ラジオ・コントロール・ガール②
「全く、」ビニール傘を差し、私の隣に立つ藤井がシガレロを咥えて煙と一緒に吐き出すように言う。「スズ嬢は何を考えているんだか」
「きっとまた、お嬢が企んだことでしょ? スズちゃんがこんな騒ぎを起こすはずがないわ、あるいはまたスイコが何か企んでいるか」
私は真新しいガトリングガンを肩に乗せ、合羽代わりに徳富式のローブを身に纏っていた。生地はビニールの繊維で出来ているから水をよく弾く。
雨は激しさを増していた。
水の渇れた噴水に、水が溜まっていく。
ここは緑地公園内にある教会。
圧倒的な緑に囲まれた教会だった。
この教会の中に二人がいるようだ。
ミチコトと初めて戦った教会の噴水の横に、二人は立ち、二等辺三角形の鋭い屋根を見上げていた。
「スイコは今、鳴滝ナルミ氏とともに水上市だ、この件にスイコは絡んでいないだろう」
「じゃあ、お嬢の仕業ね」
「いや、今回ばかりは、」藤井は噴水の水溜りにシガレロを捨てた。「何か違う気がするんだよな」
「何かって何よ」私は藤井の横顔に視線をやる。
「とにかく、行こう、行けば分かるさってやつだな」藤井は自分で言って、自分で笑っている。
「何それ、」私は藤井を睨みつけ、藤井よりも前を歩く。「全っ然、笑えないんだけど」
私は扉を開けた。相変わらず、重たい扉だった。
教会の中はとても明るかった。
以前アンナのジェット・ロケッタ・ブースタとスイコのパープゥによって滅茶苦茶になったはずの教会の内部は、全て補修されていた。並んだ天井の照明は、それぞれが太陽のように明るく、金色の光を放っている。
さて、視線を巡らせれば赤い分厚い絨毯が敷かれた通路の脇に並んだ座席の右前方に、光の魔女と破裂する魔女の髪の色を見つける。
オリコトとピクシィだ。
二人は私の方に視線をやって顔を見合わせて微笑んだ。オリコトは両手を広げて高い声を出そうとするピクシィの口を強引に塞ぐ。教会がとても明るいのはオリコトの魔法のせいだろう。それは分かったが、この状況の細かな意味は不明のままだ。
それを意味不明な状況に色を付けるためには。
通路の先。
綺羅びやかなステンドグラスの手前。
巨大な十字架の前にいる小さな魔女に確かめならなくちゃいけないだろう。
魔女は私が纏うのと同じ黒いローブを纏っている。
ローブが顔で隠れてしまっているが、その魔女がスズであることはすぐに分かった。
「アンナぁ!」スズの横で白銀の手錠をされて髪の毛の色が悪いメグミコが私の姿を見て表情を変えて叫ぶ。「アンナぁ、助けてよぉ!」
「全く、」私は低くした声を教会に響かせ、赤い絨毯の上を早足で歩いた。「四人ともこんなところで遊んでないで、さっさとお家に帰るわよ、もぉ、なんていうか、時間の無駄、雨が降っているんだから、お部屋で仲良くウノでもしててっていう感じよ、もういい加減にしろって感じよ、せっかくの放課後なのに、放課後はマアヤのスタジオで新曲をレコーディングする予定だったんだよっ」
「止まって下さい、」教会に凛と響いたのはスズの声だった。「アンナさん、止まってください」
私は立ち止まって、首を横に降って言う。「スズちゃん、もう、止めて、冗談は終り、遊びはおしまい、今だったらまだ私、怒ってないから、ね?」
「こ、これは冗談でもないし、遊びでもありません、」スズは手の平を広げてそこに風を起こした。カマイタチと呼ばれる魔法だ。手の平で渦巻いて近づいてきた物を切る風だ。その風をメグミコの耳に近づけて、黙らせて、スズは歯切れ良く発声する。「アンナさん、いいえ、ア、アンナ」
「あ、アンナぁ?」まさかスズに呼び捨てにされるとは思わなかった。
「メグをか、か、返して欲しければ、」スズは大きく息を吸ってから言う。「私のペットになるのよっ、アンナ!」
「ぺ、ペット?」
「ペットです!」スズは頷き、声を張り上げる。「私のペットになってくれるのなら、メグを返してあげます!」
「スズちゃん、」私はスズを睨む目を作る。「怒るよ」
「怒られても構わない、怒られたっていい、私は、」
「私、分かっている、」私はスズの声を遮り、スズの方に歩み寄る。「お嬢のいたずらに付き合っているだけなんだよね、私、分かっているから、だから、もう、やめよう、こんなつまらないこと」
