭い道を歩いていると……
淡海の簡素な船着き場に辿り着いた。
「船用意しとるから十一人ずつ乗ってけ!」
足軽大将なのか……侍なのかよう分からん男が俺ら三十人程の少数兵にそう告げる。
船は三隻あった。
船着き場のおっさんが乗り込む兵の人数を「いち、にー、さーん、しー」と数えている。
俺は後ろの方におるから最後の船っぽい。
そやけど……この広大な淡海を船で走るんか……
船なんか乗った事あらへんから戦前や言うのに胸が躍り楽しみに感じてしまう。
前の連中が船に乗り込んでいる間、俺は広い湖を見詰めた……
……しかし、なんちゅう広い池なんやろ……
これが淡海……ほんで海はもっともっと広いんか……
そんな海の側に生まれた久はこの淡海よりもっとごっつい海を毎日見てたんか……
「おい!!早よ乗れ!武士かぶれが!」
大将の男がぼーっとし湖を見詰めた俺に怒鳴った。
いつの間にか船は三隻目であった。
先方をゆく二隻はもう沖に進んでいた。
「早よせえ!」
再び男にそう急かされると俺は急いで船に乗り込んだ。
船は十人程でぎゅうぎゅう詰めであったが俺は端っこやったから若干余裕があり、この優雅な光景を楽しめると思い胸が高鳴った。
船の後方の右端である。
「ええぞ、出しとくれ!」
後ろに大将の男が乗り込むと船頭にそう告げた。
船はゆっくりゆっくりと淡海を進んでいった。
初めての船……
こんなに人乗って船が沈まんのかと不安に陥ったが船はやがて速度を上げて岸をどんどんと離れて行った。
ごっついな……
あまりにも広い湖で肝が冷えよる。
山育ちの俺には新鮮過ぎて恐怖すらも覚える。
船から見る湖の印象は陸からとは全然違う。
これが淡海と言う奴か……
戦の事なんか忘れてしまう。
俺は波打つ湖の水面や遠くの風景をぼーっと見詰めとった。
「おい!よう聞け!!ええか!!」
突然すぐ後ろから怒鳴り声が聞こえ俺は驚き体が跳び跳ねかけた。
「これより安土を守護なさっとる明智左馬助様の御力として皆の者を遣わす!!今この淡海にて身と心引き締められい!!」
……まだ船が出たばかりやろうに……
もうちょい船を楽しませえよ……
そうは言うものの確かにこれは戦へと向かう道の一部分。
これより俺は死ぬやもしれん可能性も秘めとる。
確かに身と心引き締めんと……殺される可能性もあるんや。
……クワァ……クワァ……クワァ……
俺らの船の上空をサギの群れが飛んで行っとった。
お前らはええなあ……殺し合いの戦が無うてなぁ……
俺は淡海ではなく、飛び行くサギの群れをじっと見詰めていた……




