第四章⑪
「向こうに行ったよぉ!」
ピクシィの甲高い声が、ミュージアムの玄関ホールに響く。ピクシィの人差し指が向く方向と、その声に従って様々な職業のユニフォームを纏った村崎組の人間たちは機敏に動く。しかし、ミュージアムの中は暗く、障害物が多いため、黒猫のピカソを中々捕まえられないでいた。
「違う、そっちだってばぁ!」
ピクシィはピンクの髪の色を煌めかせた。
連続して壁に並んだキャンドルの形をした電球が破裂した。
その下には走る黒い影が見える。
黒猫の動きだ。
辻野その前方に回り込み、姿勢を低くして、両手を広げた。あまり見せないマジな表情をする。
ピカソは辻野の前で急ブレーキ。その場に佇んだ。
辻野はすかさずピカソにダイブした。
ピカソは絶妙なタイミングで跳躍。
辻野の頭に乗り、辻野の背後に飛ぶ。
手を叩きたくなるほどの芸当だと思った。
しかし、悠長に手を叩いてなどいられない。
もう正午まで時間がない。
ピカソはまた、姿を消した。
「手こずっているみたいね、」アンナの声が響いた。「全く、これだけの屈強な男子が揃っているのに、黒猫一匹捕まえられないなんて、呆れちゃうわ」
「遅かったな、魔女ども、」藤井は八人のローブを纏った黒い影に視線を向けて、シガレロに火を付けた。厳密に言えば、その中の三人は違うが、でも、三人とも魔女みたいなものだ。「さっさと得意な魔法で黒猫を捕まえてくれ」
「はぁい、私、ピクシィ!」ピクシィは魔女たちに近づき、高い声を出す。「ピクシィ・マンブルズ、破裂する魔女よ、」ピ言いながらアンナが持つガトリングガンをツンツンした。「素敵なガトリングガンね、ふふう!」
「あなたこそ、素敵なピンクね」アンナはピクシィの頭を撫でた。
「ふふう! 何でも破裂する、ピンクだよんっ!」ピクシィはその場で回転してピンクの髪を踊らせてから、アンナの後ろに隠れるようにしていたスズに顔を近づけて言う。「はぁい、私、ピクシィ、元気してた!?」
「げ、元気だよぉ」スズはピクシィのテンションの高さに完全に引いている。
「ノリコさんってあなたですか?」ヒカリがノリコの前に進み出て言う。
「は、はい、」ノリコは戸惑いながらも頷く。「私ですよ、皆川ノリコと申します、あなたは、えっと、一度電話でお話しした、藤井さんの、」
「はい、大壷ヒカリと申します、」ヒカリは礼儀正しく頭を下げ、ノリコのことをマジマジと観察しながら手を差し出した。「仲良くしましょうね、ノリコさん」
「は、はい、」ノリコは戸惑いながら、ヒカリと握手した。「もちろんです、仲良くしましょう」
藤井は煙を吐き、ヒカリから視線を逸らした。
「あなたのその、」スイコがノリコの手元に視線をやりながら聞く。「指にはめたもの、それは、まさか」
「ええ、コレはトロイメライ、この美しさ、記憶に残らないでしょう?」
「はい、仰る通り、」スイコはノリコの指を触り、じっと眺める。「不思議だわ、とにかく、捜し物が見つかったようでよかったです」
「はい、やっと見つかりました、」ノリコは右手を左手で包み藤井の方に向かって微笑んだ。「村崎組の皆さんのおかげです」
「いえ、僕は何も、」藤井は笑顔を作った。その笑顔にヒカリの鋭い視線が突き刺さる。藤井は咳払いをして真面目な顔を作る。「僕は何も、ただ運が良かった」
「一本もらえます?」いつの間にか隣に立っていたナルミが藤井に聞く。
「ええ、どうぞ、」藤井は箱を叩いて、シガレロの頭を出す。「少し強いですよ」
「ありがとう」ナルミは一本抜き取り、口にくわえ、火を付けた。ナルミの視線はスイコと同じく、ノリコの手元に向いていた。
「オリコト、」スイコがオリコトに向かって言う。「光を灯してちょうだい」
「はい、」アンナが言ったとおり、オリコトはスイコの言うことに素直に従い、金色の髪を煌めかせ、五指を組み、目を閉じた。「光を灯します」
瞬間的にミノリ・ミュージアムのあらゆる場所が明るくなり、影が消えた。周囲を見回す。ピカソの姿は見えるところに見つけられない。
「スズ、耳を澄まして」スイコがスズの背中を触って言う。
「うん」スズは目を閉じ、耳を澄ます。
「よぉし、皆、」藤井は人差し指を立て、村崎組の連中に向かって言う。「静かにするんだ」
ミノリ・ミュージアムに静寂が来る。
スズは微動もせずに、耳を澄まし続けている。
スズは目を開き、手を伸ばし、指さす。「見つけた」
スズが指さしたのは、階段の方。
「みゃあ」黒猫のピカソの鳴き声。
ピカソは壁に沿うように曲線を描くように二階に伸びる階段の手すりの上にいた。
「ピカソ!」マアヤの声。
藤井と辻野、村崎組の男たちはそれに反応して、動き出す。
アンナはそれよりも早く動き出していた。「待てぇ!」
ピカソは身を躍動させて、階段を駆け上る。
アンナも階段を駆け上る。
二階へ。
「捕まえたっ!」
アンナはピカソに向かってダイブ。
アンナはピカソを抱き締めて転がった。
転がったまま、頭を撫でる。「もぉ、全く、君って何度逃げたら気が済むのぉ」
アンナは階段を登ってきたマアヤにピカソを渡す。
「みゃあ、」マアヤがピカソをぎゅっと抱き締め鳴く。「みゃあ」
「みゃあ」黒猫のピカソは鳴く。
「よくやったぞ、アンナ、」藤井はアンナに手を伸ばした。「さあ、掴め」
アンナは藤井の手を掴み、立ち上がりローブの埃を払った。「とにかく、一度、外へ出ましょう、もう正午だわ」
「ええ、もう正午ね」
二階の中央にある楕円形の台座に、足を組み座り、右手から金色の懐中時計を垂らした光の魔女がいた。魔女はオリコトの魔法で明るいフロアの中で尚、金色に輝いている。魔女は首を僅かに傾けて、アンナをまっすぐに見つめている。「ちょっと約束が違うんじゃないかしら?」