「アンナは、」スズは下唇を噛み、大声を出した。「アンナさんは何も分かってない、何も分かってないよっ!」
「は、はあ?」私は立ち止まり首を捻る。「ね、ねぇ、スズちゃん、どうしたの、」私はスズの目元に煌めくものに気付く。「っていうか、泣いてる?」
「アンナさんが私のペットになってくれないから、」スズの濡れた瞳から、涙が落ちた。「だから泣いちゃうんです、アンナさん、酷いです、酷い、最低ですっ!」
「最低って、もぉ、」私は額を押さえて首を振る。「訳分からん、ねぇ、スズちゃん、私、スズちゃんの気持ち、」私はちょっと嘘を付く。「全っ然分からない、ねぇ、何なの、これ?」
「最低ですっ!」スズはもう一度言った。
「ちょっと、そんな風に、最低、最低って言われると、傷つくんだけどな」
「とにかくお前の問題だな、」藤井の声に振り返れば、座席に腰掛けシガレロを吸って煙を吐いていた。「とにかくお前の問題だと言うことは分かった、分かったから、まあ、頑張れ」
「頑張れって、ええ、ちょっと、」私は藤井に向かって怒鳴る。「ねぇ!」
「アンナさん!」
「何よ!」私は怒鳴り返した。
スズは一歩後ろに下がった。
でもスズは強い目をして、前に踏み出す。
「アンナさん!」
「何よ!」
「あの、あの、あの、あの、あの、わ、私と勝負して私が勝ったら、」スズは早口で言う。顔は真っ赤だった。「私のペットになって下さいっ!」
「しょ、勝負っ!?」
「はいっ、」スズは髪の毛を煌めかせて風を起こす。「勝負です」
不器用な娘。
こんな風に大げさな舞台を用意しないと愛を告白出来ないなんて、面倒臭い娘。
まあ、面倒臭い私が思えることじゃないと思うんだけど。
とにかく私は。
そんな面倒くさい女の子が嫌いじゃない。
「いいよ、分かった、ペットにでもなんでも、なってあげる、スズちゃんだけじゃなくて、四人纏めて相手にしてあげる、それくらいでちょうどいいわ、ちょうどいい運動だわ」
『え?』オリコトとピクシィは顔を見合わせた。『私たちも?』
「メグ、私のために、」スズはメグミコの手錠の施錠を解きながら語気強く言う。「私のために、頑張ってくれるよね?」
「……本気で言ってるの?」メグミコは口を尖らせて言う。「私を拉致ったくせに、それ、本気で言ってるの?」
「本気だよ、」スズはメグミコの目をまっすぐに見る。「本気だよ!」
「信じらんないっ、」メグミコはスズを睨む。「私を拉致ったくせにっ!」
「私のことが好きなら私のために戦ってよ、」スズは怒鳴る。「バカぁ!」
「分かったよ、分かったよ!」メグミコも怒鳴り返す。「スズのこと好きだから、戦ってやるよ、バカ野郎っ!」
「話は纏まったみたいね、」私はドゥーヴュレイ軍製のブーツの紐を結び直して立ち上がり、髪を払った。「ああ、そうだ、もし私が勝ったら、スズちゃん、私のペットになること、いいわね?」
「ふぇ?」スズの表情は一瞬、可愛くなった。スズは胸を押さえた。「あ、アンナさんのペットに?」
「さあ、さあ、さあ、さあ! 四人纏めて、」私は声を張り上げながら気分のモードを徐々に変えて、そして吠える。「掛かって来おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!」
私はギアをハイに繋いで魔女になる。
そして右手薬指のトロイメライにキスして、その力を発動させる。
トロイメライの力の使い方は最近覚えたばかり。
トロイメライのおかげでアンナの魔女モードは三分とちょっとから、五分とちょっとに伸びた。
その分、普通に戻った時の許せない最低が、もっと許せない最低になったんだけれど。
とにかく五分とちょっと。
私はこの世界で最高に煌めく火の魔女。
十一歳の魔女たちにアンナはちょっと、強敵だ。
私はスズとメグミコとオリコトとピクシィの四人を相手にした。
私は大人げなく。
本気だった。
村崎組のアンナはいつだって本気なんだ。
「も、もう、駄目」ピクシィはコミカルな動きをして、赤い絨毯の上に仰向けに倒れた。
「わ、私にもう、戦闘の意思はありませんっ!」オリコトは早い時間から両手を上げていた。
「はあ、はあ、はあ、」スズは呼吸を荒くして、かろうじて立っている。「ま、負けません、私は負けませんっ」
「もう髪の毛の色が悪いよ」
私はガトリングガンをスズに向けた。
ガトリングガンの銃口に私は魔法を編んでいく。
