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昔に書いたものを、書き直しました
ジャコモ・ケヴィッツは、まだ12歳の少年だった。
元は、輝くような金糸の髪が、滅多に櫛を入れないせいで、いつも艶がなくぼさぼさとして絡まっている。
それでも、深い青の瞳は、宝石のように美しかったし、肌は抜けるような白さで、いくらか煤で汚れているのも気にならない程だった。
人は、彼を天使のような少年だと表現した。
ジャコモには5つ下の妹がいた。
名前はビアンカ・ケヴィッツ。
やはりビアンカもジャコモ同様、美しい子どもだった。
髪の色も肌の色も、ジャコモにそっくりだったが、瞳の色は茶色で、そこだけはジャコモと異なっていた。
2人は美しい兄妹だった。
2人は仲の良い兄妹だった。
その日は少し、ビアンカの様子がおかしかった。
ビアンカは幼い頃から病弱で、1年の大半を横になって過ごしていた。
今日もまた寝床で苦しそうな呼吸を繰り返している。
藁の上にぼろぼろの布を被せただけのベッドに、痩せた体を横たえていた。
「ビアンカ」
ジャコモが小さく呼びかけると、ビアンカは薄く目を開く。
冷えた指先を、熱をもった首にあてれば、気持ちいいのか微かに笑った。
「おはよう」
「……うん、おはよう」
声が掠れて聞き取りにくい。
随分と前からずっと掠れたままだった。
こうなる以前は、小鳥が囀るような愛らしい声で、ジャコモの事を呼んだ。
ジャコモは、ビアンカの首元から手を離して立ち上がる。
「仕事に行ってくる」
いつものように、短く言った。
ジャコモとビアンカの母親はビアンカを産んだ後、程なくして病気で亡くなった。
父親は家にほとんど帰って来ない。
時々、思い出したようにふらりと現れては、ほんの僅かな金と食料を奪ってまたどこかへ出て行く。
この家には、ジャコモ以外、働き手はいなかった。
熱を出したビアンカを1人で置いていけないとは、言っていられなかった。
それは、ビアンカも分かっている筈の事だった。
しかしその日は様子が違った。
ビアンカの小さな手がジャコモへと伸びる。
ジャコモは傍に寄って、その手を握った。
「どうした?」
「……行かないで、ほしい。傍にいてほしい」
泣き出しそうな声で言う。
ビアンカは幼いながら兄妹の置かれた状況をよく理解していた。
いつも、体調が悪くとも1人で留守番をしていたし、それに不満を言った事は一度もなかった。
「何かあったか?」
優しく聞くと、ビアンカは泣きそうに顔を歪めた。
「しんどい……気持ち悪いよ。辛い、苦しい、怖い」
ビアンカの口から零れる言葉は、抑えきれなかった感情の破片のように見えた。
怯えるビアンカの目は、焦点が合っていなかった。
見えない暗闇に捕らえられてしまったようだった。
ビアンカの額に触れる。
「熱が高いな」
いつもよりもかなり状態が悪いらしい。
ジャコモの胸に嫌なものがよぎる。
汗で額に貼り付いた前髪を、そっと除けてやりながら、ジャコモは微笑んだ。
「分かった、仕事は休む。安心しろ」
ビアンカの瞳がジャコモを捉える。
「……本当、に?」
「ああ、ずっと傍にいる」
ビアンカは頬を緩ませて、目に溜まっていた涙を零した。
ジャコモの手を握りしめて、瞼をぐっと閉じる。
それでも涙はぼろぼろと零れ落ちていく。
ジャコモは自由な右手で、ビアンカの頭をゆっくりと繰り返し撫でた。
ビアンカの不安を取り除けるまで何度も。
ビアンカが眠るまで傍にいて、それから医者に薬をもらいに行く。
薬を持って帰って飲ませてから、仕事へ向かう。
仕事には何が何でも間に合うようにしなければならない。
ジャコモは工場で働いていた。
遅れるわけにはいかない。
休むことなど出来る筈もなかった。
ジャコモは心の中で、ビアンカに謝った。
嘘をついた事を。
傍にいてやれない事を。




