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カーテンコール④

 室茉スズ、村崎メグミコ、オリコト、ピクシィの十一歳の魔女たちは明方第二ビルに向かって飛んでいた。その方向にある黄昏の夕日は眩しかった。そしてピクシィは空でも煩い。

「ふふう!」ピクシィは高度を上げたり下げたり、上下逆さまになったり、いわゆる危険飛行をしている。「パーティ、パーティ、レッツ、パーテリィ!」

「もぉ、うるさいんだってばぁ」スズは小さく諫めるが、ピクシィにスズの小さな声は届いていないようだ。ピクシィの回転は止まらない。

「パーリィ、パーリィ!」

「違うよ、ピクシィ、」メグミコはピクシィに届くように大きな声を出す。「パーティじゃなくて、ライブだよ、ライブ!」

「え、今夜は歌って踊ってはじけるんでしょ?」ピクシィは回転を止めて、メグミコに向かって早口で言う。「だったら、ライブだってパーティだよ、ライブ・パーティだね、ふふうっ!」

「それにしても素敵なピンクのドレスだね、ピクシィ、」ピクシィに接近しながら、オリコトがピクシィに手を伸ばして言う。「生地はシルク?」

「知らないっ!」ピクシィは笑顔のまま答える。「でも、すべすべなんだよっ」

「本当だ、」オリコトはピクシィのドレスの生地を触る。「すべすべだ、いいなぁ、私もドレスに着替えればよかったかな」

「三人だって素敵よ、まさに、」ピクシィは巻き舌で言う。「ロックンロールっ!」

 三人は中学の制服のスカートに、ミヤコ・キャッツのTシャツという、ちょっとラフで空を飛ぶのに少し恥ずかしい出で立ちだった。ミヤコ・キャッツのTシャツは昨日出来上がったばかりのものだ。

「で、どうして熊なの?」ピクシィは逆さまになってスズに聞く。

「熊さんじゃないよぉ、」スズはTシャツを引っ張って、否定する。「猫さんだよぉ」

 白地のTシャツには猫が描かれていた。その黒猫はアンナがデザインしたものだった。格好良くて素敵なアンナがデザインしたものとは思えないほどその猫は可愛いらしい。モチーフはマアヤの黒猫のピカソで、言われて見ればどことなく似ていなくもなかた。そしてその猫の下には英語で『ミヤコ・キャッツ・ウィズ・アンチ・ニュートラル・ガールズ』と綴られていた。

 明方第二ビルにはすぐに着いた。赤いライトが点滅する屋上のヘリポートに、四人は降り立った。そこには村崎組のロン毛の松本が待っていた。村崎組の屈強な男子たちも、ミヤコ・キャッツのライブに招待されていた。村崎組の人間は、今夜は全員明方第二ビルにいる。村崎邸が留守になる間、警察が警護に当たるらしい。本当に特別な夜だとスズは思った。

 松本の案内で四人はライブが行われる地下一階にある『ゴールド・クリーム』というロックンロール・バーに訪れた。ここで開かれる『ピュア・クラウン』というスタジオが企画する定期演奏会にアンナたちのミヤコ・キャッツが出演するのだ。狭い店内は満席で狭いステージの前には人が密集していた。そのほとんどがどこかで見たことがある顔で、つまりほとんどが村崎組の人間だった。定期演奏会は夕方の五時から始まっていた。ミヤコ・キャッツの出演は夜の七時頃だって聞いていた。夜の六時半を少し回った今は、ミヤコ・キャッツじゃなくて他のロックンロールバンドの演奏が響いていた。アンナからもらったプログラムを確認すれば、コレクティブ・ロウテイションという、魔女の名門、明方女学院のガールズバンドだった。高貴な顔立ちをした光の魔女がギターを奏で、吊り目の気の強そうな火の魔女がキーボードを鳴らし、ショートヘアの破裂する魔女がドラムを叩き、マッシュルームヘアの風の魔女がベースを弾きながら歌を歌っている。ボーカルの魔女は体を揺らしてワンピースの短いスカートを踊らせてパンツを見せていた。すっごくテンションが高くって、それにつられるように村崎組の男たちも拳を振り上げている。