思えばいつでも回転して、エンドレスに火炎弾を発射できる状態だ。
でも、可愛いペットに向かって。
ガトリングガンは。
回せないな。
「負けません、アンナさんのことペットにしたいから私、」スズは髪の毛を光らせる。「負けませんっ!」
その瞬間だった。
「ライトニングボルト!」
斜め前方の紫色が煌めいた。
メグミコのライトニングボルト。
直線的に迫る。
私を襲う。
しかし私はちゃんといつだって携帯しているのだ。
ポータブル・ラジオ。
シキの最終兵器ラジオを私は肌身離さず、持っている。
私はガトリングガンを床に捨て、右手にラジオを持ち、紫電が迫ってくる方にかざす。
ラジオはメグミコの紫電に反応。
瞬間的にメグミコの全てのエネルギアを吸い取った。
ラジオのエネルギアは満タンになって。
私の指は少しだけメグミコのエレクトリックに痺れている。
「ああ、くそうっ!」メグミコはピクシィの上に倒れ込みながら言う。「やっぱり、それ、嫌いだぁ!」
「私の勝ちね、」私はスズに優しく微笑みかける。「じゃ、スズちゃんは今日から私のペットということで」
「ま、まだですっ!」
「え?」
私は完全に隙をつかれた。
隙をつかれ。
スズに懐に入り込まれる。
小さな体が私の体に急接近。
完全に密着した。
スズの顔がとっても近くに見えた。
そして。
スズの唇が私の唇に触れる。
キスされてしまった。
十一歳の女の子に唇を奪われてしまった。
まさか、スズが唇を奪ってくるなんて考えなかった。
スズは唇を離さない。
噛み付かれたように離れない。
凄く情熱的に、吸ってくる。
私は遅れて気付く。
私の中のエネルギアがスズに奪われていることに気付く。
気付いた時にはもう、体に力が入らなかった。
スズは黒髪を煌めかせ、優しい風を起こして髪を揺らした。
スズは煌めきを取り戻し、私は煌めきを失った。
そして最低が来て。
私は立っていられない。
仰向けに倒れた。
「わ、私の勝ちです、」スズが笑顔で私の顔を覗き込む。「私の勝ちですよ、アンナさんっ!」
その笑顔は私をペットに出来る喜びか。
それともキス出来たことによる喜びか。
分からないけどとにかく私はまだ。
諦めない。
「まだよ、まだ、」私はエネルギア満タンのラジオのスイッチを押す。ラジオはプロポに変形した。「誰が十一歳の女の子のペットになんてなるもんですかっ!」
私はプロポをメグミコの方に向けて狙いを定め、トリガを軽く引く。
メグミコの額に赤い点が泳ぐ。
私は引き金を引く。
メグミコのことを思って、引き金を引く。
「あうっ!」
紫電が飛び、メグミコの額を撃ち抜いた。
メグミコの髪に紫色が戻り、煌めく。
どうやらエネルギアがメグミコに再充電されたようだ。
プロポを操作すればメグミコは操り人形のように動いた。
メグミコをラジオ・コントロール・ガールにすることに成功したようだ。
「ふえええ?」メグミコは確か、ラジオ・コントロール・ガールのことを知らなかったと思う。だからパニックになっている。「ふえええええ、どうなってるのぉ?」
「アンナさん、もしかして、」スズが驚いた表情で聞く。「メグのこと」
「どうやらちゃんと、」今まで自分の気持ちでも不確かなことだったけれど。「愛情は持っていたみたいね、まさか、成功するなんて思わなかったけどさ、さて、スズちゃん、」私は上半身を持ち上げて、プロポを操作する。「私のお嬢に勝てるかしら?」
私がスズに向かってウインクすれば、スズはなぜか。
この世界の終りのような絶望的な表情をしていた。
そして。
「アンナさんのロリコンっ!」
鼓膜が破れるような大音量で罵倒されてしまった。
スズは私のことを罵倒して。
「うわあん!」と涙を流しながら教会を出て行く。
私はプロポを捨てて、最低な体に鞭打ってスズのことを追いかけた。「あ、待って、待ちなさい、私のペット!」
私はちゃんとスズに説明しなくちゃいけない。
私は沢山の女の子のことを好きになっちゃう最低な女だってこと。
それから。
スズのことも愛してる、ってことをきちんと説明しなくちゃいけない。
ロリコンだっていいでしょ?
愛してるってことは真実だ。私の愛が願いなら、いくらでも愛してあげる。
教会の外に出れば。
天気快晴ののち雨からそして、雲の隙間に虹。
私は虹に向かって叫んだ。
了