 風の魔女の声は強く響いている。

 様々な色の照明がステージを彩る。

 ミラーボールが回転する。

「ふふう!」ピクシィは両手を広げて、男たちの中に飛び込んでいく。「レッツ、パーリィ!」

「危ないよ、ピクシィ!」メグミコはピクシィの後を追って飛び込んだ。

 二人の姿はすぐに見えなくなって、オリコトと顔を合わせて微笑み合った。

 まだ一週間くらいしか一緒にいたことはないんだけれど、スズとオリコトは気が合った。冷静と情熱に魔女が分類出来るとするならば、スズとオリコトは冷静の側の魔女だ。メグミコとピクシィはもちろん、情熱の側の魔女だ。

 そんな冷静な魔女の二人は離れた場所からステージを見上げる。

 こんな風に熱狂的な世界は今までに見たことはなかった。

 爆音が轟き続ける世界。

 その爆音はスズの耳には煩すぎる。

 耳栓をして、ちょうどいい感じだ。

 スズは大きな音に耐えきれず耳栓をした。

 音のボリュームが下げられてからステージのバンドが奏でるメロディの美しさに気付くことが出来た。

 耳栓を抑えながら、スズはその旋律を感じた。

 旋律に編まれたものを感じた。

 隣のオリコトを見れば横にゆったりと揺れている。

 スズはオリコトの真似をするように、ゆったりと横に揺れた。

 響いていた曲が終わる。

 野太い声を中心とした歓声が響く。

 ピクシィの高い声もそれに混じっている。

 スズとオリコトは胸の前で手を叩いて笑顔でボーカルの女性を見上げる。

「ラスト、」風の魔女のハスキィ・ボイスが響く。「妄想魔法少女はお姉さまにキスがしたい」

 キーボードの優しい音色から始まるイントロ。

 その歌はずばり年上の魔女のことを愛してしまった、小さな魔女の恋心を歌った歌で。

 スズの気持ち、そのままの歌だった。

 その歌は妄想魔法少女のことを応援する歌で。

 スズはちょっと勇気が出た。

 アンナとキスするための勇気をもらえた。

 スズはアンナとのキスを妄想する。

 唇に指を当てて考えると、幸せだ。

 考えるだけでこうなのだから。

 本当にキスが出来たらどんなに幸せだろうって、思う。

 考えただけで、スズの表情はとろけたようになってしまう。

 本当にキスが出来たらどうなっちゃうんだろう。

 演奏の終わりにボーカルが爪を立てるポーズをしてマイクに向かって言った。「次は明方ロックシーンに突如として現れた期待の新鋭、ミヤコ・キャッツだみゃあ!」

 拍手の音に包まれる中、バンドの四人のメンバは袖にはけた。そして店内は一時的に静かになった。騒がしさが消えた。熱狂が冷めて、ステージの臙脂色のカーテンが閉まる。カーテンは閉まったが、次にミヤコ・キャッツが出てくると思うとスズはそわそわした。自分がステージに立つわけでもないのに、なんだか緊張する。変なの。

 オリコトと「よかったねぇ」「うん、うん、すっごくよかった」と少ないボキャブラリを駆使して感想を言い合って、僅かに明るくなっていた店内を見回していたらスズは見つけた。入り口に近いテーブル席に四人の女性と藤井、辻野、北村、松本が向かい合って座っているのを見つけた。その女性たちをスズは見たことがなかった。辻野と一瞬視線が合う。辻野はスズに向かって苦笑した、ように見えた。

「ああ、駄目だよぉ、ちびっ子たちは見ちゃ駄目だよぉ、綺麗なお目々が汚れちゃうからねぇ」

 そんな風な意味不明なことを言いながらスズの前に立って視界を遮ったのは、藤井のことを「パパ」と呼び慕い、スイコのことを「スイコ様ぁ」と呼んで敬愛している、南明方署特殊生活安全課の大壷ヒカリだった。「私の後ろは汚い世界さ、そんな汚い世界を見るより、ほれ、君たちも一番前においで」

 ヒカリに誘われて、スズとオリコトは村崎組の男たちの隙間を通ってステージに近いところに移動した。そこにピクシィとメグミコがいて、二人とも汗塗れで、魔女の色素を保有した大事な髪の毛はくしゃくしゃだった。くしゃくしゃで面白かった。スズは堪え切れすに笑ってしまった。「あははっ」

『なに?』メグミコとピクシィは変な目でスズのことを見た。

「皆、ポニーテールにしない?」オリコトはどこからともなく煌めくリボンを取り出して提案する。「ポニーテールにすればいくら乱れたって関係ないよ、んふふふっ」

 というわけで、四人全員ポニーテールになった。

 オリコトがリボンを結んでくれている間に、カーテンの向こうでは準備が整えられる音がしていた。

「さてさて、」背後にスイコの声がした。「そろそろ始まるかなぁ」

「あ、スイコ様ぁ、」オリコトは機敏にスイコの声に反応して、当然のように傍による。「どちらにいらしてたんですか?」

「内緒、」スイコはオリコトを後ろから抱き締める。「ペットが知らなくていいこと」

「内緒だなんて、」オリコトは目を細めて、愉快そうだった。「酷いです、んふふふっ」

「あ、メグミコ、」今度はミチコトの声がした。「ポニーテールにしたんだ、いいじゃん、っていうか、皆、ポニーテールだね、後で皆で記念写真撮ろうね」

「あ、ミチコト様ぁ、」オリコトの声音を真似して、メグミコはミチコトの傍に寄る。傍に寄ってミチコトに抱きついて、メグミコはスズの気を引こうとする。「どちらにいらしてたんですかぁ?」

 スズはそんなメグミコのことを無視する。

 スズとメグミコはまだ、二人の人間関係の未来について、細かなことまで話していなかった。

 まだ一応、二人は恋人だけど。

 でも、スズはアンナのことを愛しているし。

 メグミコだって、優しいミチコトに対して愛に似た感情を抱いている。

 二人が恋人同士だっていうのは、微妙なところだった。

「え、どうしたの、急に変な声出して?」そういうミチコトの反応からも分かるように、ミチコトとメグミコの関係は比較的、ドライだった。「熱でもあるんじゃない?」

「おみっちゃんてばぁ、」メグミコはミチコトのことを普段はそう呼んでいる。一応、村崎組での序列関係ではメグミコの方が上なのだからおかしくはないのだけど、でも、スズは失礼だと思うし、変だと思う。「酷いよぉ」

 そのタイミングで店内の照明が落とされた。

 何の前触れもなく、急だった。

「ふふう!」しんと静まり返った店内にピクシィの歓声だけが響いた。「レッツ、パーリィ!」

 ミラーボールだけが煌めき、回転を始める。

 そして遊園地のパレードを思わせる、綺羅びやかで壮大な音楽が流れ出す。

 まだカーテンは動かない。

 ドキドキが止まらない。

「ああ、早く、」小さく聞こえたのは、スイコの古くからの友人のナルミの声だった。「始まって」

 ナルミはスズの隣にいた。

 見上げれば、その瞳はギラギラしていた。

 スズはなんだか見てはいけない魔女の表情を見てしまった気がして、慌てて目を逸らした。

 カーテンが左右に開き始めた。

 ステージの奥から強烈に白いライトがこっちに向かって光っている。

 見える、黒い四つのシルエット。

 逆光で表情まで見えない。

 でも分かる。

 耳があるのが分かる。

 アンナが頭に猫耳を付けているのが分かる。

 綺羅びやかで壮大なパレードの音楽が鳴り止んだのと同時にカーテンは綺麗に折り畳まれた。

 その瞬間。

 照明の方向が変わり。

 ミヤコ・キャッツを照らし出す。

 アンナの表情が見える。

 マアヤのギターが炸裂する。

 ヨウコのベースが地面を揺らす。

 シキのドラムが鼓膜に突き刺さる。

 お持ち帰りしたいくらい可愛い黒猫が。

 スズに向かって、

「みゃあ!」と鳴いた。


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